密議
紗季とモリスを挟む卓に、モリスは一つの巻物を静かに置いた。
「此処に、現在の中級役人以上の名が全員記されています。」
全員…か。
「…まあ、名前見ても分かんないけどね。」
ポツリと呟き、巻物をしゅるりと開くと文字を追う。
「モリス、何か書く物は?」
紗季の言葉に懐から筆を取り出す。
んーと、まずは。
脳裏に浮かぶ待っている者達。
「…モリス。」
「はい?」
「下位の者へ威張る者、上位の者へ媚びへつらう者……種族で差別する者は名を消してくれない?」
淡々と言う言葉には、明らかな拒絶を含む。
モリスは小さく微笑み頷くと、素早く手元を動かしていく。
絶対、ルピアは嫌がるよね。
初めて此処へ来た時の若い官吏のレビュートへの視線。
ルピア、レビュート、サイラ、ローマネは唯一この世界での私の味方。
嫌な思いなんてさせたくない。
「これでよろしいでしょうか?」
ほとんど線を引かれた巻物に目を通す。
エリリィア・グラウンド
あ、女の人だ。
ナント・セクスハイム
…えっと、会議でちょっとどもってた人かな?
シュラ・シークラッツ
覚えてる!赤い目で恐そうな感じの人。
ユーチェロ・ノトス
あー、あの若い緑の髪の。
メーリング・グラウンド
…名前だけ聞いた気がする。
気にかかった名前のみ印をつけていく紗季は、次第に息を吐く。
顔も分からない人と国ってつくれるのだろうか…。
うーん。
アルバンド・ライトーク
あ。
「モリス。」
「…はい。」
思わず相手へ顔を向けた紗季は、知らず眉を寄せた。
「アルバンドってどんな感じ?」
「…優秀ですよ。」
変わらず微笑むモリスの間に引っ掛かるものがある。
「そう。じゃあ、仮にウォーターの宰相にしたら出来ると思う?」
モリスの笑みが薄らいだ。
「…出来ないでしょうね。」
「え?意外と厳しいのね。貴方の後継者って聞いてたんだけど?」
目を瞬き驚く紗季に、モリスはあくまで官吏として冷静な見解を述べる。
「確かに歳の割にアルバンドは聡明で、真面目で有能ではあります。それは長年の基盤が整った大国では今のままでは良いでしょう。しかし、新しい国ではどうなるでしょうか。」
一呼吸置いたモリスは、紗季を真っ直ぐに見つめる。
「貴女は、アルバンドが宰相になり、国を任せられますか?信じられますか?失敗を許せますか?」
紗季は知らず目を付せて、唇を紡ぐ。
「…分からない。でも、宰相って普通の人は難しいんじゃないのかな。」
力を無くす紗季に、モリスの瞳は真剣そのものだった。
「…では、まず印をつけ終えたら役職を考えてみましょうか?」
「…役職?」
ええ、とモリスは頷く。
「国づくりを想像していけば、良い考えが浮かぶかもしれませんし。」
「そう、かもね。」
混乱する思考を止め、紗季は曖昧に返す。
…なんか、すっごい大変なんだなあ。
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