ウォーター王とケープラナ側近
「どうぞ?」
扉の音に、ローマネとレビュートも言い合いを止めていた。
「…失礼致します。」
「あ、モリス。」
入って来た人物に目を丸くする。
確か、モリスって王女と一緒にクデルトに行って来たんだっけ?
「…もしよろしければ、少々お話をさせて頂けたら有り難いのですが。」
その場で頭を下げたモリスに、紗季の反応は早かった。
私も話したい事があったしね。
「ええ、構わないわ…レビュート、ローマネ、少し出てて貰える?」
寝台から下りた紗季の言葉に、二人は異論せず頷く。
ケープラナに来てから、レビュート達にとってもモリスの存在は軽くは見れないものだった。
宰相のアルバンドを然り気無く支援し、目立たず見事に采配する姿は明らかである。
扉から出ていった二人を見送ると、紗季は椅子に腰掛けモリスにも促す。
紗季の椅子より固い椅子に座ったモリスは、もう一度頭を下げる。
「…この度は、野獣浸入への収束をご協力頂き真にありがとうございました。多くの民の命が救われる事が出来ました…。」
モリスの口調は静かなものだったが、瞳には紗季への感謝が浮かんでいる。
「…大した事は無いわ。どうせ私の民になるのだし、トレガーも見付けられたもの。」
やっぱり、モリスに誉められると何となく気恥ずかしさがあった。
なんだろ…?
モリスって、何か亡くなったおじいちゃんっぽいんだよな。
本人には失礼だけど。
「…いいえ。貴女様は頑張られました。新国の大事な時期に他国に助力して。」
モリスは瞳を細め、もう一度頭を下げる。
「ケープラナも、初めの一月は慌ただしく過ぎました。多くの者が集まり、また去った。…100年、私と、ハンニエルと、リトニア…キリスの父で国の基盤を造り上げました。」
淡々と語り出すモリスに、紗季は知らず耳を傾ける。
 
「きっと…」
モリスの視線と紗季のそれが交わった。
「サキ様の、今側に居る者にも居られるでしょう。…共に時間を造り上げる者が。」
初めて相手の口から出た自身の名に、戸惑わないのは彼の穏やかな口調故だろう。
トレガー…
ルピア…
レビュート…
サイラ…
…
出会った者達を浮かべる。
そうだったら嬉しい。
まだ訪れぬ百年を思う。
「…私に出来ると、思う?」
本当は、選ぶ官吏について相談しようと思っていた。
しかし、モリスの顔を見ていたらそんな言葉が生まれていた。
モリスは微笑を浮かべたまま。
「…どうされたいですか?」
「…え?」
紗季の表情が固まる。
「私は、したいようにされれば良いと思います。好きな事をなさって…もし間違っていれば、止めてくれる者もいるでしょう。そうしたら、一度考えてみる。」
ああ。
「…うん。そっか。」
ふと、目頭が熱くなっていく。
「…サキ様の、今したい事は何ですか?」
「国を、造る事。」
「…本当にしたい事は何ですか?…仰って下さい。」
紗季の中の押し殺していた感情が、次第に込み上がっていく。
今したい事。
体が震え、頬を滴が伝う。
「…言えない。」
言えない。
言ったらいけない。
私は…王だから。
「今は誰も居ません。此処は廃れゆく古国。聴くものもおりません。今だけです。サキ…王では無い貴女のしたい事は何ですか?…国に戻ったらきっと休めぬ日々となるでしょう。…今だけ、仰って下さい。」
紗季の手に大きく少し冷たい手が重なる。
したい事なんて決まってる。
「…っ家に、帰り、たい…」
俯く紗季の頭が撫でられる。
「…………なん、で?王なんて、イヤっ。…帰りたい。…おかあさん、おとうさん…ゆい…!」
時間にすれば、三十分ほど紗季のすすり泣きだけが室内を支配する。
袖で目元を拭った紗季の瞳は痛々しく腫れたが、涼やかな光が生まれた。
「…何だか私、貴方と居ると泣いてばっかりね。」
ふふ、と笑う紗季にモリスは冷静な口調のままである。
「良いのですよ。感情の排出は必要です。相手が年寄で良ければですがね。」
その言葉に、一笑いした紗季は、居住まいを正した。
「…ケープラナ国側近モリス。」
モリスを常の理知的な瞳に、官吏としての気色を浮かべる。
「はい。ウォーター国王陛下。」
「…私は、数日以内に国に戻るわ。」
「ええ。」
「今日、ケープラナから連れて行く官吏を決める。良いわね。」
堂々とした紗季の迷い無い口調に、モリスは肯定を示す。
紗季は静かに神書を取り出したのである。
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