国境沿いにて
ケープラナの話も終盤に近付いて来ました。
今回は国境に向かったファウル視点です。
将軍ファウルは、崩れ欠けている塀に散らばる部下達に目を向けつつ1つ息を吐く。
キリス・トレガーの心は、既にケープラナから離れているだろう。
ならば、アルバンドもどうにかウォーターに移してやりたい。
あとは、ユーチェロと…。
働きぶりの良い若手の顔を思い浮かべる。
…油断無く塀に意識を向けつつ、これからを思う。
500年前、レイヴィット・ケープラナ陛下に拾われ…モリス宰相や、ハンニエル大官方と国の為駆け抜けて来た。
先ほど、若い騎士団達の自分へ向ける安堵と期待の眼差しを感じていた。
ケープラナを捨てる訳にはいかない。
…実は、ヨッツアとチェイダーからは、拙とハンニエル、モリスと一部の官吏は国へ来ないかと声を掛けられたのだ。
しかし、それを喜ぶには自分は年齢を重ね過ぎていた。
若い部下は?
戸惑う文官は?
自分を頼りにしている血族達は?
何も知らぬ王族達は?
何より、変わらぬ生活を信じる民達をどうする?
政治自体に意欲を示さなくなった陛下だったが、それでも時折街へ出て民達を見て回っていたのは知っていた。
自分の孫を神書に加えて欲しいと進言した時、僅かに微笑んだのを知っている。
リトニア・トレガー様の一人息子を、躊躇い無く上級役人に加えたのを知っている。
陛下は、何より国を愛されていた。
だからこそ、拙は国を見捨てない。
『…そうだ、お前の名はファウルにしよう。』
鮮やかに彩られた思い出。
小汚ない布を身につけた幼子に、手を差し伸べてくれた王。
陛下…何故何も言わず逝ってしまわれましたか?
「…お祖父様!」
ふと、耳に入る聞き慣れた声に、直ぐ馬を走らせる。
側近であり、息子の孫であるメーリングは、普段全く変えない顔色を薄くしている。
「どうしかしたのか?」
仕事中は必ず位で呼ぶ曾孫の異常に、ファウルは眉を寄せる。
「…これを。」
メーリングは手に持つ何かをファウルに差し出す。
「…何だこれは?…………まさかっ!」
受けとるファウルは直ぐに正体に気付かなかったが、次第に理解し声を上げる。
はい、とメーリングの硬い声が返った。
「…あの、野獣もどきの腕です。少し、見てて下さい。」
震える声で言うメーリングは、近くにあった通常の野獣の死体を引きずり、その口をこじ開ける。
ファウルの視線を感じながら、メーリングは自身の腕を短刀で傷付けその口に血液を垂らす。
その瞬間、野獣の体は化け物へ変化していく。
メーリングの額に汗が滲む。
「…中級や下級役人の血では、変わりありませんでした。」
「そうか。」
ファウルは動揺を押し殺し、眉間を押さえた。
これは…早急に城の官吏達、他国にも伝達しなければならない。
「お祖父様。」
「…うむ。野獣もどきの討伐後、直ぐ様対策を練る必要があろうな。」
塀から侵入して来る野獣を躊躇い無く切り捨て、メーリングに返答する。
「…それと、お祖父様。」
「ん?何だ。」
生まじめなメーリングに珍しく、少し口をまごつかせた。
「…少し気になる事が、あります。」
ファウルは不思議に思い、黙って続きを促す。
「侵入して来たのは、初めは野獣と魔獣…と聞きました。何故、野獣しか見ていないのでしょうか?」
その事に始めて気付いたファウルは、みるみる目を見開く。
それと同時に、激しく雨が大地を叩くのだった。
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