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ウォーター国創世記  作者: 雪香
3章―ケープラナ動乱編―
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王気


セラの顔が苦痛に歪んだ瞬間、羽を掴む手が手首から切り落とされていた。


野人は一瞬何が起こったか気付かず無い手を動かすが、事態に気付き砲口を上げる。


しかし既に獲物も足元にはおらず、懸命に目を動かす。


セラはまるで猫の子の様に首根っこを掴まれ、野人を切り伏せたキリスの元に連れられた。


「…てかさ、自分から危険に突っ込んで行くって、やっぱり鳥って馬鹿なの?」


「……っ失礼ね!ちょっと油断していた…だけで…。」


軽口を叩く相手に、セラの表情に普段の彼女らしさが戻っていく。


「ネルビア!…良かった、ありがとう。」


ホッと胸を撫で下ろす紗季に、ネルビアは甘い顔立ちに笑みを浮かべ軽く頷く。


「サキちゃんの為ならお安いご用だよ~?」


キリスには一瞥すらしないネルビアは、油断無く周囲を警戒しながらセラを背に庇う。


「…ネルビア、セラを頼む。」


紗季を守りながらの闘いに、キリスはネルビアに苦渋の表情で頼むが、ネルビアはまるで聞こえていないかの様に反応を示さない。


…ネルビア?


1つの懸念を浮かべ、続けて紗季が声を掛ける。


「ネルビア、セラをお願いね!」


「良いよ~。任せて。」


すると、ネルビアは固めを閉じて了承する。


その反応にキリスは知らず苦笑してしまう。


何?トレガー…ネルビアと何かあった?


疑問符を浮かべながらも、その間にキリスは目の前的に相対している。


ネルビアは獣人故の俊敏さで、うまく野人の攻撃をかわす。


…大分数が減ってきたかな。


「…トレガー、あとどれぐらい?」


「そうですね……ネルビア!」


キリスは考えながら、足元に転がっていた鋼製の槍を素早く拾い、ネルビアへ投げ渡す。


「良ければ使ってくれ。」


「…………しょーがないな。」


手に取った槍を見つめ、クルクルと何度か回すと手に馴染んだのか構える。


増える事は無くなった野人だが、時折吹く強風に視界を奪われてしまう。


「…まずいな。」


ふと、ネルビアとセラが空を見上げた時だった。


紗季がそれに気付いた時には、既に肩に当たる冷たい感触に気付く。


ザアアアアアア


まるで図った様なタイミングでの強い雨に、その場の面々に緊張が走る。


「…雨ね。」


「…ええ。これで、野人の気配や足音も聞き取りづらくなりました。」


「…あ、でもお互い様じゃないの?」


キリスの表情に、影が落ちる。


「だと良いのですが…」


残る野人を目で探りつつ、騎士団達に手で合図を送っていく。


離れた場所で、騎士団の一人が野人の胴体を切り離す。


既に視界に映る野人も残り一匹となった。


キリスは勢い良く前方の野人に向かい、剣の切っ先を降り下ろす。

ゆっくり崩れ落ちて行く野人に、キリスの肩の力も抜けていく。


やった!!


笑みを浮かべかけた紗季の視界には、何故か驚愕に染まるネルビアとセラ。


……え?


その理由を考える間も無く、揺らぐ視界。

理解した時には、馬上からキリスと共に引きづり下ろされていた。


「キリス様!」

「サキちゃん!」


叩きつけられた身体の痛みに呻きながらも紗季は、顔だけ前へ向ける。


「…っミズハラ、様…お逃げ…下さい。」


視界に映るのは、小柄な野人に伏せた背中を押さえつけられたキリスだった。


苦しげなキリスとは裏腹に、野人は牙を光らせる口元に弧を描く。


「……ミズ…ゲタ。…コイツ………クウ…ツヨ、ナ…ル。」


「…喋った?!」


ゾッと紗季の背筋が粟立つ。


少なくとも、今までの化け物は意味のある音を発しなかった筈だ。

いや、敢えて出さなかっただけか?

それともコイツが特別なだけか?


ギチ…と紗季の耳に嫌な音が入る。


「…グツ…。」


「キリス!」


「…ッお逃げ、下さい…!」


「…でも!」


口の端から血を滲ませるキリスに、紗季も足踏みしてしまう。


…どうすれば良い?

トレガーは、上級役人だし死なないから大丈夫だよね?

…大丈夫…

え、でも体ごと食べられたら?

それでも生きてる?


あ、そろそろファウルが戻って……

来ない。


呆然と立ち竦む紗季に、後ろから必死の声が掛かる。


「…サキちゃん!こっちだ!急いで逃げて!」


「サキ様…もう良いんですの。…ウォーターの為に、お逃げ下さいませ!」


あ、そっか…逃げないと?

そう…だよね、私王様だし。


キリスの背に、野人の爪が深く突き刺さって行く。


混乱する紗季と目が合うキリスの表情には、優しい笑みが浮かぶ。


「…どうか、良き国を…我が愛する……王よ。」


「……………。」


キリスの笑みを視界に入れた瞬間、紗季の膨大な思考が止んだ。


混乱していた頭はスッと冷静になり、知らず腕を組み堂々と仁王立つ。


あれだけ勢いの良い雨脚はピタリと止まっていた。


「…そこの畜生。私の官吏(モノ)から離れなさい?人の言葉が分かるのならば。」


紗季の言葉に、野人も何か感じ取ったのか血走る目を向ける。


その目に片眉すら動かさず、紗季の言は続く。


次第に広がる晴れ間に、紗季の雰囲気の変化に周囲も気付いていた。


黄金に輝く瞳、全てをひれ伏させる気迫と気高さ。

残る騎士団は、知らずその場に膝を着く。


「聞こえた?消えなさい。…お前の住処へ戻り、二度と此処へ来るのは許さない。」


揺るがず射ぬかれた野人は、次第に息を荒くし身体を震わせキリスから離れる。


「去れ。」


冷たく言い放った紗季の言葉を合図に、野人は勢い良く町から去って行った。


その姿を見つめ、直ぐに膝を着く騎士団達に声を掛ける。


「…ケープラナの勇敢なる騎士団。同胞の仇を追う許可を与えるわ。」


「…ッハ!」


騎士団達は深々と頭を下げ、むだの無い動きで駆け出したのだった。

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