始まる闘い
鼻を突く血の臭い。
騎士団で町民を逃がす者も多少は居たが、どれだけ避難できたのだろうか。
この町に来た若い騎士団の少数は上級役人、他は全て下級、中級役人のみである。
上級役人はどのような怪我でも死ぬことはないが、中級以下は別である。
それを知っていても逃げずに立ち向かい、ある者は若い身を散らし、ある者は亡骸から貰った剣を振るう。
上級役人だとて死なないと言え、痛みも感じるし、重い怪我になれば回復も遅くなる。
紗季は少しケープラナの官吏へ認識を改めていた。
自尊心は高いが、それ以上の愛国心を持っていると。
馬の振動を肌で感じ、前に向く。
紗季を守るキリスは、野人の集団では無く少し離れた場所に居るものを集中し狙う。
キリスの見立てでは、30~40ほどの筈である。
騎士団の数は減ってしまったが、相手の数も随分減っている。
そう思う間に、一匹切り伏せる。
よし、あと十ほどだろうか。
キリスが更に剣を強く握り締めたのと、紗季が不可解な場面を見たのは同時だった。
…なに、あれ?
崩れ欠けた塀から浸入する数匹の野獣は、一匹の野人に促されるままある官吏の死体に近付く。
ふと妙な胸騒ぎがし、意識を向ける。
目の前に居る野人に向かって行くキリスに言う余裕は無く、一瞬目を閉じ次に開けた時戦慄が走る。
不快な音を響かせ、野獣だったもの達は野人へと変貌していたのだ。
「…うそ?」
つまり、官吏の死体を口にした野獣が野人になったという事である。
「…キリスっ!」
「…ミズハラ様?」
目の前の野人を切り伏せたキリスは肩で呼吸し、表情の変わる紗季に目を向ける。
「あれを見て…。」
震える身体を叱咤し、視線の先を見るように促せば、キリスの顔から色が消える。
「…!そんな…増えて、いる?」
驚愕に変わるキリスの表情に、紗季も視線を変えないまま妙に落ち着いた口調で続けた。
「ええ。…アイツ等は死んだ官吏の死体を食べて、体が変わったみたいに見えたわ…。」
キリスが息を呑む。
「…つまり、野獣をこの国に入れてはならない…。」
紗季の漏らした呟きに、キリスは戦慄が走る。
息つく間も無く、視界に入る騎士団を指揮する者へ声を張り上げていた。
「…ファウルさ、ファウル将軍! こいつらは官吏の体を取り入れ、変化したようです!これ以上国に入れてはいけない…!」
顔色を変えず野人と相対していたファウルは、初めて眉を寄せ動きを止める。
「……キリス!!」
「っは!」
よく通るファウルの声が響き渡る。
「ウォーター国王陛下を守りながら、この場を頼めるか?拙は手勢のみ連れ国境を見張ろう!」
ファウルの強い視線に、キリスの芽生えていた不安は直ぐに吹き飛ぶ。
「承知致しました!」
小さく口角を上げたファウルは紗季に礼をし、近くの部下のみ連れ駆け出した。
既に激減していた騎士団の者達へ視線を巡らすと、覚悟を決めた紗季と視線を交わす。
転がる死体に、気分の悪くなる野人の臭い。
紗季は込み上げる物を堪え、半ば睨み付ける様にキリスを見上げた。
「さっさとやっちゃって頂戴?」
頷き返すキリスは、直ぐ様騎士団員の配置を考え、声を掛けていく。
(うまくいけば、被害も少ないだろう。しかし…もう少し戦力があれば良かったが。いや、考えても仕方がない…)
「…キリス様!ご無事ですか?!」「セラ?!何をしてる、戻れ。」
上方から聞こえる声に、馬上の二人はハッとして顔を上げる。
「…でも、心配で…」
今にも泣きそうなセラだが、紗季はあまり焦りは感じなかった。
まあ、空に居れば大丈夫だよね。
キリスもそう思ったのか、セラに動かない様に言うと野人に剣を構えた。
紗季は残る野人を胸中で数え出す。
その時、一匹の野人が後ろ足を開き深く腰を落とす。
不可解な行動に構えた騎士団には振り向きもせず、野人は足に力を入れる。
まさか…
紗季がその可能性に思い至ったのと、野人が強く跳躍したのは同時だった。
「…セラァァ
ーーーーーー!!!」
叫ぶ間に、野人に羽を掴まれ地上に引きづり下ろされたセラ。
声なき声を上げるセラに、紗季も馬から落ちんばかりに身を乗り出す。
「…トレガー!早くセラを…」
「っは、い!」
しかし、運悪く二匹の野人が向かって来てしまう。
ファウルのお陰か増加は防げているか、騎士団には自分の闘いで余裕は全く無い。
野人のギョロリと動く目に見つめられ、セラは身をすくませ抵抗という抵抗も出来ずにいた。
野人の前足がセラの羽を毟る様に鷲塚む。
「…いやああああ?!」
セラ!
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