混乱の少女王
紗季の許容範囲はとっくに越えていた。
キリス・トレガーが居ると聞き化け物みたいなのがうじゃうじゃ居る場所に飛び込み、襲われそうな子どもを助けようと化け物の注意を引く。
勿論対策等無く襲われかけた時、目の前で真っ二つになる化け物。
驚く間も無く、自分を抱き締める探していた張本人…。
何これ?
見付けたらひっぱたこう、文句を言おう、嫌味をぶつけてやろうと思っていた。
しかし、相手の情けない顔に色んな感情が吹き飛んでいた。
武官らしく鍛えられた腕の中で、こんな状況にも関わらずホッとしてしまう。
正直顔を見るまで、紗季の中では既にルピアやレビュートの優先順位が上であった。
少しずつ、気付かぬ内にキリスへの感情は薄まっていたのだ。
もしもキリスに会えなくても、仕方がない…とさえ思っていた。
その矢先の出来事。
キリスと再開した瞬間、紗季のキリスへの思いはまるで欠けていたピースが嵌まるような物だった。
紗季が口を開きかけた瞬間、前方からよく通る声が響く。
「…もう分かった。お前はケープラナの者 ではない!行け、此処に居る必要は無 い!」
将軍ファウルのキリスを射ぬく視線に、思わず口を閉ざす。
素人の紗季から見ても、ファウルの剣の腕は素晴らしいものだが、それ以上にその表情に苦しげな物が見えた。
然り気無く伺うキリスの顔は、眉を寄せ瞳を揺らしている。
「…トレガー。」
「!はい…。」
静かに呼び掛けた紗季に、キリスはスッと目に光を宿す。
「トレガー。貴方、ウォーターに戻る気はあるの?」
キリスの顔に苦い物が浮かぶ。
「…お許し、頂けますか?」
躊躇無く片膝を着いているキリスに、紗季はバッサリ切り捨てた。
「いいえ。私、嘘つきは嫌いだもの。」
「…っ」
(嫌い……か。当たり前だ、勝手に出ていったのだからな。)
俯くキリスに、紗季は口調を変えずに続ける。
「…けじめをつけるんでしょ。それが出来てない貴方を認めないわ。それとも、出来ないの?」
キリスは素早く顔を上げた。
…けじめをつける。それは、キリスが紗季に宛てた手紙へ書いた文の一部。
キリスの中で名もない感情が沸き上がる。
「…ミズハラ様、俺に赦しを頂けませんか?」
「…赦し?」
不思議そうに傾く紗季の様子に、キリスは口端に男らしい笑みを履く。
「ミズハラ様を守る事と、けじめをつけに行く許可です。」
今でも油断無く周囲を警戒し続けるキリスに、紗季は言葉の意味を咀嚼し最後は頷く。
…つまり、野獣?と戦う許しと私を守るから許可しろって事?
よく分からぬまま頷き、相手を見つめてみる。
「分かった、許すわ。」
「…有り難き幸せ。」
噛み締める様に頭を垂れたキリスは、側に彷徨いていた主を失った馬を引き寄せ、軽やかに飛び乗る。
剣を腰にしっかり携え表情を引き締めると、紗季へ手を差し出した。
…うう、何このかっこよさ。
乗馬マジック?
内心鼓動を早めながら、済ましたまま手を伸ばす。
「失礼致します。」
キリスは軽々と紗季を抱き上げ、自分の前に乗せた。
わー。初、乗馬だ私!
こんな時じゃなかったら、どんなに嬉しかったか。
「必ず…お守り致します、ミズハラ様。」
真剣な表情のキリスの早鐘の如く鳴る心臓に、紗季の緊張も極限まで達する。
野獣?達の人間の骨を折る音が聞こえ、身震いしてしまう。
いくら、不老不死とは言え怖いものは怖い。
「…頼りにしているわ、キリス・トレガー。」
「この身に変えても…。」
キリスは前を見据え、手綱を握り腰の鞘に手を伸ばすのだった。
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