キリスの衝動
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元騎士団団長キリス・トレガーの指揮により若い武官達も多少統率の取れた動きとなっていた。
しかし、芽生えてしまった恐怖感は全て拭えるものではなく、百を超す人数を纏めるのも簡単では無い。
何より、相手が悪かった。
野獣とは掛け離れた戦闘力、素早さと残忍さ…何より、動けなくなった者を食い散らかす獰猛さに騎士団も腰を引かせた。
キリスも先頭に立ち応戦するが、知能すら垣間見える普遍的な動きに苦戦した。
前足を使わず移動する野獣にキリスは頭の中で、それらを〔野人〕と名付けた。
統率から離れた若い武官が、野人の群れに引きずり混まれていく光景を視界に入れても動きを止めるわけにはいかない。
所々で肉を食む音が聞こえても、武器を手放すわけにはいかない。
「…団長!次の指示を!」
「ああ!」
キリスの頭には、ケープラナを救うという思いしか無かった。
後悔は無いが、自らが王に手を掛けたことが引き金であるのだから。
責任感と、ある種義務という物だろう。
雄叫びを上げ、剣を振るい続ければ野人も少しずつ数を減らしていく。
しかし、騎士団の数も間違いなく減っているのは勘違いではないだろう。
ふと、キリスの耳に幼い子どもの泣き声が聞こえた。何故、その声に反応したか分からないが、思わずその声に目を向けていた。
泣き叫ぶ子どもに近付く野人、離れているキリスは仕方がないと思い、早々に目を逸らす。
その時、新たに耳に響いた声に心臓が跳ね、全身に衝撃が走った。
「…そこの化け物!その子から離れなさい!」
凛とした表情の年若い少女、その場に似つかわしく無い旅装束の少女にキリスは呼吸すら忘れてしまった。
キリス・トレガーにとって、彼女は世界で最も美しく思った。
野人は方向を変え、その鋭い爪を持つ前足を彼女に振り下ろす。
その刹那、キリスの頭からケープラナの事、騎士団を指揮する事、野人との闘いの事は消え去っていた。
少女に野人が触れる瞬間、野人の身体は真っ二つに割れていたのである。
驚きに目を見張る少女と目が合い、手元からするりと剣が滑り落ちた。
「…お怪我は、ありませんか?」
少女の固い表情に、困惑が生まれる。
「いいえ…。」
少女の言葉に、キリスは顔を歪めその身体を引き寄せ力強く抱き締めた。
「ああ…良かった…!貴女に何かあったら、俺は…俺は!」
ケープラナの者が見たら間違いなく驚愕するだろう情けなく眉を下げた表情に、キリスは安堵を滲ませる。
「…サキさ、ミズハラ様…俺は…」
何か決心したキリスに、声が被さる。
「キリス・トレガー!」
後方から響く低くよく通る声に、キリスは顔だけ向ける。
「ファウル将軍…!」
キリスの代わりに的確に武官達に指示する大官に、ハッと意識を向ける。
見事な剣捌きを披露するファウルは、ごく自然な口調で続ける。
「…もう分かった。お前はケープラナの者ではない!行け、此処に居る必要は無い!」
野人の首を跳ね、剣の切っ先の血を払うファウルの表情は、普段とあまり変わらない様にも見える。
キリスの瞳は静かに揺れたのだった。
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