モリスと銀の騎士
主人公は出ません。
騎士が出ていった扉を睨み付けるリヴィアットに内心溜め息を吐き、モリスは断りを入れ扉を後にした。
そこには、やはり先ほどの騎士が、壁に背をつけ不機嫌そうに眉を潜めていた。
その表情に、モリスは思わず在りし日の彼を思い出しクスリと笑っていた。
とは言え、記憶の中の彼は雪のように白い騎士団の鎧を身に付けていたが。
「…セグナ。」
「!モリス様。どうかされましたか?」
声を掛けると、目を瞬き駆け寄って来る青年は少し嬉しそうである。
モリスや一部の上級役人には、素直で従順だったセグナは、その実かなり自分の意志を持った男だった。
「少し話をしようと思いまして。…クデルトには慣れましたか?」
ああ、とセグナは頷く。
「慣れた、というより驚きました。…この国の王族はこんなに仕事をするんですね。」
「そうでしょうね。…ヨッツアや、チェイダーも王の子息女はよく働かれると聞きます。」
へえ、とセグナは鼻で笑う。
「じゃあ、やはりケープラナの王族はカスだったというわけですね。マジで使えねー奴らだな。」
「セグナ、それ以上は。」
誰が聞くとも知れない回廊の為、モリスはやんわりと首を振る。
セグナは直ぐに素直に口を閉ざした。
モリスが止めはしたがそこまでの暴言を許したのは、セグナが決して王の事は否定した事が無いからである。
セグナが現れたのは丁度80年前、ケープラナの城前に居たことが起因である。
当時の彼は、今にも壊れそうな鎧に返り血と自らの怪我による血液で全身赤黒く染まっていた。
何かを失った様な表情で佇むセグナは、モリスが声を掛けても全く反応が無かった。
そのまま放って置けなかったモリスは、少し強引に自邸に連れて行くと怪我を治療し寝台に寝かせた。
その間、全く言葉を発しなかったセグナだが、十日ほどたった後、少しずつ話をしてくれたのだ。
自分がある国の騎士だった事、国同士の争いで敗れ大切な者を喪った事。
簡単に話した内容は、モリスにとっては信じられない内容だが、黙って彼の言葉を受け入れた。
国同士が争う?
そんな事があるのだろうか。
一月経つとセグナの体調も良くなり、本人が持っていた剣で毎朝自主的に練習をするようになった。
物足りなくなったのか、モリスの所に顔を見せに来る武官達によく手合わせを頼む様になっていた。
ある時、将軍ファウルと手合わせをした時何かを感じたのか、それ以来ファウルに敬意を示す様になった。
セグナは基本的に荒く粗暴な口調であったが、モリスから指摘すると多少口調を改める様になっていった。
それから、セグナの強い希望によりケープラナ国の官吏として承諾した。
下級武官だったセグナは、圧倒的な強さと異彩を放つ雰囲気で五年経たず上級武官へと上り詰めてしまった。
一時期は騎士団副団長となり団長リトニア・トレガー死後は上位を進められたが、キリス・トレガーの入団であっさりそれを断った。
少し口調は悪いが、自分の認めた相手に敬意を払い、下の者の面倒見の良い男だった。
特にアルバンド、キリス、ユーチェロと言った年若い者をよく可愛いがっていたのだ。
しかし、そんな日々もあっさり崩壊する。
それは、ケープラナ国王の崩御によってだ。
キリス・トレガーの謀反により命を捨てた王。
結果、民を救うべく官吏達は各所へ走り回った。
勿論動かず嘆いてばかりの王女や王子達へ促しても良い反応は無い。
セグナも小国フラワへ馬を走らせるが、良い結果は得られなかった。
その夜、普段冷静なモリスの苦し気な表情を見てしまった彼は、一気に頭の中で何かが弾けてしまった。
その足で王族の暮らす宮へ向かい、泣き暮らす妃や王子達の部屋に黙って押し入った。
驚く妃達、侍女達も相手が上級役人だと分かると止められず一歩下がる。
「…無礼な!上級役人と言えどこの部屋への入室許してはおらぬぞ!」
第一王子の怒りに満ちた声に、セグナの銀の瞳が光を強める。
「……は?うっせーな。あーうるせー。」
まるで飛び回る蝿を払うかの様に手を払い、顔を歪めた。
信じられないとばかりに茫然とする妃達に、セグナは続ける。
「…無礼?え?ごめんもう一回言って?よく聞こえなかったわー。つか、国の危機にすっっっげー暇そうな方々がいますねー。あれ?もしかして妃様と殿下ではないですよね?」
セグナの言葉に、年かさの侍女や乳母が声を張り上げる。
「み、皆様は陛下が崩御され悲しまれているのですよ?!それをー」
「黙れ。」
スッと室内の温度が下がる。
「…下がれ!こいつらを庇い、甘やかせば国が生き長らえるのか?!民が助かるのか?!こいつらがお前達を助けてくれるのか! 」
ファウル並みの声量で発せられた言葉に、侍女達は顔色を失い座り込んだ。
この世界では、王の子は王にはならない。
しかし、不老不死の特権は与えられる。
そこに胡座をかくのは自由だし、王族という立場をどう使うかは自由だ。
自由だから、崩壊していく国で待ってれば良いのか?
「陛下がおられない今、お前らは王子でも王女でもねぇんだよ。…おい、聞こえてんのか?穀潰し共が。」
吐き捨てる様に言い切った言葉に、王子達はすっかり顔色を失った。
「…ぼ、僕たちは、国を作った父上の子どもだぞ!」
第二王子の震える声に、セグナは見た者が凍り付くような視線を送る。
「…それが?」
「え?」
「じゃあ、早く民を救ってみせろよ。」
第二王子は息を呑み、動きを止める。
「…わ、私達の仕事は、品位を保ち、民の道標となることですわ!」
「あ?人間の言葉で話せ、木偶の坊。」
途端にワナワナと唇を震わせる第二王女。
「…もう良い。てめーらはこの国とこのまま滅びれば良い。」
感情の籠らない口調で言い終えた時、遮る様に声が被さった。
「…セグナ・ブラッド。殿下方への無礼、聞き捨てて置けません。今すぐ国から出て行きなさい。」
セグナは相手に気付き、何も言わずに頷くと扉から去って行った。
室内からは王子達の勝ち誇った様な笑い声が聞こえるが、モリスの関心は無く素早く城を出る。
何の未練の見えない背中に声を掛け、モリスの室内にあった金品を入れた袋を手渡す。
「…今までありがとう。貴方は自由に生きなさい。」
運が良ければ他の国で登用されるかもしれない。
セグナは頭に浮かんだ言葉を全て飲み込み、深く頭を下げると馬に飛び乗った。
彼は知っていた。
キリスの様に処罰をされる前に、自分を逃がしてくれた相手を。
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