リヴィアット・ケープラナ
「モリス様ですわ。」
セラの震える声で発せられた名に、紗季の瞳がみるみる見開かれた。
同時刻、ケープラナの隣国クデルトの城前に二人の人物が居た。
一人は陽光に輝く金色の髪の少女、一人は切れ長の瞳を持つ理知的な男性であった。
「…側近フェルトニア、もう此処までで良いわ。速く国に戻りなさない。」
上からの物言いに、モリスは無言の微笑で返した。
もしも、他に行動を共にした者が居れば、王女の行動に顔をしかめただろう。
ファウルの話を聞き、飛び出して行った王女を追うためモリスは、ハンニエルに後を任せたのである。
勿論、城から出たことの無い王女は大した距離で無い所でさ迷っていた。
モリスが声を掛けると、王女は偉そうにクデルトに連れて行くよう命じ、モリスは特に反論せず馬に相乗りさせ走らせたのだ。
700年近く宰相を勤めたモリスへの態度としてあり得ない事だが、それを指摘する者も居ない。
最短距離を走れば、夜が明ける頃にはクデルトの国境をくぐる事が出来た。
王女はクデルトの城前まで着き外套の土を払うと、堂々と顔を上げ門番に近付く。
「ごきげんよう。ケープラナ国第三王女、リヴィアット・ケープラナと申しますわ。ケープラナ国王族代表として参りましたわ、何方かにお取り継ぎ頂ける?」
薄く笑みを浮かべ、王族としての璽を見せたリヴィアットに、門番も慌てて頭を下げる。
「っは!畏まりました、直ぐにご案内させて頂きます。」
慌てて案内役を始める門番は、モリスを横目に見て軽く首を傾げると、モリスは静かな口調で簡単に挨拶を交わす。
「上級役人モリス・フェルトニアです。殿下の護衛として参りました。」
威厳のある雰囲気に、門番はリヴィアットよりも深く礼を返す。
「で、では…ご案内致します!」
クデルトの城内に入れば、忙しそうに働く官吏達を見掛ける。
クデルト国らしく、時おり雑務や清掃をする獣人も見掛けるが、勿論中級役人以下だろう。
客室でも上質らしい部屋に通され、卓につく。
ピンと姿勢を正すリヴィアットの表情には、気後れや不安な感情は見られない。
モリスも何も言わずに椅子に腰掛けると、扉が静かに開かれた。
片手に茶器を持ったその人物を視界に入れたモリスは、僅かに表情を変えた。
「…知り合い?」
表情の変化を察したリヴィアットは、興味無さそうに淡々と口を開く。
モリスは、いえと首を振るがその視線は柔らかかった。
「…モリス・フェルトニアと申します。お茶をありがとうございます、騎士殿。」
「いえ…お目にかかり光栄です。……モリス様。」
短い金髪にすらりと伸びた手足、外見は好青年と言える青年は鋭く銀に光る瞳を持っていた。
リヴィアットは、下級の武官服の青年を特に気にせず茶器を傾ける。
「いつ、私へ挨拶をしてくれるのかしら?」
顎を上向け、目を細めたリヴィアットに、騎士は今気付いたとばかりに笑みを浮かべた。
「…失礼しました。私はセグナ・ブラッドと申します。…まあ、その少ない脳味噌に入れて頂かなくても良いですけど。」
ごく普通の口調で言い切ったセグナに、リヴィアットは一瞬ポカンと口を開け、みるみる顔を林檎の様に染め上げた。
「…んな、ななんですって?!何故他国の下級官吏風情にそこまで…。」
リヴィアットの顔を見て、セグナは興味を失った様に顔を剃らし、扉に向かう。
「…他国の下級役人ね?…自国の上級役人の顔も分からない王女が代表ね。…あーあ、期待した俺が馬鹿だったわ。あ、今更期待してないけど。」
嘲笑を浮かべた騎士は、モリスに深く礼をし部屋を後にしたのだった。
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