騎士団と崩壊の町
昨日の朝、騎士団にある情報がもたらされた。
国境に野獣や魔獣が入り込んだので、討伐して欲しい…と。
城には騎士団長はともかく、将軍もおらず指示を仰げる武官が居なかった。
それに武官故の矜持か、文官を頼ろうとは思えなかったのだ。
結果、若い武官ばかり騎士団の半数が、宰相にのみ伝え城を飛び出して行ったのだった。
彼らはたかを括っていた。
上級役人に頼らずとも、年嵩の者達に頼らずとも上手くやってみせる。
それが武官の中で、騎士団に選ばれた自分達の力なのだと。
意気揚々と向かった彼らは、着いた場所で見た光景に暫く息をするのすら忘れてしまった。
血でむせかえる国境の小さな町は、確か国で最も穏やかで優しい者が暮らしていると知られていた。
…どうなっているんだ?
騎士団の目の前では、地獄の方がましだと言える光景が広がる。
野獣?だろうか。
野獣もどきに襲われる人々よりも、地面に転がる死体の数は数えきれない。
実践の無い若い武官はとっくに戦意を無くし、情けなく叫び声を上げ逃げ出していた。
しかし、一人の武官には視界に映った事に目が釘つけとなる。
一人の文官らしい男が、後ろに怯える親子を庇い棒切れを振り回していたのだ。
叫びながら必死に野獣もどきを威嚇する男だが、無駄な悪あがきに過ぎなかった。
親子はなんとか逃げ出せていたが、男は野獣もどきに首を押さえつけられてしまった。
それを見ても動けずにいた武官の横を、瞬間一騎が駆け抜ける。
馬に乗ったままの人物は、持っている剣で野獣もどきの頭を貫いた。
悲鳴を上げた野獣もどきには目も向けず、馬から飛び降り男へと駆け寄る。
「大丈夫か?」
武官はぼうっとその光景に見いる。
馬から降りた人物と、文官の男との会話が続く。
「………あなた様は?」
文官は限界なのだろう。
既に息も切れ、血の気の無い顔を向けた。
「俺は…騎士団の者だ。遅くなってすまない。」
文官は、相手の言葉に笑みを浮かべる。
「いえ、この様な……なにも、無い町へ…騎士、団が来てくれ、嬉しく…思います。…どうか、町を…助けて、下さい。」
文官は息も絶え絶えに、相手に何度も頭を下げた。
相手はそれに何度も頷くと、安心させるように文官の肩を叩く。
「承った。町の者は必ずたすける。…安心してくれ。」
はい、と文官は涙を溢し、一際大きく咳をしその場に倒れ込んだ。
「…ゲホ、ありがとう…ございます。私は…これまで、の…で…す。どうか…町を……」
横たわる文官の強い瞳に、相手も一層強く頷き文官の手を握る。
「勿論だ。…最後に、名を聞いても?」
文官は、誠実で真剣な相手に僅かに安心出来たのか小さく微笑んだ。
「…………メディアテーク・リケットと。……騎士団の御方。」
文官は小さな声だがしっかりした声でそれだけ言うと、永遠の眠りへと就いたのだった。
男は文官に自分の上着を掛けると、黙って馬に飛び乗った。
すると、口を開き大きく息を吸い込んだ。
「……この町にいる勇敢な騎士団の諸君、よく聞けーーー!!俺は元騎士団団長キリス・トレガーだ。もし!ケープラナの民を救いたいという意思のある者は、黙って剣を持て!!しかし、恐怖に打ち勝てぬ者は即刻去れ!役には立たぬ。…大国の騎士団である証、今こそ見せるべき時であろう!!!」
その場で誰かの喉が鳴る音が聞こえた。
時を待たず、騎士団の雄叫びが響き、剣を持て抜き放つ音が響いたのだった。
.




