対話の9日目
意外な展開になりました。
紗季はその瞬間視界が滲み、大声で笑いたいような泣きたい様な思いになった。
思えば初めて会った人物は居なくなり、次の人物は優しいけど何も分からないので頑張って指示をし、次はすがられ、殴られ食われかけ、国に留まれず…。
表面は格好つけてるけど内心余裕なんて欠片も無い。
私昔から顔に出さないの得意だし、ファウルに話される時正直またか…と思った。
アルバンドをウォーター国の官吏にして欲しい…とファウルの目は語っていた。
アルバンドへの期待と、私への無言のプレッシャー。
あーもう無理です。
王が死んだけど、能力が勿体無いから使えって?
おかしいおかしいおかしい!!
私が何も知らないからって押し付けるな!
気付いていないと思う?
上級役人の若い官吏の方が、レビュートを蔑んだ目で見てた事を。
私が、はい良いですって言って若い官吏だけ連れてったらどうなるの?
優しいルピアと真っ直ぐなサイラにあの目を向けるの?
正直言えば、ケープラナで選ぶ気があるのモリスのみだ。
トレガーを拷問まがいした様な武官なんて絶対無いし。
頭の中で色々な感情が溢れた時、レビュートの怒りでスッと冷静になれた。
初めてこの世界で守って貰えた気がした。
レビュートに抱き付く想像をしながら、他の者の手前咳払いしてもう一度ファウルに向く。
「…うちの者が失礼したわ。それで、続きは?」
ファウルは一瞬言葉に詰まるが、直ぐに笑みを浮かべる。
「いえ、ところで彼は貴女様の官吏でよろしいでしょうか?」
ええ、と紗季は即答する。
「レビュートは、ウォーター国の正式な上級役人よ。立場的には貴方との違いは無いわ。」
ケープラナには獣人の官吏は見掛け無かったので、ファウルも納得していなかったのだろう。
紗季の言葉に、ファウルは笑みを止め深く頷く。
「左様でございましたか。ならばお怒りはごもっとも。…もしよろしければ、レビュート殿とお話しする時間を下されませんか?拙の考えをお聞き下さればと。」
なるほど。
まずはレビュートに言って、レビュートが私に伝えるみたいな事かな?
「…そうね。とりあえず、騒動の収拾がついてからでも良いでしょう。」
「是。ありがとうございます。」
深々と礼をしたファウルは、レビュートにも頭を下げてその場から離れた。
遠目に心配しているらしい部下達に、何か話しをしに行ったらしい。
…よし、終わった。
紗季は長い溜め息を吐くと、ずっと不機嫌そうなレビュートの頬を思わず突っついてみた。
「おい、何しやがる?」
「ん?いやー、だってレビュート怒ってるんだもん。」
ムッとレビュートの眉根が寄る。
「怒ってねえ…。」
「わー。説得力なーい。」
気安く笑う紗季の様子にレビュートは毒気を抜かれ、後ろ頭を掻き溜め息を洩らす。
「レビュートさんや、レビュートさん?」
レビュートの肩を紗季の指がツンツンと触れ、からかい口調の相手にレビュートは目だけ向ける。
「…んだよ?」
「うん。……ありがとね。」
言葉と共に、紗季の顔には年相応の笑みが浮かぶ。
思わずその表情に見入り、ポカンとレビュートの口が開く。
「…あはは、変な顔~。」
声を抑えてクスクスと笑う紗季に、レビュートは知らず瞳を細める。
「……………。」
(そーいや、俺最初はコイツを怒らせるか泣かせるかだったか。今思えばスッゲー嫌な奴だったな。)
黙るレビュートに、紗季は次第に不安になってきていた。
「え?レビュート?本当に怒った?レビュートさーん?」
自分を見る紗季の顔を見ていると、思ったままが口から出ていた。
「…お前さ、笑うと可愛いな。」
「え?あー………………………………はぁ?!」
え?頭打ったか?
それとも熱?
思わず相手の額に手を置いても、特に熱はないようである。
という事は貶めてる?
笑った時のみだけだお前は、みたいな。
「えーっと。…普段も可愛いですよーだ。」
「そうだな。」
ふざけた口調に返されたのは、至って真剣な表情。
知らず、紗季の顔の温度が上がり、視線を逸らす。
あれか?
誉めて誉めて落とす鬼畜なのか?
「…手を貸せ。」
「…?うん。」
戸惑う紗季の手を取り、指先に軽く落とされた唇。
思考が止まった紗季の髪を撫で、至近距離で目を合わせる。
「覚えとけよ。…獣人は人間より忠誠心が高い。覚悟しろ。お前が嫌だっつっても、一生守ってやるからな。」
ふと、紗季の視界には朝陽の光が入るが、眠気などとっくに消えていた。
目の前には、今までと違う瞳に柔らかい光を宿す獣人。
私、何処かでスイッチ入れたの?
「返事は?」
「…………はい。」
.




