将軍ファウル
声でけええ…。
30代程の武官らしい男性は、大股に紗季の前まで向かい片膝をつく。
真っ直ぐに紗季を見つめる灰目、精悍な面差しに男らしい笑みを浮かべる。
「拙は将軍職に就いております、ファウル・グラウンドと申します。民の受け入れを心から感謝存じ上げます。」
よく通る声に感心しつつ、紗季は然り気無く相手を観察してみる。
深い藍色の髪を高い場所で纏め、かなり上背がある。
…今まで会った人の中でも、3本の指に入るんじゃない?
紗季が簡単に返事を返すと、ファウルはモリスへと顔を向けた。
「 …モリス殿、クデルトは王族さえ出向けば色好い返事を頂けると仰っておられましたぞ。」
「…なるほど。」
僅かに眉根を寄せたモリスの視界には、先ほどから身動ぎさえしない王女が映る。
そんな様子を知ってか知らずか、ファウルの言は続く。
「…ああ、それはそうと騎士団の事ですが、国境から野獣や魔獣が侵入しております故お借りしたいと!」
早口で言い終えた常人より響く声による内容に、
皆戸惑うが、一人アルバンドは首を傾げる。
「ファウル将軍?…それならば、朝早く騎士団の半数近くが対応に向かった筈ですが…。」
「…っ何と?!」
目を丸くしたファウルに、困惑するアルバンドはふと目を細めた。
「しかし…昨日会議を行い上級役人は皆一所にいました。…一体どなたが指揮を…。」
アルバンドの言葉に、室内に武官で指揮の出来る者の名が上がっていく。
…何か大変な事になってるなー。
野獣?魔獣とか何なの?
国境に侵入がどうしたってのよ。
新しい情報を整理しつつレビュート達を見れば、ローマネなどは腕を組んで目を閉じていた。
…え?寝てる?
無駄に整った横顔を視界に入れていると、今まで退屈そうだったレビュートが卓に肘をついたままぽつりと呟く。
「…あいつなんじゃねーか?」
「何が?」
紗季がそれに返せば、レビュートは予想なのか曖昧な口調で続ける。
「…サキが探してる奴、騎士団団長なんだろ。違ぇーのか?」
「……………!」
紗季の表情が変わると、話し続ける三人に顔を向け椅子から立ち上がる。
「ファウル将軍、側近フェルトニア…宰相ライトーク。」
名を呼ばれた三人は、直ぐに返事を返すと膝を着く。
「…我が国との取り決めは終わったわ。この場で話していないで、早く対応したら?」
紗季の言葉にハッとし、始めにファウルが行動した。
「では、拙は兵達の向かった場所に行きましょう!確認して参ります。」
落ち着く性分では無いのか、ファウルは息つく間もなく扉に走り出す。
…よし。
「……レビュート、一緒に来て。」
「分かった。」
振り返らずファウルに着いていく紗季に、レビュートは何も聞かず隣に並ぶ。
それを困惑し何か言おうとするアルバンドに、今まで黙っていたローマネが静かに制す。
「ウォーターとの交渉はもう仕舞いじゃろう。お主から行動を制限される謂れはないと思うが?」
「っしかし、危険では!」
眉を吊り上げるアルバンドに、ローマネはあくまで冷静に続ける。
「多国のお主に心配される様な、柔な女人ではあるまいよ。」
ローマネはククッと笑みを洩らす。
紗季が始めに呼んだのが獣人であり、自分(魔族)には一瞥すらしなかった。
なんと愉快だろうか。
魔術師ローマネは何か呟くと、その場から跡形無く消えていた。
「………アルバンド。」
呆然とするアルバンドは、鋭い呼び掛けに思考を戻す。
「…モリス様。」
既に扉から出ていたモリスは、極めて淡々と教え子に問うた。
いつも道理の様で、いつも以上にモリスの瞳の光は強く感じる。
「選びなさい。…他官吏に議決を伝えるか、彼らと共に向かうか。」
この問いに答えた瞬間の記憶について、後のアルバンドはほとんど覚えてはいなかったようだ。
「行きます!後はお願いします、モリス様。」
決意に満ちた顔のまま走り去った教え子の背中に、モリスは笑みを深め早足で部屋を出た。
その時には、先ほどまで俯いていた王女の姿は何処にも無かったのだった。
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