アルバンド視点
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ケープラナ国二代目宰相二十四歳。
王が崩御した為城に詰めて十日近く経ったのか。
国内では少しずつ綻びが見え初めているが、大国故の余裕か大半の国民に焦りは無い。
昨日、官吏達からの報告を廻廊で纏めていると、目の前に見知らぬ少女が現れた。
外見に特に変わりは無いが、不思議と人目を惹く少女は、自分を新しく出来た国の王だと名乗った。
俺自身女性が苦手だった為、初めは今思うと嫌な汗が出る程に醜態を晒してしまったが、相手が王だと分かり態度を改めたのだ。
自分にとって王とは、文字通り雲の上の存在であった。
ケープラナ国王陛下は、此処しばらく姿を現す事は無くなっていた。
旧臣すら、二百年は拝見出来ていないと聞く。
神書に加えられ、宰相となったアルバンドも会ったのは御簾越しにだった。
気だるげに了承を得て、僅かすら一瞥もされなかった事に気付いた。
どうすれば自分に言葉をかけてくれるか…。
とにもかくにも、モリス様の教えを受けながらガムシャラに役目に没頭した。
いつか…陛下に拝謁出来るだろうか?
数年前、モリス様の後を継ぎ宰相となった俺だが、旧臣の方々は暖かく助力して下さった。
しかし、若い官吏からは嫉妬や不満そうな視線を連日感じていた。
多少は覚悟していた事だが、あまり良い気分とは言えない。
それ以上に、旧臣と新世代との思考の違いに気付いた。
宰相となってから気付かされた事だが、若い官吏…特に此処二百年からの官吏は王に対しての敬意が薄い。
確かに若い官吏は王と見える機会は全くと言って良いほど無いが、旧臣との温度差は悪寒を覚える程だ。
ある時、数少ない若い上級官吏のキリス・トレガー殿と個人的に話す時があった。
精悍な面差しに旧臣とも難なく接するトレガー殿は、若くして騎士団長を勤めていた。
確か、彼の父上は今は亡き旧臣リトニア・トレガー殿だったか。
浮いた話し一つ無いトレガー殿は、生真面目そうな顔に苦さを滲ませる。
「若い官吏達の…陛下への物言いどう思う?」
思っても居ない問いに、内心驚きながらも相手の人柄を信じ真剣に答えを返す。
「私は…大国だと鼻にかけた上からの態度も、陛下への敬意の薄さに加えた無駄に高い自尊心も良いとは、思えません。」
そこまで言ってみたが、たかだか数年官吏を務めた自分が言うのはどうかと、知らず口をつぐんだ。
「…口が過ぎました。」
「いや、貴重な意見礼を言う。その年でその様に考えられるのには、逆に先々期待出来るものだな。」
口元に笑みを浮かべる相手に、俺は妙に気恥ずかしくなった。
とんでもございません…と小さく呟く。
それに対し、トレガー殿はクックと笑う。
更に俯いた俺に、トレガー殿は楽しそうに笑い去って行った。
思わずその背中を見つめる。
誰に対しても真摯に接し、種族問わず態度を変えないトレガー殿は実は憧れていた。
誰しも、獣人やエルフ、見た事は無いが巨人や魔族等には構えてしまうだろう。
しかし、トレガー殿は獣人を拾い育てているという噂を聞いた事がある。
きっとトレガー殿ならば、陛下とも拝謁した事があるのだろう。
それからは、時たま二人で話す時があった。
内容は様々で、個人的な事や政治的な事。
少し楽しみにしていた俺がいた。
少なくても、あの日の前日まで変わった所は無かった様に感じる。
それとも、俺が気付かなかっただけなのか?
モリス様なら気付けただろうか?
あの日、真夜中に俺の部屋に飛び込んで来た官吏の言葉は生涯忘れないだろう。
「騎士団長が、陛下を手に掛け殺し奉り………」
その後は言葉になっておらず、俺は急ぎ王の自室に急いだ。
中には嘆き騒ぐ后や子息女、侍女達。
顔面蒼白のシュラ殿、小さく震えるナント殿、固い表情のハンニエル殿、ファウル殿…。
モリス様と目が合えば、まるで別の次元に居るような冷静さで口を開く。
「…ライトーク宰相、国葬の準備と会議の声かけを。」
「…………はい。」
ハッとした官吏達は直ぐに行動に移るが、后達は冷静なモリス様をただ攻め立てた。
俺は何か言おうと口を開くが、モリス様がそれを制す。
「どうぞお気の済むまで。ただ、これからの国の崩壊はいつまでも待ってくれる物では無いとご理解下さいませ。」
あくまで静かな口調に、后達は黙りこむ。
やっと事の重大さに気付いた様だ。
そう、人一人死んだのとは違うのだと言う事に。
その後は悲しみに暮れる暇も無く、モリス様と共に奔走した。
ただモリス様は何故冷静で居られるのだろう?
やはり、王の責務を放棄していた陛下を見限っていたのか。
そして、俺の前に現れた新しい国の王。
国の為、彼女との取引上手く行くよう臨まねば。
震える足を叱咤し急ぐのだった。
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