苦悩の8日目
遅くなりました;
…懐かしい夢を見た。
朝起きると焼いたパンの香ばしい匂い。
自分を急かす母親の声。
新聞を捲る父親からの挨拶。
部活動の準備に急ぐ妹の姿。
「いってきまーす。」
眠いし授業はつまらないし、面倒くさいなと思いながら急ぐ学校への道のり。
友達とは何を話そう。
授業で当てられると困るな。
購買で何を買おう…。
決して変わらぬ日常だった。
単調だったけれど、そんな日々が結構気にいっていたのは確か。
…あれ?あんな所に猫が。
見つけたのは、道路の中央を渡る猫と近付く車であった。
紗季はそっと目を覚ました。
「………………」
回らない頭で辺りを見渡し、ようやく現状を思い出す。
ああ、此処はケープラナか…。
昨晩の出来事を思い浮かべ、息を吐く。
   
…みっともない。
覚えていなければ良かったが、頭にはハッキリと情景が思い浮かぶ。
夜に訪れて来たモリスという官吏の前で泣いてしまい、とりとめのない事をグチグチと口にしてしまった…。
確かにモリスは話しやすい人物だったが、初対面で失礼だったな。
そういえば、会議はどうなったんだろう。
ふと、最も重要な事柄を思い出すと、軽く身支度を整え部屋を後にした。
すれ違う者は直ぐにその場に膝をつき、紗季が通りすぎるのを待つ。
それが徹底されている辺り、歴史のある大国だと伺える。
長い廊下を歩き出したと同時に、向かい側から静かな沓音が耳に入った。
「おはようございます、良く休まれられましたか?」
昨日の事を全く感じさせない穏やかな相手に、知らず知らず頬を緩める。
「ええ。大丈夫、側近フェルトニア。」
「どうか、モリス…と。煩わしい呼び名でしょうから。」
落ち着いた雰囲気のモリスに紗季は気付かない内に、今まで接して来た相手とは異なる物言いとなっていた。
紗季自身勿論自覚は無いが、僅かに年相応な口調と無自覚に甘える視線を向けていたのだ。
「…分かったわ。モリス…。そういえば、もう昨日の結果は出たの?」
あくまで他国の王相手の態度を取るモリスだが、又彼も、主君を失った穴を無意識に埋める様に、殊更恭しい姿勢となっていた。
モリスと同様、今まで王を失っていたケープラナの城内は不気味な静寂を保っていたが、紗季(王)の存在により生き生きと息を吹き返している。
あくまでも、この世界の国とは王という事であるのだ。
紗季の問い掛けに、モリスは僅かに思案するが直ぐに肯定を返す。
「一応の決着は…アルバンドから、お話しがございますでしょう。」
お話し…か。
結局どうなったんだろう。
「…いつ?」
真っ直ぐに問う紗季に、真摯な視線が返される。
「…今日にでも。」
短いが端的な返答に、紗季は静かに頷く。
その様子にモリスも察した様で、昨日とはまた異なる落ち着いた部屋に案内をした。
室内には趣味の良いテーブル、向かい合わせに椅子が数脚置いてある。
中には既に、レビュートとローマネが座っており、簡単に挨拶を終えると彼らの間に腰掛けた。
…何か緊張するな。
どうなるんだろうか…。
紗季は、そっと息を吐いた。
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