側近モリス・フェルトニア
レビュートと別れ、紗季は部屋の窓の外を眺めていた。
夜更けにも関わらず、城内には世話しなく靴音が響く。
…王の居ない国とは、こんなにも不安を掻き立てられるものなのだろうか。
人の多いはずの城内だが、妙な薄ら寒さを感じてしまう。
コンコン
一定の間隔で叩かれた扉に、紗季は立ち上がりかけ止めておいた。
一応、王だもんね?
「どうぞ…。」
「…夜分失礼致します。」
扉を開けた人物は、後ろ手に扉を閉めると膝を着きその場で礼を取る。
「上級官吏、王の側近モリス・フェルトニアと申します。畏れながら、貴女様にお話があり参りました。もし、ご不快に感じましたら退出致します。しかし、僅かでもお許し頂けましたら大変光栄に存じます。」
流れる様な相手の口調に紗季は、相手の言葉を頭で反芻した。
この人、さっきの会議に居たよな~。
…何なんだろ、なんか怖いんだけど…。
レビュート呼ぶのもわざとらしいし。
表情に出さず思考を終え、紗季は口を開く。
「…貴方の話し、聞くわ。」
わざと感情を込めず放たれた言葉に、モリスと名乗る官吏は特に表情を変えることは無い。
「有り難き幸せ。…まず、先ほどの謝罪を…知らぬといえ、国主の貴女様をあのような場に通した事を、深くお詫び致します。重ねて、宰相の多々失礼を処断せずに置いて下さった御心に感謝申し上げます。」
深々と頭を下げ、真摯な態度で自分に接する相手に紗季の方は混乱していた。
…何で謝られてんの、私?
あのような場…って別に普通の部屋だったし。あの宰相君も真面目な人だったし。
紗季の府に落ちていない様子を目に写し、モリスは僅かに苦い笑みを浮かべる。
その笑みにより、モリスの理知的で少し冷たい雰囲気が和らぎ、室内に張り積めていた緊張が緩んだ。
意外…この人笑うんだ。
「ねえ?何処が失礼なの?…別に私は何も不快に思わなかったけど…。」
思ったままを口にした紗季だが、それは心からの本心である。
「…左様ですか。…大変失礼ながら、貴国に宰相もしく経験のある官吏は?」
「?…まだ、特には。」
出来たばかりのウオーター国には、官吏と呼べるのはルピアただ一人。
その彼は勿論元々はただの魚人だ。
紗季の返答に頷いたモリスは、一時考える素振りをすると直ぐに紗季に視線を戻した。
「…ならば、申し上げます。…まず、どのような時でも他国の王のお相手は自国の王、王族、宰相が務めます。例え上級官吏でも正式な順序を踏まなければなりません。しかし、あの場では話し合い自体を中断し貴女様に移動して頂く事に失礼にあたると考え、何も申し上げませんでした。」
長々と紡がれる説明に耳を傾ける紗季だが、正直紗季の頭では違う事で満たされていた。
…私本当に何も知らないんだなぁ。
これは不味いかも。確かに政治的な経験者が居ないのはキツいな…。
考えれば考えるほど途切れず出てくる問題に頭が強く痛み、相手の落ち着いた雰囲気のせいかとうとう紗季は両手で顔を覆い膝に顔を埋めた。
急に黙り混み顔の見えなくなった紗季に、体調でも悪くなったのかと心配になったモリスは立ち上がり紗季に近付き、手を伸ばせば触れる距離まで行くと膝をつく。
「…どうされました?」
労るように殊更静かに聞いてくるその声音は、決して敬意を損なっておらず疲れきっていた紗季には充分な物だった。
「いいえ。少しだけ、疲れてしまって…。」
紗季の囁くように吐かれた声は、モリスには骨身が裂かれる様に響いた。
(…なぜ、何故なんだ。この少女には、側で支える者は、心を慰める者は?何故、私などの前でこのような姿を晒した…?)
話し合いでの堂々とした姿と、伴にいた者と気安げに話す姿とは全く異なる物だった。
モリスには解った。
出来たばかりの国を創る重圧。
決して逃げ出せない場所。
見つけた自分の味方になるだろう者たちを懐かせ、逃さない為、良い姿を見せなければならない緊張。
それは、700年前に最も側で支えた者から感じていた事。
モリスは自然に紗季の手を取り、顔を真っ直ぐ真摯に見つめた。
「大丈夫。貴女様ならば出来ます。キリスの為に他国に出向き、今度はその国の民を救うと仰った。これからです。ウォーターはきっと良い国となりますでしょう。」
モリスのゆっくりと語られる確証の無い話しが終わる頃には、紗季は声を押し殺ししゃくり上げていたのだった。
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