夜の中庭で
…自分が思っているより、難しい問題だったらしい。
紗季は、宛がわれた客室の中でため息を吐いた。
あの後、なんとも言えない重苦しい空気となり、だんまりが続いた…。
紗季は仕方なく、一晩ケープラナの官吏だけで話し合う様に薦めたのだ。
…はぁ。
どうなることやら。
極度の疲労と緊張で、紗季はベッドにぐったりと横たわる。
…帰りたい。
そう思い、脳裏に浮かぶのは元の世界。
そして、ウォーター国…。
やっぱり他国って、なんーか疎外感あるよねぇ。
ウォーターにいた時は、自分の居る場所って無意識に思ったし…。
てか、ネルビアとセラどうしたんだろ?
まさか、死んでは…いないよね?
最悪の不安が過るが、なんとか抑え込む。
もし、紗季に何の役割も無く居るなら泣いたり喚いたりしようが、一つの国を背負い、自分の決定で他者の人生を左右出来る立場にある為、それはしなかった。
紗季は胸に沸く様々な思考を振り払う様に、部屋を出た。
静かな廊下を過ぎると、中庭への細道を見つける。
不安を煽るような冷たい風に眉を寄せ、足を進めた。
広い中庭に立ち、足元に咲く小さな花に手を伸ばした。
「…綺麗。でも、ひとりぼっちだね。寂しそう…。」
ポツリと呟いた時、背後に気配を感じた。
「?……レビュート。」
「…1人じゃ危ねぇだろ。」
そうに言いながら、しかめ面のレビュートに紗季は噴き出した。
「…クスクス。いっつもそんな顔で疲れないの?」
「はぁ?どんな顔だよ?」
「こんな顔!」
紗季は目を細めてレビュートを睨み上げた。
「んな顔はしてねぇだろうが!」
「…いーや、してるね!鏡でじっくり見てみな。」
少し気分の上昇して来た紗季は、楽しげに笑みを浮かべる。
そんな紗季に、レビュートは何か妙に落ち着かない気持ちになった。
「…おい。」
「ん?」
首を傾げて自分を見つめる紗季に、思わず視線を下げながら口を開く。
「……悪かった。あん時は。」
…はい?
何の話だ?
「何の事…?」
紗季の不思議そうな問いに、レビュートは僅かに口をつぐんで続けた。
「…昼間の屋敷の事だ。言いすぎた、って言ってんだよ!」
…昼間の?
ああ、あの時?
人間なんかに分かるか~とかだっけ…。
「…いや、確かにレビュートの言う事も尤もだしね?私もキレちゃったし。」
「そんな事ねぇ。俺が言いすぎた…謝らせろ。」
でも、上から目線…。
「…ううん。気にしなくて良いから。」
「いや!俺が悪かった!」
「…だからぁ~もう良いよ。」
「うるせぇ!素直に受け入れろよ!」
しつこいなぁ…。
紗季は内心面倒くさくなっていた。
「…何でそんなにムキになってんの? 元々私に着いて来たのもサイラが言ったからでしょ?…私に気を使う必要ないじゃん…。」
「…………。」
あれ?
何故か黙り込んだレビュートに、紗季は戸惑う。
「…どうしたの?」
「………確かに…。」
「はい?」
レビュートは目を泳がせながら、ゆっくり語り出す。
「…確かに、初めはサイラが言ったから…ってのはあった。」
「うん。」
そりゃそうだよね。
「…だが、お前も色々苦労してるってのは分かったし、そこらの人間の女とは違うと思った…。」
「うん…?」
それでなんだ?
「……俺は、お前の国の官吏だろ。」
レビュートの言いたい事が分からず、紗季はキョトンとした。
レビュートは一瞬口を閉ざし、何か決意した様に紗季を見据えた。
「…お前、サキの官吏になってやる。お前の願いなら聞いてやるよ。」
……
「…えっと、ありがとう?」
複雑そうな顔の紗季に、レビュートはムッと眉を寄せる。
「…何でんな反応なんだ!」
「いや、何かレビュートにそんな事を言われると思わなかったから…。」
…何か変な気分だなぁ。
紗季の言葉に不機嫌になったレビュートを見て、紗季は知らず笑んだ。
「…でも、嬉しいよ。ありがとう。」
「…っあ、ああ。」
レビュートは温度の上がる自身の顔を隠すように、紗季に慌てて背を向けた。
(…何だよ?妙に息苦しい…。)
僅に芽生えたレビュートの仄かな思いには、本人すら気付かなかったのだった。
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