表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォーター国創世記  作者: 雪香
3章―ケープラナ動乱編―
35/100

狼の狼狽



名前を呼ばれたレビュートは振り向いた。


狼人らしく元々鋭かった瞳は、更に剣呑な光を宿していた。


どうしたんだろう?


ただ事ではない様子に、紗季は戸惑う。


「…何があったの?」


レビュートは顔をしかめ、近くで座り込んでいる男を片手で持ち上げた。


「…こいつだ。」


「え…?」


紗季が戸惑いの声を上げ、男に目を向ける。


少し小太りの男は、身形は良く、貴族か豪商の様に見えた。


「…こいつが、クデルト以外に住む獣人を拐い、奴隷として売ってやがったんだ!」


ええ!?


紗季の隣に居たローマネは小さく呟く。


「…成り上がりじゃな。」

その言葉に意味が分からなかった紗季だが、殺意を露にするレビュートに近付いた。


「何で分かったの?」


その疑問に、レビュートは忌々しげに吐き捨てる。


「っ匂いだ!…こいつからは、ケープラナに入った時から獣の血が漂っていた。それに何種類も、幾千の数も知れねぇ程な!」


思わず紗季は口元を押さえると、レビュートは男の袖をを乱暴に捲った。

腕には、白く輝く装飾品を身に付けている。


紗季はその輝きに、瞬間背筋が凍った。


「…まさか。」


紗季の表情に、レビュートは表情を削ぎ落としていた。


「…ある狼人の骨だ。」


紗季はハッと息を呑む。


「…そんな。」


酷すぎる…。


レビュートは暗い瞳のまま続けた。


「使われたのは、病気になった高齢の狼人だったそうだ。クデルトでは、使えない奴隷は捨てられる。ゴミのように…。」


こいつは…とレビュートは男を床に叩きつける。


「…再利用だとぬかして、死にかけた獣人をわざわざ命を奪い、骨や歯で装飾品を作った。」


人より寿命の長い獣人は、命を大切にする。

高齢者は敬われ、死者は丁重に弔われる。


レビュートは言い終わると、男を力の限り殴った。


人より力のある狼人の拳に、男は声無き声を上げた。


そのまま殴り続けたレビュートに、紗季は一瞬の隙に間に入る。

拳を止めたレビュートは眉を吊り上げた。



「どけ!!こいつを殺す!」


「駄目。」


何か駄目なんだよね。

理由ははっきりしないけど…。


「…何だと!」


「殺したら、貴方も一緒になるでしょ?狼人を殺したこいつの様に。」


はっきり答えた紗季に、レビュートは一瞬怒りを止めた様に見えたが、口元に歪んだ笑みを浮かべた。


「…綺麗ごとぬかしてんじゃねぇよ。」


「は?」


「…てめえに何が分かる!」


レビュートは声を張り上げる。


「…何の不自由もなく生きてきた人間の女に、何が分かるんだ!!

綺麗ごと言って、俺を手懐けようってか?

人間の、まして王なんかに獣人の苦しみや痛みが分かるかよ!

…簡単に言うんじゃねぇよ!」怒りと悲しみを含んだ声が響いた。


紗季は視線を落として、俯く。


そんな紗季に、レビュートは僅かに胸が痛んだが、すぐに頭を振った。

下を向いていた紗季は、しばらくそうしていたが、次第にゆっくり顔を上げる。


自分を睨む狼人に、視線を向けた。


そして、大きく口を開く。


「分かるわけない!!」


思った以上の声量に、レビュートは目を見張り口を閉ざした。


「…分かるわけないでしょ!そうね。私は確かに飢えも渇きも無く、差別も迫害も無く、家族に愛されて育った…。」


紗季の言葉にレビュートは眉を寄せたが、続いた台詞に表情を変える。


「…此処に来るまではね。…私は違う世界から来たの。元の世界で死んでね。…もう、戻れない。戻れないのよ。」


紗季は唇を震わせて、目を赤く染め、それでも続けた。


「獣人だって、初めて見たし、存在を知った。…わけ分かんない。…神から今から貴女は王様です…って、何なの?故郷に帰れない、家族も友人も居ない。…何処に行っても安心出来ない。」


…初めて会ったトレガーは、帰ったら居なくて。

紗季は一筋涙を溢した。


「…貴方みたいに、命がけで心配してくれる弟は居ないの。見知った故郷も二度と行けない。」


だから…


「…だから、この世界で数少ない知り合えた貴方に、殺しなんかして欲しくないと思ったんだ。」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ