崩れ行く大国
主人公は出ません。
大国と呼ばれるようになったケープラナの宰相の執務室では、二人の人物が話をしていた。
一人は、30代初め頃の生真面目そうな男性。
一人は、20代半ば頃の目付きの悪い青年だった。
目付きの悪い青年は、唇を噛み締めて執務室の机にもたれる。
「…やっぱり、俺なんかには駄目なんですよ、モリス様…。」
モリスと呼ばれた男性は、切れ長の理知的な瞳を細めた。
「アルバンド…貴方は今や宰相。良い、駄目など言わず、やれるべき事をやるしか無いのですよ。」
目付きの悪い青年…アルバンドは机を拳で殴った。
「…何故!…何故俺なんですか!? モリス様がいるのだから、モリス様がやれば良いのに!俺には何も出来ない。」
モリスは表情を変えずに、静かに答える。
「…何を?」
アルバンドは、ハッとして顔を上げる。
モリスは手元にある資料を何度も捲っていた。
「…陛下が王となって700年…私も宰相を同じ年月させて頂きました。確かに私は、人より政について知識はある。…だから何です?王がいなければ、私に出来る事はありません…。」
モリスは、窓の外をじっと見つめる。
「だからこそ、国が終わる今、若い考えが必要なのです。出来るから、貴方を選んだのですよ。 新世代の精鋭…武のキリス、文のアルバンドと言われる貴方にね。」
アルバンドはその言葉に目を見張ると、自分が荒らした机の上を黙って片付け出した。
それが終わると、モリスは1枚の地図を取り出す。
「…クデルト国は、王族がやる気を出せば民の3分の1は、受け入れて貰えるでしょう。残りですが…。」
モリスはアルバンドに目を向けた。
アルバンドは、眉を寄せて地図に目を落とす。
「…このまま行けば、自由民ですよね。クデルト国以外は、なんとか行けるのが、小国フラワ国、大国ヨッツア国。…国交が無いので、ほとんど可能性は低いですけど。」
モリスも「ええ」と肯定を返す。
「ええ。例え受け入られても、先の民からの差別、迫害は確実にあるでしょう。…その上、文化や風習の違いでも苦しむ…。」
若き宰相は、大きな息を吐く。
「…まずは、受け入れですよね。…ケープラナはあまり評判が良くないから、無理ですよね?」
「…ケープラナ王族は虚栄心が高く、遊び呆け、官吏は私腹を肥やし、民は賑々しい。…フラワ国は、自然豊かで清廉された国。ヨッツア国は王族がおおらかで優しいが、官吏が厳しい。」
モリスは顎に手を置いた。
「…とにかく、我々官吏はどうでも、民をどうにかしなければいけませんからね。」
アルバンドは頷きかけ、ふとモリスの顔を見た。
「…そういえば、俺達は一年たったら神書の効力が消えて、どうなるんですかね?」
モリスは一瞬息を呑んだが、すぐに口を開いた。
「…まだ寿命を迎えていない官吏なら、それまで生きられるでしょう。寿命を過ぎた官達は、一年後は他国の神書に書かれぬ限り、命を終える事になります。」
淡々と告げられた言葉に、アルバンドは顔色を変えた。
「え…モリス様もですか?!」
モリスは常の表情を崩さず頷く。
「私は、王と同じ年月を生きた者。この国で終えるのがごく自然な事なのです。」
「っそんな…。」
モリスは、人生で初めて政を教えた青年を静かに見つめる。
(共に王を支えたリトニア・トレガーが亡くなり、私が生きているのがおかしかったのだ。叶うなら、アルバンドには何処かの官吏となって欲しいものだ。
…そこらの宰相に引けはとるまい。)
辛そうに俯く年若い弟子を思い、モリスは内心溜め息を吐いたのだった。
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