迷子王
…何やってんだろ、私。
城には遠く及ばずとも、それでも大きな館の地下牢に、紗季は入っていた。
ケープラナは1年を通して過ごしやすい気候の為、寒さで震える事は無いが、牢の鉄の臭いと心細さで気落ちする。
…何でこんな事に。
埃っぽい床を見つめながら、ここまでの経緯を思い出す。
クデルトとケープラナの国境まで着いた時、セラが体調の不調を訴えた。
紗季は近くの宿にセラを置き、ネルビアとレビュートを連れて聞き込みを始めた。
しかし、突然レビュートが何か察知した様に走り出した。
紗季は慌てて追いかけ、その間にネルビアとはぐれてしまったのだ。
更に、レビュートの姿も見失い、気付けば見知らぬ館の庭に出ていた。
そこで館の近衛に見つかり、捕らえられたのである。
近衛に問答無用で牢に入れられたのが先ほど。
そして、今に至る。
…牢に入れられた王様ってありなの?
…うん。
良いよね?
自問自答して、ひとり頷いたが、それを知る者は誰もいない。
…どうしよう?
周りを見ても、遥か上に小さな窓が一つあるのみ。
牢の入口は、三種類の鍵で頑丈に閉められている。
紗季は牢の固い床に座りながら、出る方法を考える。
…はぁ。
ネルビアか、レビュートが見つけてくれれば良いんだけど。
ごめん、セラ。
試しに牢の扉を蹴ったり、殴り叩き続けたが意味は無い。
途方に暮れた紗季が深い溜め息をついた時だった。
紗季の後方から、衣擦れの音が聞こえた。
…?
不思議に思い振り返ると、全身黒いローブの何かが近付いて来る。
「…何?人間?」
好奇心半分、恐怖半分、紗季は声を掛けた。
何かはゆっくりと、紗季の前まで来ると止まりそのローブを少しずらす。
上部のローブをずらすと、何かの口元が露になった。やっと黒いローブが衣服だとわかった。
「…誰?」
紗季の疑問に、相手の口元が弧を描く。
「…人間ではないのう。」
男女、年齢も伺えない不思議な声が響いた。
「…お主、何故ここにおるのじゃ?」
はい?
「…てゆうか、貴方こそいつから此処にいたの?…私は、まぁ不法侵入したから、かな?」
不審そうな紗季に、特に相手は反応せず頷いた。
「…館の主は現在、遠方に出ておるからお主が出られるのは、良くて半年後じゃな。」
…半年後?!
冗談じゃない!
「それって本当?」
相手は笑みを深める。
「会ったばかりの儂の言を、信じるかはお主次第じゃが。」
紗季は少し考えたが、すぐに頷く。
「…分かった。私を騙す意味が分からないしね?」
そう言うと、身体を反転して牢の外側に向いた。
「…誰か来いやー!!こっちは暇じゃないんだから、出しなさーーい!!」
思い切り声を張り上げた紗季に、答える者は勿論居ない。
ローブの者は、口元に笑みを浮かべながら、紗季の側に寄った。
「…お主面白いのう。良ければ手を貸すぞ?」
通常なら怪しむであろう言葉に、紗季は即答していた。
「お願いします!」
あ…でもさ、手を貸すぞって…
「でも、貴方も捕まってるんでしょ?どうするの?」
首を傾げる紗季にローブの者は頷いた。
「なぁに…儂が出られ無かったのは、1人で居ったせいで、術が使えなかったからじゃ。 …それに、魔力と体力も回復したしのう?」
魔力?!
紗季はローブの者をじっと見つめた。
「…貴方、魔族なの?」
「うむ。そうじゃ。」
紗季の驚きとは逆に、ローブの者は淡々と答えた。
マジで?
…だって、魔族って滅多に居ないんじゃ?
「…あと、何で私がいると使えるの?」
「ああ。それはな、魔術は生き物の精力を使う為なのじゃ。…まぁ、お主が嫌だと思えば出来ん。強制は出来んのじゃ。」
精力か…
体力って事かな。
紗季は少しだけ考えた後、口を開く。
「分かった。出られるなら、私の精力?使って。」
どうせ死なないし。
ローブの者は少し黙ったが、ゆっくり頷いた。
「…ふむ。分かった。嫌ならばすぐに言え。」
ローブの者は、紗季の前まで行くと、自身の目深のフードを取る。
それから、一度咳をして声を上げた。
「今より、魔族ローマネは魔術の使用を開始する。」
その声は、低く艶やかで紗季は知らず胸を高鳴らせていた。
しかし、声より心を奪われたのは、相手の顔だった。
濡れた烏の羽よりなお、黒々した髪、切れ長の瞳、通った鼻筋、薄い唇。
少し不健康そうな、青白い肌も気にならない面立ちをしている。
ローマネは、ローブから手を伸ばし、紗季の頬に手を添えたのだった。
.




