キリス・トレガー視点
やっと、彼の心境が明かされます。
王を刺した瞬間、
全てが終わったと確信した。
刺した時の王の見開かれた瞳が俺を映したのは、一生忘れられないだろう。
「…団長!騎士団長!」
元部下の声に、トレガーは直ぐに顔を上げた。
「…もう俺は騎士団長ではない。そう呼ぶな。それより、殿下や王妃方はどうだ?」
呼ばれた元部下は、苦しげに顔を歪める。
「団長…いえトレガー殿。…殿下方はまだ幼い故分かっておられず、王妃様はただ嘆くばかりで何もなさいません。」
そうか…とトレガーは嘆息してしまう。
「俺はクデルトに救済を求めたが、相手にされなかった。当たり前か。 …それを行うのは、本来王の正妃か子息女だ。」
それに俺の身形を見て、愚弄されたとでも思ったか…?
相手方の王に会うことすら、出来なかった。
元部下は、更に顔を俯かせ重い口を開く。
「…世の決まりとして、神書に書かれた者は一年で元に戻る。国民は半年足らずで自由民に……早くしなければ、ケープラナの民は自由民として生きるのは困難でしょう。」
トレガーは目で同意をすると、直ぐに全く楽しく無い会話を続ける。
「官吏達はどうしている?」
「歳重の文官方は、各地で起こり始めた災害の対処を…。若い官吏達は、遠き各国に向かい働きかけています。」
しかし、クデルト以外の国は馬を走らせても一月はかかる。
その上、ケープラナとの交流を持った事は全くと言って良いほど無い。
王族が立ち上がらない限り、協力は難しいだろう。
「…俺も行く。少しでも役に立たねば。」
元部下は静かに目をつむった。
「…はい。皆分かっております。陛下の崩御は、自ら行った故だと…。」
トレガーは黙って頭を振る。
「…きっかけは俺だ。」
ですが…と元部下は顔を歪めて叫んだ。
「ですが、もうケープラナはおかしかった!旧臣下はともかく、若い官吏達は自惚れて自尊心ばかり高く、あのままいけば、遠からず崩壊していた…。」
「…言うな。何を言おうと変わらん。…俺達に出来る事をしよう。」
そのまま、それぞれの馬に乗り込んだ。
道中、トレガーはかの国を思い浮かべていた。
美しきウォーター国。
山に棄てられた己を、細腕で運び命を拾い上げてくれた人。
…本当は、縋ろうかとも思った。
新しく出来た国だ。
彼女は、王はまだ何も分かっていない。
俺が頼めば、了承してくれる可能性が高い。
それに、ケープラナで側近では無かった自分が、王の側近になるなんてなんと魅力的な響きだ。
簡単な書き置きの後に、《また戻る》とつけ足して城を出た。
しかし、城を出た瞬間俺は衝撃を受けた。
豊穣の土地の、何も無い美しさ。
山に囲まれた清らかな国。
俺は知らず、膝を折って拳を握った。
…なんという愚か者だ。
ここには、純朴で逞しい自由民が民となりえるのに…。
賑々しくひ弱なケープラナの民を、住まわせるつもりだったのか…。
…自分の罪を消したい為に?
俺はウォーター城に戻り、最後の文を消す。
城を出て、深く息を吸った。
この国に、俺は居てはいけない。
まして、ケープラナの民などもったいない。
ケープラナの神書に書き加えられて、35年。
俺は、もっと遅く生まれたかった!
ウォーター国で、彼女を手伝いたかった。
ああ…
そうか。
俺はミズハラ サキに、抱いてはいけない想いを持ったのか。
ふ…と苦笑した。
女人を想った事の無い自分が、まさか他国の王に惚れてしまうとは…。
軽く髪を混ぜ、ウォーターの方角をそっと見た。
願わくは、貴方の幸せを。
愛している。
…サキ。
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