目覚めた獣人
「…じゃあ、書くね。」
城内に入り執務室に移動し、紗季は懐の神書を取り出した。
サイラはその動作に固唾を呑んで見守っている。
えっと…
とりあえず、上級役人で良いか。
ページをめくり、部屋にある細筆の筆先を落とした。
上級役人
レビュート。
丁寧に書き終えると、未だ何の感情も示さず立っている青年に目を向けた。
それに倣い、皆レビュートを見つめる。
「…兄貴。」
サイラがそう言った時、レビュートの瞳に光が宿った。
青年はゆっくり瞬きを繰り返し、周りを見渡す。
動いた視線は、ある一点で止められた。
「…サイラ?」
「兄貴!」
レビュートから発せられた静かな声に、サイラは涙ぐみながら駆け寄る。
「…良かった、兄貴!気付いたんだな?…覚えてる?」
心配と喜びを交えたサイラの言葉に、レビュートは眉を寄せて動きを止めた。
「俺は…。」
そこまで言い、自分の額を抑えた。
「…ああ。全部、覚えている。俺は、捕まった仲間を逃がしている時、奴隷として…捕らえられた。」
レビュートは忌々しげに舌打ちをした。
「…心配かけたな。」
労るように紡がれた言葉に、サイラは直ぐに首を振る。
そんなサイラにレビュートは小さく笑みを向け頷き、自分を見ている紗季に顔を上げた。
「…助けて貰った事、礼を言う。」
「あ、ううん。元に戻って良かったね!」
なんか兄弟愛に感動してて、反応しそびれた…。
嬉しそうにニコッと笑う紗季に、レビュートは一瞬目を細めた。
「礼を言うが…。」
ん?
「が…?」
語尾を繰り返しキョトンとした紗季を、レビュートはまっすぐに見据えた。
「俺は、人間の女などに仕える官吏になる気はない。」
レビュートの台詞に、セラは息を呑み、ネルビアは片眉を上げたが、紗季は表情を変えずに少しの間を置き、口を開いた。
「…分かった。」
悪いけど、全く構いません。
紗季の反応に、レビュートの方が驚きの表情を浮かべる。
「良いのか?」
紗季は全く態度を変えず、あっさり頷く。
「だって別に、貴方を臣下にしたいから、神書を使ったわけじゃないし。」
…身体を戻す為だったからね。
「だから、クデルトに戻ってくれて構わない。勿論、名前は消さないよ?」
至極普通な紗季に、レビュートは戸惑い瞳を揺らした。
それを黙って見ていたサイラが、何かを決意した表情で紗季の前に立った。
「…じゃあさ。俺を官吏にしてくれないか?」
「サイラ?」
レビュートは驚いた様に弟の横顔を見つめた。
サイラは笑みを浮かべてレビュートを振り返る。
「…兄貴、サキは言ったんだ。獣人は奴隷じゃない。…クデルトの馬鹿王に、真っ正面から言った人間初めて見た。
サキの作る国を見てみたい。俺はそれを手伝いたいんだ。」
駄目かな?
そう言って、獣人の少年は紗季を緊張気味に見つめる。
…本気ですかい?
「…いや、不老不死になっちゃうよ?上級役人以上だと…。」
あっ、てか上級役人にしなくても良いのか。
紗季の言葉に、サイラは至極真剣にすぐに答えた。
「そんなのサキもだろ?そうじゃなけりゃ、一緒にいられない。」
サイラは思ったままでサラリと答えた。
うーん。
紗季が返事に困っていると、その様子を見ていたレビュートが近付いて来た。
「…分かった。サイラがそこまで言うんだ。少しお前の側で、官吏の事を考えよう。」
…サイラが言うからかい!
それに対して紗季が口を開きかけた時、ネルビアが紗季を背に立ち氷の様な微笑を浮かべた。
「…じゃあ帰れば?」
毒を含んだ声音に、その場は静まり返るのだった。
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