夢を見た6日目
夜に空を飛ぶのは危険と判断し、この日はクデルトの宿に泊まることにした。
部屋は、二人部屋で紗季・セラ、ネルビア・サイラ・サイラの兄に分かれた。
簡素なベッドに潜り込んだ紗季は、疲れていた為かすぐに眠りに就いたのである。
その明け方頃、紗季は妙にリアルな夢を見た。
夢の中では泊まっている宿の部屋、紗季は近くを飛ぶ白いもやに声を掛けている。
「…だれ?」
それは、次第に輪郭を現し人に変わった。
男の人だ…。
紗季はぼんやり相手を見つめた。
切れ長の瞳に、少し気だるげな雰囲気を漂わせた人物だった。
男は紗季の呼び掛けに気付き、近くの床に胡座をかいて座った。
「…ふぅ。」
相手の小さく出された息に、紗季は顔を上げた。
「もしかして、お疲れ?」
紗季の問い掛けに、いや…と男は首を振る。
「…もう死んでるしな。」
…って事は。
「…霊みたいな物?」
不思議そうな紗季に、男はどっちでも良いと言うようにのんびり頷いた。
「あー。まぁ…ちょっと数日前殺されてな?…今霊体から、生まれ変わる準備中だ。」
いや、ちょっとって話しじゃないけど!
口元を引き吊らせた紗季に、男は無言でぼうっと窓を眺める。
「…100年。」
ふいに出た男の言葉に、何かを感じて紗季は聞きいった。
「…100年はがむしゃらに頑張った。そしたら、何もしなくても国は回りだした。
…その後は好きに生きた。臣下に政を全て任せて、美しい妃を集め、色とりどりの財宝に目を向け、娘や息子を甘やかした。それでも、国は強大になり、臣下からは褒めそやされた。国民に祭り上げられた。」
淡々と紡がれる言葉には、何の感情も窺えない。
男は一度口を閉ざし、目を伏せた。
「…そして、見向きもしなかった臣下に身体を貫かれた。
そこで分かった。
自分は間違っていた。
そうだろ?俺を刺した臣下は泣いていた。そこまで俺は臣下を、民を、国を追いつめていた。」
そこで自嘲した様に笑った。
「だから俺は、神に頼んだ。もう人生を終えると。…王(自分)は不老不死だから、神に頼むしか死ねないからな。」
あ…そうか。
紗季はそれに深く頷いた。
殺された…って言葉、なんか違和感あったんだよね。
だって、王はどうしても死ねないから。
紗季は男に目を向けた。
「…後悔してる?」
「いや…今さらした所で遅いさ…。」
男は苦笑した。
笑みを浮かべた事で、やっと男に人間味が生まれる。
しかしすぐにその笑みを引き、また話し続けた。
「…だが、臣下や妃達は良いが、民には申し訳ない。」
民?
「…王を失った国民は、他国に民として受け入れてもらうか、自由民になるしかない…。」
紗季は「ええ。」と短く相槌を打った。
「…だが、近くにはクデルト国しかない。民の数が多く、全員受け入れは難しいだろう。
…自由民は…無理だな。大国で育った民には、無駄に自尊心が高く、集団意識に乏しい。元々の自由民の爪弾きになる…。」
独白の様な男の言葉に、紗季はようやく理解した。
この男は、
ケープラナ国の王だと。
紗季が何かを言おうとした時、景色に靄がかかり出した。
男は周りを見渡すと、紗季の瞳を見つめる。
「…時間か。礼を言う。つまらない話しを聞いてくれて…。」
小さく微笑んだ男に、若い外見には無い老成した何かを感じた。
ケープラナは700年の大国。
紗季は今にも消えそうな景色に向かい叫んだ。
「…700年お疲れ様でした!貴方の民はそんなに弱くないはず!…信じて!ゆっくり休んで下さい!」
靄の中で、男は目を丸くして瞳を細め、紗季に静かに頭を下げた。
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