クデルト王
「…そこの馬鹿、その汚い頭をどけな。」
キレた紗季は、サイラを押さえつける男に向いた。
男は一瞬固まるが、すぐに眉を吊り上げる。
「何だと小娘、生意気を…!」
しかし、紗季は全く表情を変える事はせず、男を見据えていた。
「聞こえる?どけろ、と言ったけど。」
紗季の静かな怒りに、男は知らず背に汗を滲ませサイラから離れた。
「…おい、何言うこときいてんだよ!」
「いや、何か妙に迫力あんだよ?」
男が離れると、すぐにサイラの傍らに近寄った。
「…大丈夫?」
サイラはそんな紗季をまじまじと見つめ、すぐにハッとし身体を起こした。
「…兄貴!」
あ…そうだ。
サイラの言葉に、紗季は顔を上げた。
「…そこの夫人の連れた獣人、見せてくれる?」
紗季の無意識に放つ威厳に、周囲は口を挟まず見守っている。
夫人は身体を震わせながら、連れた獣人を連れ出した。
サイラは繋げてある鎖を爪で切り離すと、獣人の顔を覗いた。
「…っ兄貴!俺だよ、サイラだ!何で、人間の奴隷なんか!」
しかし、サイラの声に相手は全く反応を示さない。
「兄…貴?」
兄の感情の無い表情を見て、サイラは夫人を鋭く睨み上げた。
「兄貴に何をした!人間!!」
紗季も隣で、じっと視線を送る。
夫人は恐怖と緊張でか、口をまごつかせているだけである。
その時、その場に不似合いな声が響いた。
「…奴隷って薬を飲ませて、喋れなくしたり、感情をなくしたりするんだよね!僕も奴隷持ってるから、知ってるよ。ねぇ、爺や?」
そう言ったのは、会場でわがままを言って騒いでいた少年だった。
少年の言葉に、紳士はゆっくり頷いた。
「はい。…薬、というよりは、魔族の呪いを込めた液体を身体に入れる事で、身体の機能が老いる事ですね。」
淡々とつけ足す紳士に、紗季は眉を寄せた。
「…直す方法は?」
「無いよねー?」
「…難しいです。」
二人の答えに、サイラは愕然とした。
紗季は更に眉間の皺を濃くする。
「…難しいとは?」
紳士はそれに小さく頷き口を開く。
「…呪いを解くには魔族の力が必要ですが、魔族は滅多に人前に現れません。しかし、他の方法というのは…もしかしたら、王ならば…。」
王…!?
「それって?」
紗季は真剣に聞いていた為、新たな人物の出現に気付かなかった。
その者は、紗季を後ろから抱き寄せ、耳元に唇を近付けた。
「…俺が助けてやろうか?」
サイラは素早くその者を引き離し、紗季を自分の背に隠した。
「サキに触るな!」
おお!名前で呼ばれた!
内心感動しつつ、相手を観察する。
相手はサイラを見てから、興味深そうに紗季に目を向けた。
「上手く躾てるな?お前の奴隷か?」
…偉そうな言い方だな。
相手の高圧的な物言いに、紗季はサイラを制して前に出た。
「サイラは、いや、獣人は奴隷じゃない。」
堂々と言い放った言葉に、近くに居た奴隷達は一様に顔を上げた。
相手は面白いと言う様に、にやりと笑った。
「面白い女だな。だが、お前にはそこの獣人を助ける事は出来ないが、俺にはできるが?」
相手のその言葉に、サイラは顔を歪めて兄を見た。
「…本当か?!なら、頼む!俺はどうなっても良い!兄貴を戻してくれ…。」
サイラの叫びには目を向けず、相手は紗季を見据える。
「さて、どうする?」
いや、私じゃなくてサイラに言えよ。
てゆうかさぁ…
「…自分にできるって、あんた王なの?」
相手は意味ありげに笑みを浮かべた。
「いかにも。」
まじかい!?
こんなのが…。
「…じゃあ、聞くけど。どうやって助けるって言うの?」
鋭い眼差しを向けると、クデルト国王はゆったりと懐から厚い本を取り出した。
「…これに、その者の名を書けば良い。不老不死となれば、老いが無くなり機能が戻る。」
なるほど。
紗季が納得して頷くが、サイラは焦って王に詰め寄った。
「…書いてくれるのか?!」
いや…と王はサイラを見下した様に見下ろし、紗季に流し目を送った。
「…お前が俺の妃になれば考えてやろう。」
はい?
「…何て?」
思わず固まる紗季に、王は優雅な足取りで紗季に近付く。
「俺は定まった正妃はおらん。だが、今日お前を見て…容姿、雰囲気、気性、と全て好ましく思った。」
艶を帯びた視線に、紗季はなんとも言えない気持ちを感じた。
それまで見ていたサイラだったが、紗季の前に立つと、そのまま王をまっすぐ睨み付けた。
「お前なんかに、サキはやらねぇよ!」
サイラ、ありがとう!
例え、食料としてでも嬉しい!
王は僅かでも余裕を崩さず、サイラに目を向ける。
「…兄があのままでも良いのか?」
その言葉にサイラの肩が揺れたのに紗季は気付き、眉を寄せる。
う…食料〈 兄だよね。
結局は…。
サイラは一瞬眉を寄せたが、後ろの紗季を振り返り、また顔を戻した。
「…兄貴は死ぬほど助けたい!…だけど、俺はそれと同じくらいに…サキも大事みたいだ。」
サイラ…!
紗季は瞳を潤ませて微笑み、サイラの前に出 ると、相手にはっきりと告げた。
「私は、貴方の妃にならない。」
「…良いのか?兄の事は。」
勿論良くないけど、私には大丈夫な理由があるのさ。
紗季はそれは口にせず、王を見つめた。
「…私はこの国の生業が大嫌い、絶対嫌。でも、80年国を保った貴方を否定はしない。それでも、そのせいで傷付いた人が数多くいる事に、関心を持って欲しいと思う。」
そうか…と王は呟き、顔を上げて周囲を見渡した。
「今宵の売買はこれにて終わりとする!皆、直ちに解散いたせ。」
その声に、すぐに周囲は慌てて散り散りに動き始める。
夫人もさっさと獣人を置いて行った。
王は、その光景に呆気に取られた紗季の髪を一房掬い、口付けた。
「…今宵は帰ろう。サキ…だったな。お前の気が変わるのを待つ。俺の名前は、クデルト・レプシェーク。いずれまた会おう。」
そう言うと、衣服の外套を翻して去って行ったのだった。
先ほどの少年と紳士が、その後を黙ってついて行っていた。
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