森の中で
「俺はネルビア。狐人族の雄だよ~!君はぁ?」
紗季は酷い傷を手当てされ、やっと座れていた。
しかし、側にはピタリと顔の知らない青年が寄り添っている。
こじん族…狐かな?
紗季はくっつかれているのは放って、顔の方向へ向いた。
「…私は紗季。ウォーター国の人間だよ。」
ふぅん…とネルビアは頷いた。
それよりも、紗季には急ぐ理由があるのだ。
「私、早く行きたいんだけど?」
早くセラを助けに行かなければ。
ネルビアは、それに頷く気配を見せた。
「うん。でも、売買はいつも夜に行われるんだよねぇ。だから、もう少し待ってて~?
そしたら、連れて行ってあげる。」
夜か…。
紗季には、暗い森の中で時間の感覚が掴めない為、ネルビアに任せるしか無かった。
「…ありがと。」
自然に出た言葉に、ネルビアは首を傾げた。
「何で?」
…は?いやいや!
「だって、わざわざ連れて行ってくれるんでしょ?」
それでもネルビアは、複雑そうな声音で返す。
「だって俺、サキちゃんを食べようとしたよ~?…嫌ったり、怖がるのが普通じゃない?」
あーそれか。
「何?嫌われたいの?」
紗季がそう言うと、ネルビアは黙って少し考え込んだ。
そして頭を掻いて紗季を見つめる。
「…ん~?良く分からないかも? …俺は、サキちゃん好きだよ?」
…あっあれっスか。
紗季は口元が引き吊った。
「食料として?」
半笑いの紗季に、ネルビアはキョトンとした。
「…半分くらい?」
何が半分?!
ネルビアに頬を口付けられながら、私食料かよ…と息を吐いた。
まぁ、違う種族だし。
仕方ないか…。
顔の知らないネルビアを想像するには、声しか判断出来ない。
声は艶のある低めの声で、20代ほどに感じる。
手や顔に口付けられる時犬歯があたる為、肉食の狐族というのは納得出来た。
する事も無い為、辺りを見渡していると、森の奥で何かが光るのが見えた。
それが段々と紗季に近付いて来る。
「あれ?ネルビアさん、旨そうな人間っスね!」
ネルビアより若そうな声色に、紗季は聞き耳を立てた。
「…サイラ。珍しいなぁ?いつもは寝てるのに。」
軽く話すネルビアに、サイラは人懐こく近付いた。
「だって最近うるさいんですもん!ケープラナが崩壊し始めて、どんどん難民が流れてるっしょ?なんだか森も落ち着かなくて…。」
そう言うと欠伸をして、近くの木に寄りかかって紗季をちらと見た。
「…今回はお裾分けありっスか?」
細めた瞳孔に、紗季は身を引いた。
うわ…こいつも肉食かい?!
ネルビアはニンマリ笑って紗季を腕に抱いた。
「な・し。触ったら殺す。」
軽い口調だが、その中の本気を感じたのか、サイラは目を見開いた。
「…へぇ。そんなに旨いんスね。」
探るように眺めるサイラに紗季は気付かなかったが、ネルビアは不快そうに眉を寄せた。
「…見るのも禁止。てか見るな。」
瞳の細まるネルビアに、サイラは慌てて距離を取った。
「うわ、分かりましたから!爪と牙しまって下さいよ!その人間に絶対触りませんから!」
サイラの言葉にネルビアは微笑んだ。
「…分かれば良いよ?あ…そろそろ日が沈むかな?」
サイラはじっと空を見た。
「…はい。俺、売買行って来ますね?」
「…ん?何で、珍しいじゃん。」
売買、という言葉に紗季も目を向けた。
サイラは、はいと頷く。
「…俺の行方知らずの兄貴が、今回売買の会場で見掛けたと、仲間が話していて…。」
そう…とネルビアは返した。
決意を込めたサイラに、紗季は思わず声を掛けていたのだった。
「一緒に行く?」
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