アヤシの森
怪しの森…。
クデルト国の東にあり、朝晩問わず木々が陽の光を遮り、暗黒の暗闇が支配する場所である。
踏み入れた者は二度と戻らず、森に住まう獰猛な獣達に、骨1つ残らず食らい尽くされるのだ。
紗季は、怪しの森に置き捨てられ、ぼうっと辺りを見ていた。
はぁ…マジで身体痛い!
あの不細工最悪!
不老不死なのに、痛みはあるのか…。
心の中で悪態をつきつつも、セラを思い出すと視界が霞んだ。
…ごめんね。
動けるようになったら、助ける!
探しに行くから!
『…もう一度、キリス様に会いたいの。」
そう言ったセラを思い出した。
絶対会わせるから待ってて…。
なんとか寝返りを打ち、痛みに顔をしかめながら、上を見上げた。
見事に生い茂る木しか見えない。
…まだ、昼間のはずなのに…。
どうにも出来ない身体に苛立ち、ため息を吐いた。
仕方なく目を閉じると、軽い睡魔が襲いそれに身を委ねる。
次に気付いた時には、頬に何か温かい物が触れるのに気付いた。
濡れたそれに、紗季は眉を寄せた。
…もしかして、舌?
普通の人間なら焦るだろうが、紗季は落ち着き相手の出方を伺う。
…何か、獣の舌にしては小さい気がするんだよね?
「…私なんか美味しくないよー。」
棒読みで囁くと、相手は気付いて動きを止めた。
暗闇で全く姿は分からないが、相手は紗季の首元を舐めてから顔を上げたようだ。
「ん?いや、俺は人間の女の子が一番好みなんだ~。大丈夫。痛いのは一瞬だからさ。」
紗季にとっては、一度死んだ身。
死ぬ事自体は恐怖じゃなかった。
しかし、今は死ねない。
「…私のやりたい事が終わったら、食べられても良いよ。」
紗季の真剣な口調に、相手は不思議そうに紗季を見つめた。
「…やりたい事?」
(変わった人間だな?いつもなら、悲鳴をあげたり、恐怖で気絶が普通なのに…。)
紗季は静かに頷いた。
「私を手伝ってくれた鳥人を助けたいの。そして、その子の親代わりの人も、探して連れて帰る。」
「…助けるねぇ?」
相手はゆっくりと言う。
そして、紗季の手を取り舌を這わした。
「…事情は知らないけど、人間が鳥人を助ける…ねぇ?よほど大事な奴隷だったんだ?連れて帰るって息巻くんだから、役立ったんだね~。」
殊更のんびり話す相手に、紗季は眉を寄せた。
…ちげぇし!
てか、悠長に話してる余裕無いんですけど!
「…貴方、獣人が売られる場所知ってる?」
紗季の言葉に、相手はじっと紗季を見つめた。
「…知ってたら?」
初めて相手が紗季に興味を示したのを感じ、紗季は暗闇で見えない相手を見上げた。
「…知らないなら今すぐ離れて。知ってたら教えて!サラを助けに行く!」
紗季の心からの声に、相手の雰囲気がサッと変わった。
「… 冗談…。」
相手の瞳が肉食獣の様な光りを宿す。
「…嘘つき。そんな身体で誰かを助けたいなんて絶対無理だよね~?出来ない。絶対無理。奴隷を助けたい…って言うのも嘘だね?自分が死にたくないだけ。」
痛いほど握られる腕に、紗季は顔をしかめながら眉を吊り上げた。
うっさい奴だな!
…会ったばかりの相手に何がわかるってんだよ?
「嘘じゃない。私は死んでも良い。…本当は死にたくないけど、てか死にたくはないよね普通。
…あ。じゃなくて、
セラは奴隷じゃない。」
大きくも小さくも無い声に、相手は更に瞳を鋭くした。
「…嘘だね。」
「嘘じゃない。」
てか、しつこい。
睨まれてるかな?
よく分からないけど。
「…嘘だ。」
「しつこい。本当。」
「っ嘘だ!」
相手は初めて声を荒げた。
その自分自身の声に、相手は微かに動揺して慌てて口調を戻した。
「…人間は皆そう。所詮は獣人を、人並みの扱いはしないでしょう?
…いい加減言ったら許すよぉ?奴隷を助けてやる為だ、って?」
言葉の奥底にある、寂しげな響きに気が付き、紗季は思わず相手の背中に腕を回した。
そして、見えない顔に視線を向ける。
「奴隷じゃない。
貴方は奴隷じゃない。
人間も獣人も、どちらも支配者じゃない。
だから貴方が、人を恐れる必要も無い。」
相手の身体が僅かに震えた。
それから、戸惑う様に紗季の首筋に顔を埋めていた。
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