神書を使います
上級役人以上は、不老不死になれる…。
その神の言葉を思い返した。
涙を流す青年をそっと見上げると、紗季はゆっくり青年から離れる。
青年はそれに対し、何を思ったか顔を下げた。
「…ありがとうございます。最後に会えたのが貴女で良かった。」
その儚げな表情に、紗季は少し胸が痛んだ。
やっぱり…
勝手に不老不死は不味いかな?
でも…うん。
残された時間を思い、勢い良く本を開いた。
「…ちょっと待ってて!」
紗季の真剣な表情に、青年は思わず押し黙り頷いた。
初めのページを開くと、紗季は固まった。
ヤバい!
そういえば、書くものが無かった!
焦って身体中探っていると、なんとか一本折れかけの鉛筆を見つけた。
…急がないと。
青年が明日亡くなるなら、時間は残りわずか。
既に空は夕日が差し掛かっている。
あ…何かお腹空いたかも…じゃないじゃない!
切れそうな集中をなんとか繋ぎ、息を吐いた。
初めのページには、《国名》《王名・性別・年齢》とあった。
いや、今はどうでも良いし!
しかし、他のページを開けようとしても開かなかった為、仕方なく素早く枠を埋めた。
《国名 ウォーター国》
《王名 水原 紗季》
《性別 女》
《年齢 17歳》
書き終えると、次のページが開けられた。
…次は?
《法・義務・官職・身分……》
うっわ…書くもの多すぎ…。
紗季がげんなりしながらページを捲ると、ある文字に気付いた。
《上級官吏名簿・中級官吏名簿・下級官吏名簿…》
…ん?これか!?
見つけた真っ白の場所に、筆先を下ろした。
そして、不思議そうな青年に目を向けた。
「貴方の名前は?」
「え?…あ、ルピアですが…。」
ルピア…と口中で呟き、丁寧に書き付ける。
《…上級役人 ルピア…》
その瞬間、紗季の瞳が金色に光ったが紗季は勿論知らず、ルピアを見た。
「…どう?」
これで良いのかな?
ルピアは、何故か呆然と立ち竦んでいた。
それに紗季は首を傾げる。
「…どうしたの?」
ルピアは心底戸惑いながら、やっと声を絞り出した。
「……私達魚人族は、自らの寿命を知る事が出来ます。…確かに私は、明日でした。…でも、
でも、今は違います。……生命力が溢れて…いる。なぜ…?」
なぜ…と繰り返すルピアに、紗季はあっさりと告げた。
「それはね。貴方がウォーター国の、上級役人になったからだよ。」
え?と声を上げてから、ルピアは次第に目を見開いた。
「では、今のは神書…ですか?」
あれ?良く知ってるじゃん。
「うん。」
軽く頷いた紗季に、ルピアは顔を青くした。
「では、貴女は王なのですね。…失礼を致しました!」
慌てるルピアに紗季は首を振った。
「いや、私のが謝るべき。てかさ…嫌じゃない?突然国の役人の上、不老不死だし。」
「いえ…あの…。」
ルピアは少し口ごもるが、すぐに笑みを浮かべた。
「…明日亡くなるなる命、拾い上げたのは貴女様です。これも天の導きかと…。」
…いや、天(神)はあんなんだけどね…。
紗季は神の姿が脳裏に過りつつ、背筋を伸ばしてルピアを見た。
「…では、今から貴方ルピアは、ウォーター国の上級役人よ?たぶん、嫌なら辞めるのは今だけど…。」
書いた物を消せるのも、王の自由である。
ルピアは時間を気にせず、たっぷり考え込んだ。
「いえ。貴女様に抱き締めて頂いた時から、何か貴女様から感じておりました。…ですから、私自身から仕えさせて頂きたい。」
「…分かった。」
思わず込み上げてくるものをこらえ、紗季は短く頷いていた。
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