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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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32 香り立つ紫の丘で(上)

 立て続けに起こった想定外の事態によって構成メンバーが増えることとなったマギルマだが、それを指揮するフレッシュマンは必ずしも喜ばしくそれを迎えているわけではなかった。何しろ、防衛騎士団と市民革命団が結果として消滅してしまったのだ。西部マフィアも明確にオドレイヤの手駒として行動を開始した以上、形ばかりであったとしても、反オドレイヤ勢力が減少してしまうのは痛い。

 だが、もともとは自分一人でもオドレイヤと雌雄を決する覚悟であったのだ。

 残念がることはあっても、悲観に悩む彼ではない。


「ふふん、今こそ打倒オドレイヤで一致団結する時かもしれないね」


 これに追従するのは、マギルマの参謀である老齢のブリーダルだ。


「アヴェルレスを平和のもとへ解放するには都合のいい展開でしょうな。いくつもの組織が存在したままでは、オドレイヤを倒した後に混乱が発生していた可能性が高い。つまらない紛争を防ぐためには、戦争の構図が単純であればあるほどやりやすいものです」


「まさしくその通りだ」


 うなずいたフレッシュマンは愉快気に笑い、執事の役目も務めるブリーダルが机の上に置いたティーカップを手に取って口へ運ぶ。のどを潤すパープルティーの独特な香りを味わってから、適度に満足した彼は立ち上がった。


「それで、ナツミが今どこにいるかわからないかな?」


「なんでも妹分のところへ行くとか」


「なるほどね、カズハのところか……」


 空になったティーカップをフレッシュマンから受け取りながら、ブリーダルは微笑を浮かべる。


「我々も準備ができ次第、あちらへ向かいましょう。待たせすぎると士気が下がりかねません」


「特別急襲部隊……。うまくいくといいが」


 彼が口にした特別急襲部隊とは、ある特別な作戦のためにフレッシュマンが結成したマギルマの一部隊である。もちろん隊長はフレッシュマンだ。

 その特別急襲部隊の集合場所では、すでにメンバーのほとんどが顔を合わせていた。

 まずはマギルマに雇われた用心棒のスウォラだ。


「しかし、まさか本当に治癒魔法とは……」


 彼は自分の両腕を眺めながら嘆息する。オビリアとの戦闘で負傷したはずの腕が治癒魔法によって無事な状態に回復したのだ。

 もちろんその治癒魔法をかけたのはアレスタである。


「使っておいて言うことではありませんが、実は俺にも本物の治癒魔法かどうかは判断がつかないんです。魔法のことに詳しそうなスウォラさんには何かわかりませんか?」


「いや、どうかな……。私にも君の魔力の正体がつかめないのだ」


「そうですか……」


「しかし、決して悪いものではない。実際に私の傷は治ったのだし、魔力の流れに悪しき後遺症もなさそうだ。効果としては治癒魔法そのものと言ってよいだろう」


 言われたアレスタはもちろん、これをそばで聞いていたイリアスとニックの二人もほっとした様子で安心する。治癒魔法だと思っていたものが実は別の魔法であったら大変なことであった。


「なるほど、治癒魔法だったのね」


 そう言って近づいてくるのはナツミだ。

 おそらく彼女なりの事情があったとはいえ、結果として裏切られた経験のあるアレスタは警戒を強める。

 こればかりは彼女と家族のように暮らしてきたカズハもそうだ。


「なんだ、またやるつもりか!」


 フーッと言って威嚇する猫のように身構えている。

 慌ててアレスタとイリアスが彼女を左右から挟みこんで、ナツミに飛び掛からないよう落ち着かせる。こんなところで喧嘩されても、収拾がつかなくなっては作戦どころではない。


「安心してちょうだい。あたなが余計なことをしなければ、もう私からあなたを不意打ちすることもないわ」


 どこまで本気かわからないものの、一応はそう約束する彼女。

 それに、と言って、カズハに向かってこうも付け加える。


「治癒魔法の使い手がいるんじゃ、何度やってもあんたは歯向かってくるでしょうし」


「そうだそうだ、だからアタシのほうが強いんだぞ!」


「ちょっと待ってよカズハ、俺の治癒魔法に頼ること前提で立ち向かわないで!」


 そんな風に、なかなか同じチームとは思えないほど騒いでいた彼らだったが、そこへ場違いに落ち着いた雰囲気の男がやってきた。


「元気なのはいいが、戦いの前に疲れては意味がない。ほら、パープルティーでも飲むかい?」


 隊長として即席チームに参加するフレッシュマンである。自分がいない間の留守を任せるのか、参謀であるブリーダルの姿はない。

 きつい香りのするパープルティーのおいしくない味を思い出したのか、見るからに「そんなのいらない」と言いたげなニックは顔をしかめた。その隣で同じような顔をしたのは、アホで有名なキルニアである。出来損ない扱いされがちな二人は気が合ったらしく、作戦前の交友を温めていたのだ。

 仮にも元騎士とマフィアでは仲良くするのもおかしな気がするけれど、それはそれとして放っておくことにしたアレスタだ。関わると面倒ごとに発展しかねない。


「ふふん、誰もいらないようなら出発しようか。カズハ、それで例のものは?」


「ああ、ここに持ってる」


 そう答えて、カズハはそれを胸元から取り出した。

 地獄鳥の羽根飾りである。それはカズハの手の中で、ひらひらと揺れていた。

 目を丸くしたスウォラがそれを見てうなずく。


「やはり。それは私にも見つけられない特殊な魔力の流れを感じて揺れている。しかもこれが不思議なことに、彼女の手に握られているときだけだ。彼女の魔力が伝わることで羽根飾りの毛先を広げさせて、街に流れる魔力の流れを読むことを可能にしているのだろう」


「アタシの魔力……」


「そうだ。私にも察知できなかった身を隠す強力な魔法が使えることもある……。君は意外と、ただ者ではないのかもしれないな」


「へへ……」


 スウォラに褒められたカズハは嬉しそうに笑っている。そうしていると無邪気な年頃の少女そのもので大変かわいらしい。

 そこへ機嫌のよさそうなフレッシュマンも加わった。


「とにかくカズハのおかげで我々はオドレイヤの秘密に接近することができるかもしれないんだ。彼女には感謝してもしきれないな。さすが私の妹だ」


 すかさずナツミが横から口を挟む。


「あまり調子のいいことを言わないで。どうせ図に乗って失敗するに決まっているんだから」


「なにをー!」


「待って待って、ちょっと落ち着いて!」


 またも飛び掛かりそうになったカズハを、またしてもアレスタとイリアスがなだめる。

 そんな彼らを眺めながら、ため息を漏らしたい気分でフレッシュマンは鼻を鳴らす。


「ふふん。……ともかく、カズハが手にした羽根飾りを案内板にして、隠された敵の魔力的な拠点を目指す。そのために集まってもらったわけだ」


 それこそが特別急襲部隊の作戦である。

 オドレイヤの強力な魔力の源となっているであろう、アヴェルレスに存在する特殊な魔力の流れ。その根幹となる施設なり魔術的装置なりを発見して、オドレイヤの弱体化を図る目的である。

 まずは場所を特定する。可能なら一気に破壊する。それだけのことができるメンバーを集めたのだし、それ以上の余計な人間は邪魔になりかねない。目的地はほぼ確実に敵の勢力圏の内側にあるため、時間や人数に制限の多いカズハの魔法では、失敗したときのリスクが高いため使いにくい。

 そのために、今回は別の魔法に頼る予定となっている。

 とはいえ、行動は迅速かつ、なるべく隠密に行いたいのも事実だ。少なくとも目標を発見するまでは敵に感づかれたくない。


「それで……本当に君も来るのかね?」


 不意にフレッシュマンに問われたのは、マフィアと協力するのを拒絶していたナルブレイドである。


「人が大勢死んだんだ。今は口先ばかりの理想論より、意味のある現実論を選ぶ」


 それは一種の理想に対する妥協でもあったが、協力するしかないと決めた彼は己の選択を恥じなかった。

 確かに現時点において、マギルマはブラッドヴァンより何倍もマシだ。ならそのマシさを、自分が内側に入って少しでも維持するしかない。


「理想に生きる若者をこうも変えてしまうのだから、やはり人が死ぬことは悲しいものだね。ただ、今は新しい未来のために、その変化をありがたいものとして受け取っておくよ」


「口で言うほどには期待されていないことも知っているが、それはこちらの努力次第でいくらでも見返せるわけだな」


「いくらでもそうしてくれたまえ」


 これには言葉通りに彼への期待を上乗せしておいて、意気込む若者ナルブレイドのもとを後にしたフレッシュマンは皆の先頭に立つ。

 場所はマギルマの数ある拠点の一つにほど近い広場。その大きな空間を前にして、フレッシュマンは魔導書を手に呪文を唱え始めた。


「エンゲニュイア・ルルェイジェ・フライバニ!」


 統一言語が誕生する以前の古代語で唱えられた呪文に反応して、彼の持つ魔導書が光を放つ。ある一枚のページが足元まで破れ落ちると巨大な絨毯のように広がって、並び立つ彼らの前でふわふわと浮いていた。


「さぁ、全員乗ってくれたまえ。いくら監視の目があっても、空からなら敵の死角をつけるだろう」


 これはページの一枚を切り取って、即席の空飛ぶ乗り物に変化させる魔法である。古びた魔導書なので飛行時間にも制限はあったが、持続的に空を飛べる魔法使いはアヴェルレスに限らず世界的にも極端に数が少ないため、敵地への急襲にはもってこいの魔法であった。

 アレスタ、イリアス、ニックといういつもの三人に、カズハとフレッシュマンとナツミの三名。そしてアホウのキルニアと魔術拳に秀でた用心棒のスウォラと、最後は元防衛騎士団員のナルブレイド。

 合計九名の特別急襲部隊は空飛ぶページに乗って、羽根飾りが示すままアヴェルレスの北を目指した。オドレイヤの根城とする、ブラッドヴァンの勢力圏へと。







 地上から簡単には見えぬよう、可能な限り高度を高くして空を飛ぶ一行は、やがて北部の外れにある寂れた一帯にまでやってきた。


「まさか、あれか……?」


 その視線の先にあったのは魔術的な要塞でもなければ、にわかには足を踏み入れがたい複雑に入り組んだ地形でもなかった。

 そこは一面に広がった巨大な紫茶の栽培畑。

 なだらかなパープルティー・ヒルである。


「こんなところにあるようには見えないけれど」


 ぼそりとアレスタがつぶやいたように、事情を知らなければ牧歌的風景にしか見えない。周囲には簡素な柵が張り巡らされている程度で、いるのは監視もかねて農作業をしているブラッドヴァンの構成員ばかりである。

 だから拍子抜けした彼らであったが、その油断があだになった。


「な、結界か! 不可視の衝撃を受けた、墜落する! 全員備えろ!」


 紫の丘に上空から降り立とうと近づいた際、その侵入を拒むように彼らを大きな衝撃が襲ったのである。それはパープルティー・ヒルを取り囲むように張られていた魔術的結界であった。

 彼ら九人の乗ったページがぼろぼろと崩れていく。

 急降下も間に合わず、落下の途中でばらばらになったものの、何とか全員が破れた紙片にしがみついて安全な着地に成功した。どこまでを安全に含めるかは人によって論が分かれるであろうけれど、命さえ無事ならアレスタの治癒魔法が強引に安全を引き寄せる。

 地上に降り立った彼らは襲撃を警戒して、やや散り散りに展開した。防御手段に優れている場合を除き、魔法が相手の場合は一か所に固まらないほうがいい。

 周囲の四方には、腰ほどの高さに育った紫茶の木が何重もの列になって丘に植えられている。これ幸いと身を低めて周囲をうかがうが、驚くほど反応がない。


「ひとまずカズハの案内で、さらに目的の物を探す。方向だけでも言ってくれ!」


「あっちだ! 丘の上!」


 彼らは一斉に丘の上側へ顔を向けた。

 その丘の上には建物らしい建物も見当たらない。なだらかな丘の向こうに見える山や木々のほかには、何も目立ったものなど……。

 だが、一つだけ意味深に存在するものがあった。

 丘の頂上に立つそれは一本の巨木。トネリコに似た樹木だ。


「ここまで来てようやくわかった! あれが我々の目指すべき、オドレイヤの魔力循環システムの根幹に違いない! ユーゲニアの幻想樹だ!」


 確信を得たスウォラが全員に聞こえるようにそう叫んだ。

 それを受け継いでフレッシュマンが声を張る。


「それでは諸君! きっとあるであろう待ち伏せに備え、それぞれ複数のルートに分かれてあれを目指そう! たどり着いたものが吹っ飛ばしてくれたまえ! 作戦完了か、あるいは失敗を判断した時点で、私は帰還用の魔法を強引に使用する! それでは互いの健闘を祈ろう!」


 そして特別急襲部隊の九名はいくつかのグループに分かれて進撃を開始した。

 まずは鞘から引き抜いた二刀流を構えるイリアスを先頭にして、アレスタとニック、それからカズハの三人が周囲に注意しながら彼女を追いかける。いつどこから攻撃が飛んできても対処できるようにするためだったが、これはすぐに意味を成した。


「待って、イリアス! 危ない、足元だ!」


「任せて!」


 地を蹴って飛びのいたイリアスは、走る足を止めて身構える。

 それは土を巻き上げ地面を突き破るように地上へと姿を現した。避けていなければ彼女も無事では済まなかったろう。


「なんだあれ! 気持ち悪い!」


 ひー! っとニックが絶叫すると、それを押しのけてカズハが叫ぶ。


「マフィアの連中が飼ってるモグラワニだ!」


 それは地中を這いまわるのに適した大きな爪を持ち、太く鋭い無数の牙と強力な顎の力で獲物をかみ砕く大型のワニだ。一般的な成人男性よりも体長は一人分ほど大きい。体重はもっと何倍も重い。その身体に秘めた筋力は並みの人間など比べ物にならないほどだ。


「あんなワニなんて、今まで一度も見たことない! マフィアって趣味悪いよ!」


「そいつはアタシだって頭をブンブン振りたくなるほど賛同だ! だけど気味悪がってばかりいないで、あんたも戦ったらどうだい! 腰が引けてるよ!」


「もちろん、もちろん! ねぇアレスタ、僕が死にそうになったらちゃんと治癒してよね! あんなのの餌になって死ぬなんて、日記代わりにつけてる人生の悲惨なことリストでも一番ひどい!」


「死ぬのって大概どれでも一番悲惨になるよ! とにかくニック、ほら頑張って! ここは負けじと俺の治癒魔法を信じていいから!」


「あなたたち! いい加減に手伝って!」


 三人がやいのやいのと騒いでいる間にも、イリアスが一人で懸命にモグラワニを退治する。図体がでかく凶暴な性格だが攻撃は単調ということもあって、二刀流を振りかざすイリアスは群れを相手に単身でも無難に戦ってみせていた。


「それにしても多いわね!」


 いったいどれだけ地中に潜んでいたのか、次から次へと出現する魔獣。よほど腹が減っていたのか、見つけた獲物に喜んで飛びついてくるようだ。

 些細な傷が致命傷のきっかけになってはならないと、テレシィを飛ばしたアレスタも積極的に二人へ治癒魔法をかけていく。ところが敵の数はなかなか減らない。退治するより、騒ぎに呼び寄せられて集まってくるほうが多いのだ。

 いつしか前に出て戦う二人を中心にして、辺りはモグラワニの群れで埋め尽くされた。


「私も……っ!」


 と、ナイフ片手に助勢に行こうとしたカズハの手をアレスタがつかんだ。

 波打つ蛇の彫刻が目立つジャーロッドを構えながら、彼は言い聞かせる。


「カズハは無茶しないで! ここはイリアスとニック、そして俺に任せて! 君の出番はいつかちゃんとやってくるから!」


「アレスタの兄貴……!」


 カズハがメンバーに加えられたのは、直接的な戦闘要員のためではない。羽根飾りを使って魔力の流れを読むこともそうだが、さらには姿を隠すヘブンリィ・ローブの効果を見込まれてのことだ。

 それに、戦い慣れしていない小さな少女を危険にさらすわけにもいかないというアレスタなりの常識的判断でもある。


「そう、私たちに任せて!」


 頼もしく答えるイリアスはさすがに危なげなく戦っている。魔獣の数が多いので疲労は隠しきれなくなっているが、まだまだ余裕を感じさせている。


「僕を信じてって言ったところで説得力はないかもしれないけど! それでも善処してるから!」


 そう答えるニックは騎士刀を振り回して確かに善処しているが、腰も引けていて苦戦しているようだ。たまには浅手の傷も負って、大げさに悲鳴を上げると泣きそうにさえなっている。

 二人に任せきりとはいかず、アレスタもカズハをかばいながら懸命に杖を振り回して加勢する。前線に出る二人が負傷すれば、機を逃さず治癒魔法を忘れない。


「ああ、もうわかった! アタシはみんなを信じて応援するぜ!」


 少しずつではあるが着実に、アレスタたちは前進した。







 アレスタたちの奮戦から少し離れたところでは、周囲に散らばった仲間を意識せず、防衛騎士団出身のナルブレイドが走っていた。一刻も早く目標へたどり着こうとスリップの魔法を断続的に自らに向かって発動させている彼には、他人を気遣うほどの余裕がないのだ。

 視界が狭まっている証拠でもあったが、幸いにも彼の周囲には凶暴なモグラワニの姿もない。このまま行けば彼が頂上に一番乗りだ。


「くそっ!」


 茂みから飛び掛かってきた魔獣――ポチブルに襲われ、たまらず彼はその場で倒れこんだ。なおも噛みついてくるポチブルをスリップの魔法で遠くに追いやろうとする彼だが、とっさのことでうまくいかない。ならばと剣を引き抜いたものの、地面の上で横になったままでは振りかざすこともできず、しつこく襲い掛かってくるポチブルを剣で抑え込むのでやっとだ。

 まずは立ち上がらなければ、魔獣を切り倒すこともできそうにない。


「ええい、どけ、どけ!」


 やわらかい土の上に仰向けに倒され、のしかかってくるポチブル。

 とがった牙がのどをかすめるし、鋭いツメが剣先のように肌を傷つける。これは結構ピンチではなかろうか。


「じゃれている場合ではなかろう」


 半ば本気で死を覚悟したナルブレイドを救ったのは、軽々しくポチブルを蹴飛ばしたスウォラである。

 邪魔する魔獣がいなくなって飛び上がるように立ち上がったナルブレイドは顔についていた土を払う。


「あまりにもかわいくて、つい! けれど助かった!」


「助けたついでに、そちらを頼む」


「もちろんだ。しつけはしないとな!」


 二人の周りには数匹のポチブルが集まっていた。

 しかし一度立ち上がってしまえばナルブレイドも弱くはない。スリップの魔法で魔獣を翻弄できるし、冷静に対処さえできれば剣で切り伏せることだって可能なのだ。

 もちろん熟練の魔法拳使いスウォラは言わずもがな。

 立て続けに数匹を葬り去った。


「ワオオオオォッッ!!」


 さすがに劣勢を感じたらしい一匹のポチブルが雄たけびを上げると、それを聞きつけたらしく、周囲から大量の足音が駆け寄ってくる。数匹程度ではない。無駄に広大な丘中から、数十匹ものポチブルが集合しつつある。


「ひとまず前進を止めるのはどうかな?」


「後退するよりは賛成だ!」


 二人は背中を預け合って魔獣退治に備えた。







 さて、残る一つのグループは、キルニアを先頭にして走らせるフレッシュマンとナツミである。

 獣化せずともキルニアの足は速いし、野生じみた勘は敵の発見も早い。微弱な風魔法を周囲に展開させフレッシュマンの横を走るナツミも、突っ走る彼の先導を頼りにしていた。


「敵だ! ひとまず近くに数は五人、右に三人と左に二人だ!」


 それよりいくらか遅れて相手も気づく。


「なに、こんなところへ敵襲だと!」


 いつものように仕事で茶葉を摘んでいたブラッドヴァンの下っ端マフィアたちは驚愕した。

 アヴェルレスを取り囲む魔力吸収システムがあることなど知らぬ彼らは、自分が働いているパープルティー・ヒルは退屈な辺境でしかないと思っている。そんなところへ危険を冒して襲撃する奴がいるなんて思ってもみなかったし、それが敵対するマギルマのボスであったのだから目を疑った。


「ならば茶摘みなど後回しだ!」


 しかしこれは彼らにとってチャンスでもあった。嗜好品でしかないパープルティーの栽培と管理などという退屈な閑職に回された彼らだが、ここでフレッシュマンの首級を上げれば出世間違いなしである。

 俄然やる気みなぎるマフィアたち。

 一気呵成に得意魔法で挑みかかる。


「乱れ飛べ、鉄球!」

「燃え盛れ、火球!」

「凍てつけ、氷球!」


 これらのほかにも多種多様な攻撃魔法が繰り出された。

 だがフレッシュマンの魔法体質アンチマジックがそれらを反射する。かざした手から防護壁のような波動が発生され、彼らの発動した下級魔法程度では、耐魔の壁を突破することはできない。


「さて、これの調子も試してみるかな」


 あまり攻撃魔法が得意ではないフレッシュマン。強力ではあるが回数に使用制限のある魔導書だけでは不便だと、気兼ねなく使用できる魔道具を用意してきていた。魔力を矢にして発射するクロスボウである。

 彼を追うナツミも得意の風魔法で対処する。飛んでくる敵の魔法を暴風で薙ぎ払ったり、こちらからは風の刃をお見舞いしたりする。

 やや獣化したキルニアも切り込み役として、どんどん二人の先へ進んでいく。仲間からも信用されにくい彼にしては珍しく、攻撃手段の魔道具として与えられた火炎の尾を引く草刈り鎌をブンブン振って突き進む。


「ふふん、このまま行ければよいのだがね!」


 さすがに街の支配者オドレイヤに対抗する組織マギルマのリーダーだけあって、有象無象のマフィアなどフレッシュマンたちの相手ではない。ここが本当にオドレイヤにとっての重要拠点であるのかを疑うほど警戒が薄かったおかげでもある。

 もちろん、幹部の不在やこれ見よがしの罠がなかったからこそ、今までこの一帯がブラッドヴァンそのものにさえ軽視されていたという事情もあるのだが。もし普段から警備が厳重であったなら、いかにも重大な秘密がありそうで、もっと早くにここを攻め込んでいた。それこそオドレイヤに反旗を翻そうと狙うマフィアたち自身の手によって。

 戦闘の合間にそんなことを考えていたフレッシュマン。敵を蹴散らし駆け抜ける彼は小さな段差を乗り越えた時点で、勝ち誇るように空へ向かって腕を振り上げる。


「我々が一番乗りだ!」


 規則的に植えられていた紫茶の木もなくなり、頂上付近はなだらかに青々とした草原が広がっている。周囲を囲む厳重な柵もなければ、魔獣の姿も見当たらない。ここまで来て襲ってくるマフィアの気配もないのは、丘の各所でアレスタやナルブレイドたちが奮闘してくれているおかげであろう。

 あとは幻想樹に向かって走り寄るだけだ。


 ――ゴオオオオォォォ!!


 と、いきなり響いたのは耳をつんざく轟音。


「くそ、いったい何が起こった!」


 勝利を確信しつつあった彼らの目の前で、突如として青い光の竜巻が発生した。

 自然現象ではない。明らかに人為的な魔法だ。

 その光の内側に人影が現れる。


「なっはっは! 楽しいダンスパーティーに乗り遅れるところだったよ!」


 あまりにも愉快な声が響く。挑発的で、血に飢えた老いた獣の声だ。

 そこへ続けて、女性二人の嬌声が合わさる。


「余興は反逆者どもを最大火力で丸焼きにするショータイム!」


「まぁ素敵! 私ったら溶けちゃいそう!」


 そして最後に男性が一人、


「この私が直々に姿を現してやったのだ! ありがたく死んでくれ!」


 合計四人が出そろったところで、視界を埋めていた青い光は薄れて消えていく。


「やはり……来るとは思っていたが」


 魔道具のボウガンを抱え直しながらフレッシュマンは肩をすくめる。

 やはりここは重要拠点。

 オビリアとメイナに東部マフィアのエッゲルト・シーまでを引き連れたオドレイヤが、最後の最後に立ちはだかろうと、転移魔法によって登場したのだ。

 鮮やかなユーゲニア特有の夕焼け色に染まりながら、香ばしく燃え焦げる紫の丘へと。

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