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治癒魔法使いアレスタ(改稿・削除予定)  作者: 一天草莽
第三章 そして取り戻すべき日常
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23 ギルディアン

 あくまでも「ギルドに対する依頼」という形ではあれ、結果としてハルフルートが率いる市民革命団の一部隊として扱われることとなったアレスタたちギルディアン。

 その第一の依頼――すなわち最初の任務は、革命を目指す彼らのための”武装”の調達であった。

 なにしろ市民革命団のメンバーといえば、そのほとんどが魔法的な戦闘力のない弱者たちの集まりだ。いくら人並みに体力や喧嘩の腕やらに自信があろうとも、所詮は血気盛んなだけの一般市民に他ならない。

 その程度の実力では、根っからの悪であるマフィアに立ち向かえるわけがない。

 心の底から本気でアヴェルレスの革命をもくろむのなら、どうしたって彼らの戦闘能力を底上げするための”力”が必要だったのだ。

 とはいえ、今や秩序の崩壊した無法地帯アヴェルレスのことだ。

 マフィアの管理を離れた武器や魔道具のたぐいは、比較的簡単に手に入るのではないか――そう短絡的に考えた彼らではあったが、現実はいつだってそうそう甘くはできていない。

 まとまった資金や武力もなければ、それを補うほどの悪知恵もない彼らには、どうあがいたところでマフィアに対抗しうる武装一式を集めることができなかった。オドレイヤとフレッシュマンという二大勢力の戦争中だからこそ、そういったものの取り扱いや管理には両陣営ともうるさくなっていたのである。

 棚から牡丹餅のような幸運を期待して、マフィアからのおこぼれを頂戴することもできない。

 無論、だからといってマフィアから直々に武器を奪い取るなんて芸当は彼らが実行しようとしたところで、あっけなく返り討ちされるに決まっている。

 そんな打ちひしがれるような無力感に包まれていた市民革命団ではあったが、これはアレスタたちの登場によって光明が差したといっていい。

 なにしろアレスタの傘下には、隠密魔法の得意なカズハがいるのである。

 もともとはカロン盗賊団と名乗って、マフィアを相手に盗人稼業をしていた少女。

 これならいくらでもマフィアから武器を盗んで調達できそうなものではないか。


「……とまぁ、いいように使われている気がしてならないけれど」


「まぁまぁ兄貴、ここは前向きに考えるべきだぜ。あえて使われてやっているんだって、ね?」


「ははは、そうだね。人生は何事も前向きに強くやっていくべきだ」


 現在進行形でこき使われるようにカズハを背負っているアレスタは苦笑してうなずいた。これまでもこれからも、顧客からの依頼あってなんぼのギルドだ。

 いっそ「使いっ走り上等!」の精神で運営するくらいがちょうどいい。

 不平不満や愚痴をだらだら言うのも、だから控えたほうがいいのかもしれない。

 こちらから客を選り好みしていれば、訪れる客が減るだけだ。


「渡された地図によると、目的の倉庫ってそろそろみたいだけど……」


 かじ取り役よろしく黙々と先陣を切って歩いていたイリアスは、それまで眺めていた地図と周囲の風景をじっと見比べる。初めて訪れたアヴェルレスの薄汚れた場末感、あるいはゴミゴミとした雑然たる計画性のない地理模様に苦戦しているのかもしれない。

 眉根を寄せて、いかにも困った風な表情だ。

 思うに美人というものはそれでも絵になって見栄えがいいものだが、かといって困らせたまま放置していてよいものでもない。

 どれどれ――と、道案内を彼女一人に任せっぱなしというのも悪い気がしたのか、それとなく手柄を立てつつ彼女を手伝いたい一心で、歩調を速めたアレスタもイリアスの横に並んで地図を覗き込む。

 一緒になって首を伸ばしたカズハまでそうするものだから、ちょっとバランスを崩しかけたアレスタだったが、とっさに反応したイリアスが倒れ掛かってきたアレスタのほうへと体を寄せて、くっつくようにしてアレスタの体を支えてみせた。

 これにはつまずきそうになったアレスタも驚きつつ安心して、ホッと胸をなでおろす。

 だが、そうすると当然ながら顔が近い。意識せずとも触れ合いそうな距離だ。

 思わず立ち止まってしまってから、そのまま至近距離にて顔を見合わせる二人。

 ふとした緊張に襲われたのか息を呑んでしまうと言葉につまり、それでもイリアスに感謝を示そうとしたアレスタだが、不思議な照れもあって微笑むことくらいしかできなかった。


「なんだか親子みたいだね、三人とも。僕だけ疎外感ある……」


 仲間はずれにされているみたいな感覚に陥ったニックはオーバーな仕草で肩を落とす。先ほどからずっと一人だけ後方をとぼとぼ歩いているせいだろうか。

 きっと構ってほしいに違いない。寂しがり屋なのだ。

 ところがそれどころではなかったアレスタとイリアスは何事もなかったかのように彼の呟きを聞き逃して、ゆっくりと歩調を合わせて歩き出した。カズハだけがアレスタに背負われたまま後方のニックへと振り返って、その小さな瞳で視線を飛ばす。

 かといってアレスタとイリアスに無視された彼に同情しているわけでもなく、持ち前の好奇心で観察しているだけなのだろう。

 しかしそれでも優しさに飢えていたニックは嬉しい。誰かに視線を向けられるだけで満足を覚える人間だってここにいる。

 自分の言動が無視されることなく、ちゃんと相手にしてもらえたことですっかり喜んだのか、気を取り直したニックは軽い冗談さえ口をつく。


「ね、僕の背に乗らない? おいでよ、だってたぶんアレスタより従順だよ、僕ってば!」


 柔和な完璧スマイルで爽やかにカズハを誘うニック。

 もちろん体をひねって背中を見せつつ、自慢の金髪をはためかせる。

 アレスタの代わりに彼女を背負ってあげるとでもいうのだろう。むしろ背負いたいのかもしれない。ニックは頼られたがりなのだ、実力はどうあれ。

 それを見たカズハはにっこり笑って、否定のつもりで首をフルフル横に振って答えると、くるりと前へ向き直した顔をアレスタの背中にうずめて、しがみつく腕にぎゅっと力を込めた。

 危うくアレスタの首が絞まりかけたが、それほど離れたくないということだろう。

 あれ、これって別に僕が嫌われているわけじゃないよね、たぶん彼女がアレスタになついているだけだよね――と、ニックはポジティブに結論付けることにした。

 そうしないと泣きたくなる。

 いっそ素直に泣いたほうが気分的に楽になる場合も人生には多く訪れるのだが、それだと年がら年中ひたすら泣いてばかりになりかねない。生まれたばかりの赤子でもあるまいに……と、ニックは赤子に対抗意識を燃やして涙を堪えるのだった。


「あ、あれじゃない?」


 手元の地図と風景とを見比べながら歩いていくうちに、ようやくイリアスが発見したのはいかにも怪しい廃屋じみた建物だった。アヴェルレスの入り組んだ路地裏、一段と薄暗いそこは黄昏色の景色に溶け込んでいるかのよう。

 あまり大きくはない、見た目にも古びた倉庫だ。

 あえて使われていない風を演出しているのかもしれない。

 なんにせよここからは慎重な行動が必要とされるだろう。敵が待ち構えている可能性だってある。


「ふぅん、ここがマギルマが”あまった魔道具”を保管しているっていう倉庫かぁ。それにしては警備が甘いような気がするけど……。罠じゃないよね?」


 そう言うニックはすでに及び腰である。


「彼らの話によれば、ここはマフィアの勢力図における空白地点でもあって、ちょうど狙い目の場所だとか。……とはいっても、市民革命団の情報なんてどこまで信じていいものやら」


 アレスタはハルフルートたちの説明を思い出しながら、今さらのように不安でいっぱいになる。

 本当にここが狙い目なら、自分たちでどうにかできたはずだ。


「半信半疑だとしても、確認するだけの価値はあるんじゃない?」


「……いや、でも、だってさ、もしマギルマの構成員が待ち伏せていたら危なくない?」


「だったら私だけでいく。それなら安心でしょ、臆病者のアレスタさん?」


「前から思ってたけど、イリアスってたまに無茶したがるよね。しかもなんで得意顔なの? そりゃイリアスが先陣を切ってくれれば、こちらとしても頼もしいけどさ……」


 臆病者を自認してはばからないニックほどではないが、ほどほどに警戒心を高めていたアレスタはイリアスの提案に二の足を踏む。

 強気に出ているイリアスはまるでうずうずとしているかのように目を輝かせているが、なんてことはない、ただ正義を信じる元騎士の血が騒いでいるだけである。


「ちょーっと、お待ちを!」


「え、何?」


 わざとらしく芝居がかった声を上げて注目を集めると、器用に身をよじってアレスタの背から飛び降りたカズハが二人の間に立った。


「ここはとりあえずアタシが一人で様子を見てきてあげるぜ。兄貴たちは何かあったときに備えて、いつでも突入できる態勢だけ整えてもらえれば助かります」


「うーん、いや……ん?」


 それは名案かもしれない。

 カズハ一人なら、魔法による隠密行動もつつがなく成功する可能性が高いだろう。しかし危険かもしれない敵地に少女を一人きりで送り出すのは人として正しいことなのだろうか?

 悩んでしまって彼女への即答を渋っていたそのとき、ふとアレスタは異変を察知した。

 先ほどまでは誰もいなかったはずだった倉庫の入口、その扉の前に一人の男の姿があったのだ。

 あたかも忠実なる番犬さながらである。

 こちらに気が付いていないことを確認して、とっさに身を隠した物陰から顔だけを出したアレスタは用心深く相手の様子を観察する。

 その男はスキンヘッドに特徴的な太眉毛で、何故か裸の上半身は、尋常でなく鍛え抜かれた肉体美を晒していた。がっしりと腕を組んで目をつぶり、他者を寄せ付けない堂々たるたたずまいで仁王立ちしているのだ。


「あれは……ただ者じゃない予感がする。虚を突くのは無理かもしれない」


 これだけ離れていても息遣いが聞こえてくるほどの気迫。なにやらカズハの魔法さえ簡単に打ち破ってしまいそうな独特の風格があった。

 このまま無策でカズハ一人を向かわせるのは危険かもしれないと考えたアレスタは、息巻く少女の肩に手を置いて語りかける。


「カズハ、気配を消した後はしばらく様子をうかがって、ちょうどいいタイミングを見計らって一人で潜入してくれ。ここは俺たち三人が彼の相手をして、おとりになる」


「ふむふむ、わかったぜ。へへ、アタシに任せてくれよな!」


「わかってはいると思うけど、わかっていなかったら困るから言っておくよ。隠密行動は静かにね」


「……当然さ」


 しおらしくカズハがうなずいたことを確認して、続いてアレスタは隣に来ていたイリアスとニックに顔を向けなおす。


「さて、こちらが少しでも有利になるように先手の打ち方は慎重に考えよう。馬鹿正直に正面から挨拶に向かって、相手が強敵だったら目も当てられない」


「アレスタと私がいれば、少なくとも時間稼ぎはできると思う。どんな魔法を使ってくるかもわからないから、上手く倒せるかどうかは未知数だけど」


「いっそ正面から交渉してみるかい? 敵は一人だけみたいだし、ひょっとしたら話のわかる奴かもしれないよ」


「交渉だって? ねぇ、ニック。君は一体どういう交渉術で敵の倉庫から魔道具を譲り受けようというんだい? しかもこっちには身元を証明するものがない。怪しさ満点だよ」


 むむと顔をしかめたニックはない知恵を絞ってさらに提案する。


「あるいは脅すとか……」


「ほう? それは見ものだな」


「えっ?」


 まさに神出鬼没。

 いつの間にやら、油断していたニックのすぐ背後には挑発的な表情を見せる男の姿があった。

 間違いない、先ほどまで門番に立っていた男だ。


「脅すとは、いかにも不穏な言葉だな。しかし名案に他ならない。たとえば、こうやってはどうかな?」


 すかさず伸ばされた男の腕に捕まったニックの体が空中で半回転し、無防備な背中から勢いよく地面に叩きつけられる。そこへとどめといわんばかりに男はその足をニックの腹部へと踏みおろしてしまうと、ためらいなくニックの意識を奪い去ってしまう。

 一瞬のうちに制圧されたニックの口から吐き出されたのは大量の空気と声ならぬ声、それから唾液、かろうじて吐血はない。

 敵対者を殺さずして戦意を奪う、実に鮮やかなお手並みだ。

 脅威を感じたイリアスがとっさに剣を抜いて切りかかろうと身を乗り出したものの、そのときにはすでに男は飛び下がって距離を置いていた。


「私はあらゆる戦法の中でも奇襲が特に嫌いでね。本来はこういった不意打ちなどしたくないのだよ。……が、あいにく残念ながら、むざむざと敵の奇襲を許すことはもっと嫌いなのでね。無作法とは思いながら、黙っては居られなかった」


 男とイリアスが距離を置いてにらみ合っている隙をついて、今がチャンスとアレスタは行動に出る。


「テレシィ!」


 左手を体の外側へ払うように伸ばしたアレスタは召喚術さながらにテレシィを呼び出すと、呼びかけに応じて現れた彼女に目配せをして、意識を失って地に伏せたままのニックのもとへと向かわせてから治癒魔法を施した。

 ついでながらカズハの姿を探したが、周囲に彼女の姿は見当たらない。おそらくヘブンリィ・ローブの魔法を発動させて身を隠したのだろう。

 先手を取るどころか奇襲を食らってしまったが、このまま当初の計画を遂行するほかない。


「おとなしく立ち去るなら許す。見逃す。追いはしない。それでももし立ち去る気がないのなら相手になるが?」


 男の問いかけを受けたアレスタは無言のままイリアスに目配せする。戦闘となればイリアスに頼らざるを得ないので、ともかくも彼女に確認を取ったのだ。

 冷や汗交じりにイリアスはうなずくと、アレスタの代わりに口を開く。


「こちらからもお尋ねします。あなたはマフィアの……マギルマの人間なのですか?」


 すなわち相手が敵かどうかの最終確認だ。

 問われた男は少しだけ迷った末に答える。


「一時的にはそうなる。だが本質的には“違う”と答えておこう。あくまでも私は用心棒として彼らに雇われているに過ぎん。マギルマなど、本音のところでは信用していないさ。けれど雇われた義理がある。仕事なのでな」


「容赦はしないと。そういうことですか」


「いや、きちんと容赦はするよ。した上で、無力化した諸君らを捕らえる。あるいは追い払う。幸いなことに私は殺し屋として雇われたのではないのでね。容赦さえすれば、君らの息の根を止めてしまうことはないだろう」


 ここでアレスタはイリアスに耳打ちする。


「たいした自信だね。大げさに言っているのかな?」


「……いや、どうだろう。確証はないけれど、彼の言っていることは事実に限りなく近いと思う。まるで殺気は感じられないくせに、なんだか言いようのない危機感が襲ってきているから。それに……」


「何か気になることでもあるの?」


「うん。なんだか“場”を支配されているみたい。上手く説明できないけれど……」


 場の支配。

 本格的な戦いが始まる前の時点で、すでに相手が上位に立っているということか。

 ひっそりと呟いたイリアスの言葉が聞こえたのか、警戒されていることを理解した男は笑みさえ浮かべて口を開いた。


「敵とはいえ礼儀がある。ここは正々堂々、手合わせの前に名乗っておこう。私の名はスウォラ。職業は流浪の拳法家だ。これでも“魔”の読み手、いわゆる“魔力”の流れを熟知した者とでも言っておこうか……。扱うのは魔法ではなく格闘術だが、格下の魔法使い程度に負けはせぬ」


 型にはまった“構え”も何もなく、ただ脱力して立っているだけ。

 それなのに漂ってくる並々ならぬ風格は、歴戦の猛者を思わせた。


「魔法によらず魔法を倒す。名もなき究極の対魔法格闘術。そんな流派が、遠く東の国には伝わっていたはずだよ」


 いつの間にかアレスタの治癒魔法が成功していたらしく、意識を取り戻して、ようやく地面から起き上がったニック。敵を怖がっているのか感心しているのかわからない声色だが、どこか他人事に聞こえるのは、すでに敗北を喫して吹っ切れているからかもしれない。

 これに驚いたのは、すでに彼を倒したつもりになっていたスウォラだ。


「何かおかしな気配だとは思っていたが……なるほど。そちらも只者ではないというわけか。初めての“流れ”だよ。戦いがいがある」


 ふわりと風が流れたのか、周囲に満ちていた空気が変わった。

 にわかに満ちる並々ならぬ闘志。息詰まる緊張感。

 これこそ戦いが始まる前兆だ。

 しかも最悪なことに相手のペースで。


「あちらから先手を打ってくるかもしれないから、絶対に油断しちゃダメ。たぶんすんなりとは勝てない。私たちの負けさえも覚悟して。アレスタ、ひとまず時間を稼ぐよ」


「任せてくれ、イリアス。今まで俺はほとんどそうしてきた。時間を稼ぐことに関してはプロだよ」


「……治癒魔法、期待してるから」


「大丈夫、きっとイリアスの期待以上さ」


 柄にもなくかっこつけたアレスタに苦笑を禁じえなかったイリアスだが、そのおかげもあってか、必要以上の緊張を打ち消すリラックス効果を得た。警戒心は必要ではあるものの、身を硬くするのはかえって危険である。

 先頭には二刀流のイリアス。そしてその脇には若干及び腰のニック。

 二人をサポートして治癒魔法に専念するアレスタは後方だ。

 戦闘に慣れているらしい相手の出方は不明だが、かといって戦闘の主導権を相手に握らせている意味もない。用心深く後手に回ってばかりもいられないのだ。

 ここは冷静かつ慎重に、まずは自身の身体に得意の高速化魔法をかけて、万全の状態にしようと考えたイリアス。

 いつものようにそれを発動させようとしたのだが、ここでスウォラが動いた。


「わかりやすい発動の兆候だ。素直さがあだになったな」


「……えっ?」


 イリアスは当惑する。手馴れたはずの魔法の発動に支障が生じたのだ。

 有り体に言えば、魔法の失敗である。

 何かがおかしいと思って顔を上げると、距離を置いて対面するスウォラが彼女に向かって両手を向けていた。そして今度はその手をバチンと叩き合わせる。

 直後、鈍器で頭を殴られたかのように視界がぐらついたイリアス。そこへ一瞬のうちに距離を詰めたスウォラが襲い掛かる。

 これには身構える余裕さえなかった。

 防御もままならずイリアスの下腹部へ正拳突きが直撃する。防具はあっても動きやすさを重視して薄い装甲しかないものだ、与えられた衝撃は内部から全身を駆け巡り無視できないダメージを伝える。


「安心しろ、外傷はない。直接身体の内側に衝撃を加えさせてもらった。これでしばらくは動けまい」


「……くっ」


 何か言葉を出そうとして、それさえも叶わなかったイリアスは苦悶に満ちた表情で短く息を吐き出した。

 反撃はおろか、身を屈して逃げ出すことすらままならない。

 そこへスウォラの第二撃が襲い掛かる。


「でりゃああああ!」


 窮地に陥ったイリアスを救うべく、勇ましく叫んで気合を入れたニックがスウォラめがけて上段から斬りかかった。


「防ぐ」


 ところが冷静に対処したスウォラは瞬時に集めた魔力で腕の一部を強化すると、振り下ろされた騎士刀を素手で弾いた。

 反動でバランスを崩したニックは驚愕に目を見開く。


「こいつ、強い!」


「弱さが悪いのだ、君の弱さが。私が強いのではない!」


 断じて言って、肉薄し、すかさず奪い取った刀でニックの足を斬りつける。

 己の武器を奪われた挙句、その武器で足を狙われて立っていられなくなったニックはたまらず膝を付く。

 これで普通なら戦闘不能。

 だがしかし、後方に下がっていたアレスタがテレシィを介してニックに治癒魔法をかける。うまく機能した連携だ。

 その治癒魔法の発動を理解しないまま、漠然と察知したスウォラは素早く反応した。


「させぬ!」


 遠く離れた位置にいるアレスタに右手を、すぐ目の前に倒れるニックには左手を向けて、スウォラは念を発する。

 途端、頭痛のような気持ちの悪さに全身の制御を奪われそうになるアレスタ。

 しかしここで屈するわけにはいかない。


「……封じ込めない?」


 治癒魔法のことで一生懸命なアレスタは無自覚だったが、このとき魔力の制御に関しては一時的にスウォラを上回っていた。

 熟練した格闘家である彼の、圧倒的な場の支配を抜け出したのである。


「面白い」


「面白がっている余裕はないよ!」


 治癒魔法が完了すると、それまで膝をついていたニックは身体のバネをいかして飛び上がり、スウォラの隙をついて騎士刀を奪い返そうとした。基本的にマイナス思考で臆病な彼にしては、なかなか思い切った行動だ。

 だが対処するスウォラはいたって冷静。

 とっさに逆向きにした刀の柄でニックのあごを打ち、これを一発で撃退した。


「またしばし眠れ」


 顔から地面に倒れ伏したニックを見届けて、また使われるであろう治癒魔法を警戒したスウォラはアレスタに目を向ける。当然放っておけばアレスタは治癒魔法を発動させる。それが彼らの作戦だからだ。

 させまいとアレスタを狙ったスウォラは足を踏み出そうとする。

 挙動は速い。風よりも速い。アレスタは身構えるものの避けることができない。


 ――させません!


 と、ここで、なんとか立ち直ったイリアスが背後から急襲する。

 視覚ではなく気配で察したスウォラは再び魔力を集めて強化した腕でイリアスの剣を受け止める。

 しかしこれはあくまでも一時的なものだ。

 難を逃れたスウォラは距離をとって仕切りなおす。

 この間にアレスタによる治癒魔法が完了したニックは立ち上がった。

 三人がスウォラを取り囲む。


「これではきりがないな。さすがに侮りすぎたかも知れぬ。我が流派は不殺を誓い、制圧にこそ重きを置いたもの。強硬手段に打って出るのは気がとがめるが……やむをえん。久々に本気だ。ここで奥義を使わせてもらう」


 そう言って低く唸ったスウォラは“何か”を解放した。

 不気味な音を立てて魔力が渦巻き、スウォラを中心に“何か”が展開する。


「よくわからないけど止める! ニックも手伝って!」


「わかった!」


 イリアスとニックの二人はアイコンタクトで示し合わせると、両側から挟み込んでスウォラに襲い掛かる。


「瘴気にて防ぐ!」


 スウォラの周囲から噴き出した瘴気が、挟撃に走った二人の動きを止める。毒気のある瘴気など危険すぎて並大抵の人間に扱えるものではないが、それだけに強力な防護となる。

 生身のまま不用意に触れれば、決してただではすまないはずだ。


「これじゃ近づけない……!」


 轟々と渦巻く魔力の流れはスウォラに向かって収束され、反対に噴き出す瘴気はいよいよ激しくなる。

 正体不明の奥義。

 このままでは――と、誰もが思ったそのときである。


「……んなっ?」


 突如としてスウォラの身体に縄状のものが巻きつき、その動きを封じてしまったのだ。

 事前に察知することさえできず、全くの予想外であった攻撃。この戦闘で初めて不意をつかれたスウォラはきつく縛り上げるその縄に全身を拘束され、達人ぶっていた彼としては不本意なことに、すっかりバランスを崩して地面に引きずり倒されてしまう。

 不意打ちによって集中の途切れたせいもあり、彼が奥義発動のために集めていた大量の魔力は拡散して消滅する。

 恨めしく己の身体を縛った縄を見ると、それはどこかに向かって伸びている。

 そしてその縄の先を持って勝ち誇っているのは、一人のいたいけな少女。


「間に合った! よかったぜ!」


 それはヘブンリィ・ローブの魔法を使って背後からの奇襲に成功したカズハだった。


「そこの倉庫にこいつがあったんだ。なにしろ自分が使われたことのある奴だからな、相手を拘束するのに役立つんじゃないかって、慌てて駆けつけたぜ!」


 勝ち誇って笑うカズハの手には拘束用の魔道具、かつてフレッシュマンがカズハに使ったこともある蛇縄があった。

 どうやらカズハの奇策が成功したらしい。

 つまりアレスタたちは彼女に助けられたのだ。


「……不覚だよ。まるで気配に気が付かなかった。これが戦場なら私は死んでいた」


 そう言ったスウォラは拘束されたままで身をよじると、目にも留まらぬ速さで全身を縛り上げていた蛇縄を切断した。どうやってやったのかさえわからない早業だ。

 しかし、とにかく彼の身体を封じていた魔道具は破壊され、ものの見事に自分の力で自由を手に入れたのだ。

 土に汚れた体を右手で払いながらスウォラは立ち上がった。その動きは緩慢だが、それはダメージゆえではなく、まだまだ余裕があるからこその動作だろう。

 彼の挙動からは一切の焦りが感じられない。


「う、動くな!」


 すっかり勝ち誇っていたカズハはといえば、いとも簡単に拘束を破ったスウォラに驚くとともに警戒心をむき出しにした。怖がっているといえばわかりやすい。

 思わず首のネックレスに手をかけたのは無意識な行動だったのかもしれない。


「安心したまえ、もうこちらに攻撃の意思はない。潔く負けを認めよう」


 今まで戦っていた敵が勝手に負けを認めたところで、それをすんなり信用できるわけがない。当然ながら罠かもしれないと疑ったアレスタたちはうなずかない。

 ところが勝敗に拘泥しないらしいスウォラは無頓着に話を進めてしまう。


「しかし私がこんな小さな少女に負けるとはね。あの極限状態の私を上回るとは、まるで人間とは思えない。こんなことは生まれて初めてだ。ふむ、ひょっとすると君には人の認知をかいくぐる天性の才能があるようだな。それはすなわち魔を操ることにもつながる。本格的に鍛えれば、いつの日か私をも越えるだろう。今から成長が楽しみだ」


「そいつは照れるぜ。褒められたとあっちゃ、いやな気はしないな」


「ちょ、カズハ!」


 純粋に喜んで調子に乗るカズハの無邪気さに、まだ警戒心の抜けないアレスタははらはらさせられてしまう。気分のいい口車に乗って油断するのは危険である。


「まぁいいではないか。素直な子供の反応を枠にはめようとするのはよくない。それに我々は殺し合いをしていたわけではないのだよ。私にも格闘家としてのプライドがある。負けを認めた時点で勝負はおしまいだ」


「やけに往生際がいいですね」


 信用ならぬとイリアスがにらみをきかせると、それを見たスウォラは肩をすくめる。


「あくまでも用心棒だからな。殺し屋ではない、所詮は部外者だ。……それに、そもそもマギルマのボスから言いつけがある」


「言いつけ?」


 本心では馬鹿馬鹿しいと思っているのか、スウォラは演技がかった口調で答える。


「ここにある魔道具はすべて余剰品だ。いくつか不良品もある。はじめから市民革命団に横流しするつもりだった。彼らにも武器が必要なはずだからね、と」


「……ではなぜあなたが?」


「無条件で強力な武器を譲るほど、お人よしではないということかな。魔道具を受け取るからには最低限の覚悟と実力がなければならないと、ここの門番に私を置いたのさ。つまり試験官みたいなものだと思ってくれればいい。そして君らは合格した」


 ――だから好きなものを自由に持っていってもいい。


 スウォラはそう言って、体を横にずらすと倉庫の入り口への道をあけるのだった。


「遠慮する必要はなさそうね」


「……そうなのかなぁ?」


 敵から施しを受けるようで釈然としないものがあるのも事実だが、いらないといえば嘘になる。譲ってもらえるのなら素直に受け取っておくべきかもしれない。

 チャンスと幸運はいつだって逃げ足の速いものなのだ。

 そんなことを考えていたアレスタだが、どうやら悠長に迷っている時間などないらしい。


「大変です、みなさん大変です!」


 声を荒げつつ駆け込んできたのは、何を隠そう市民革命団の青年だ。

 そんなに慌てて一体どうしたのかとアレスタたちが尋ねるまでもなく、すっかり狼狽した様子の彼はほとんど金切り声になって報告する。


「街の中に大量の魔獣が! どうやらオドレイヤが放ったらしいのです!」

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