13 そして……
心なしか早足になってブラハムがエイクを案内したのは、森の中に残された古い祠の前だった。
ここはブラハムとエイクが初めて顔を合わせた場所でもある。
どうして今さらになってこんなところへ――と疑問に思いながら、ついに何も言い出せなかったエイク。
古びた祠の前で足を止めるや彼は緊張の面持ちを浮かべて、今では村の誰よりも信頼するに至った、心から尊敬するブラハムの言動を待った。
「さて、ここは覚えているな?」
「もちろんです」
「それはよかった」
はっきり不安そうにしているエイクを気遣ってか、余計な波風を立てぬようにと穏やかに言ったものの、あまり無駄な時間はかけられない。
遠回りの説明で婉曲的に切り出しても無意味だとわかっていたのか、手っ取り早く本題へと話を進めてしまおうと考えたブラハムは、これ見よがしに懐から一冊の手記を取り出した。
それは当然ながらエイクにも見覚えがあるものだ。召喚魔法を習得するために穴が開くほど読み込んだはずなので、わざわざ読み返さずとも内容は覚えている。
エイクの祖父が書き残した直筆の召喚獣図鑑だ。
「その手記を読んだ限り、この祠については、祖父も最後まで解明することが出来なかったようですが……?」
何度読み返してみても、この古ぼけた祠については単に“通じた場所”であるとしか書かれていなかったため、エイクにしてみればそれ以上の解読を諦めていた。何がどう通じているのか、エイクにはまるで理解することができなかったのだ。
「いいや、違うよエイク。彼はしっかり“到達”していた。そしてその到達する手段を我々のために書き残していたのだよ。通常の状態では読むことの出来ない、特殊な魔法を施した文字でね」
もっともらしく言い終えたブラハムは例のページを開いた状態にすると、見やすいようにと、右手で持った手記を上下反対にしてエイクに向ける。
先ほど初めて発見された秘密の記述。
すなわち青白く光る魔法文字が浮かんでいるページだ。
「これは……。驚きました。僕も知りませんでした」
「うむ、そうだろうね」
エイクの返事など最初から期待していなかったかのような冷たい態度でため息を漏らすと、すぐさまパタンと音を立てて手記を閉じたブラハムは、そのまま何かを言いたげに目の前の祠へと視線を向ける。
年季を感じさせるほど自然の中にうずもれるように苔むして、すでに村の人々からは忘れ去られているであろう古めかしい遺物。
その小さな祠の中に設置された石碑には、今となっては誰も解読することの出来ない古代文字が記されているばかり。森に分け入った旅人が偶然これを見つけても、それが何を意味するのかなど、決して理解することはできないであろう。
「これは大事な話だ。……だからエイク、最後まで耳をふさがずによく聞くといい。十年前のあの日、このリンドルの村を襲ったデビルスネークを召喚したのは君の祖父だ。他の何者でもない」
「……まさか。僕の祖父が意図的にデビルスネークを召喚したというのですか?」
予期せずデビルスネークの名を聞いたエイクは軽い眩暈を覚えた。
というのも、今や記憶の中に閉じ込めつつあった十年前の惨劇を思い出してしまいそうになったからである。
その恐怖の元凶であるデビルスネークが、よりにもよって尊敬するエイクの祖父によって召喚されたなどと、ブラハムはそう言ったのだ。
さすがのエイクも彼が子供のころから憧れていた祖父のことを貶められたようで不愉快に思ったらしく、同じように師匠として尊敬しているはずのブラハムの前だというのに、あからさまに不快げな態度で眉をひそめた。言葉にはしないが、初めて見せる反抗の意志すらを感じさせている。
ブラハムの意見を拒絶しようとしたのだ。
それでもブラハムは真実を告げる行為において容赦しなかった。
それは彼なりの相手を思う優しさだったのか、あるいは単純にエイクの心境など考慮している余裕がなかっただけのかもしれない。
「うすうす気がついていたのだろう? こんな寂れた農村に、デビルスネークと呼ばれる神の域にも等しい怪物が自然発生するわけがない――と。もしそれが人の手によって意図的に出現したものなら、そんな無謀なことができるのは、優秀な召喚魔法を使いこなしたという君の祖父しか考えられない――と」
デビルスネークとは、伝説上にその名を残す悪魔の怪物である。
真偽不明な村の伝承によれば、かつて人界に現れたデビルスネークは暴虐の限りを尽くし、その討伐に何人もの魔法使いが駆り出されたといわれるほどの怪物だ。
そんな伝説級の怪物であるデビルスネークは、もちろん普通の召喚獣と同じような扱いで簡単に呼び出すことなど出来るわけがなく、名だたる世界中の召喚師を一箇所に集めたところで、現代の魔法学レベルでは自由に召喚することなど不可能であったに違いない。
だが、たった一人だけ、エイクの脳裏には、ひょっとすると悪魔の怪物でさえも召喚することが可能であったかもしれない人物の顔が浮かび上がっていた。
十年前の当時において、一部には今世紀最高の召喚師と呼ばれながら、その世間的な評価をまったく意に介さず、こんな寂れた農村であるリンドルに生涯の居を構えると、まるで世捨て人のように篭りきったまま、ほとんど外世界と交わらず、その生涯を閉じるまで召喚魔法の研究と修練に己のすべてを注ぎ込んだ人物……。
敬愛する祖父を疑うなどと、エイクは我を忘れて感情的になるくらいに認めたくなかったことだが、一方で客観的に考える頭では、ちゃんと理解していた事実もある。デビルスネークが祖父の手による召喚獣であったかもしれないと、彼にとっては好ましくない可能性も思い当たる。
小さなころから尊敬してやまなかった祖父の存在は、彼の死後も、他にすがるもののなかったエイクにとって大事なものだった。
だからこそ、今も自分の心の大部分を占める祖父への憧れのため、自警団リーダーとしての自分が信じるもののために、不都合な真実を否定しようと考えたエイク。
今さら、必死に別の可能性がなかったかどうかを探し求めた。
しかし依然として厳しい表情を浮かべるブラハムは黙り込んでしまった彼の言葉を待つことなく、一度は閉じていた手記を再び開いた。
そして青く輝く文面に目を落とす。
「エイク、残念ながらここに詳細が書いてあったよ。彼が最後に召喚しようとしたもの、その意図、そしてそれを可能にする方法すべてが、こうして血の刻印によって秘匿されたページに書かれていたのだ」
「すべてが書かれていただなんて、そんな馬鹿な……!」
「落ち着きなさい。嘘かどうかは実物を読めばわかる。……見てご覧よ、この字、この文章、そして詳細な解説の仕方。ほらね、君の祖父の筆跡で間違いないだろう?」
その言い方に我慢することが出来ず、恐る恐る指示されたページを確認したエイクはうなずくしかなかった。もちろん彼もにわかには信じたくなかったが、自分の目で確認した限りでは疑いなく祖父の字であり、その文章をブラハムが偽装したと考えるには難しいものがあった。
なぜならエイクにしてみても、心の底では、やはり彼の祖父がデビルスネークに関する何か重大な事実を知っていたに違いないと、ずっと昔から考えていたからである。
祖父への疑いを確かにして迷いを見せ始めたエイクを前に、ブラハムは手記に書かれた文章を声に出して読み上げた。
この場でエイクに十年前のデビルスネーク召喚の真相を打ち明けて、さらに書き残された祖父の胸中を語り聞かせることによって、このままエイクを精神的に追い込むつもりなのだ。
当然、追い詰める方向はデビルスネーク召喚への決断だ。
つまりブラハムは、エイクに祖父の志を受け継いでもらいたかったのである。
そしてそれこそ、反魔法連盟の主義者であることを隠してエイクたちに放浪の魔法学者であると名乗った彼が、ここリンドルに滞在して成し遂げたかったことであった。
祖父の書き残した文章を流暢に読み終えたブラハムは音を立てずに手記を閉じ、考え込んだまま複雑な顔をしているエイクに目を向けると、指導者としての立場で語りかけた。
「いいかい、エイク。結果としては裏目に出てしまったのかもしれないが、彼は究極の召喚魔法によって、あらゆる脅威から世界を守ろうとしたのだ。不平等な魔法ばかりが猛威を振るう、神が不在の荒れ果てた世界に、秩序の象徴となる新しい神を導こうとして。
その気高き想いを、理想世界を実現する唯一の術を、今こそ引き継いでみないか?」
「それは……」
どう答えてよいものかと、渋る様子を見せる。
まだエイクは決心が付かないらしい。
――突然のことだ、悩むのだって無理もない。
――しかし無理をしてもらわなければ困る。
落ち着き払った見た目とは裏腹にブラハムは焦っていた。
それもそのはず、ベアマークの騎士団が魔法学者を名乗って滞在している主義者ブラハムの存在をかぎつけてリンドルに到着すれば、ブラハムにそそのかされたエイクがデビルスネークを召喚しようとしても、もはや状況がそれを許さないだろうからだ。
自警団リーダーであるエイクには、どうやらサラという騎士の知り合いがいるらしい。しかも、エイクは彼女のことを愛しているようなのだ。
したがって、このチャンスを逃せば最後、エイクは素性の知れないブラハムではなく、頼れる騎士として付き合ってきたサラの言葉を信頼するようになるだろう。
もしも彼女がブラハムを反魔法連盟の主義者であると疑えば、サラを愛してやまないエイクはそんな彼女の考えに同調して、もう二度と彼を信頼しなくなるであろうことは想像に難くない。
「聞いてくれ、エイク。召喚師である君たちの一族に流れる血筋によってデビルスネークが召喚されるのは、少なくとも君の祖父に続いてこれで二度目だ。召喚魔法は経験と反復によって強化されるのだから、今度こそ上手くやれる。ここには私もいるのだから、もしものときは力になろう」
「確かに、成功する可能性がないとも言い切れませんが……」
「そう、挑戦しなければ成功もない。成功がなければいつまでたっても未熟なままだ。大丈夫、失敗しても私がいる。君の祖父がたった一人で召喚に踏み切った十年前とは状況が違うさ」
「……ですが」
ここにきて弱音なんて聞きたくないと、ブラハムは首を横に振る。
「急ごう、エイク。すでに町では暴徒が爆破魔法によって人々を恐怖の淵に陥らせている。そのことは先ほど説明したはずだね。時間はあまりないんだ」
「もう先ほど報告を受けてから、結構な時間が経過していますしね……」
「今回だけのことではない。ここで暴徒に対して騎士団が苦戦することがあれば、こんな危機がこれから先も延々と繰り返されるだろう。特にベアマークの町は、高度魔法化都市として今後の発展計画が制定されている。それはつまり、魔法化都市として生まれ変わったベアマークの騎士団は、将来さらに強大な魔法の脅威にも立ち向かっていかなければならないということだ。
それを今の段階から抑止するためにも、ベアマークの平和を守る存在は騎士団だけでなく、その騎士団に協力する天才的な召喚魔法使いである君がいるということを、広く世間にアピールするべきだよ。優秀な召喚師の守る町を襲おうと考える愚か者はいないからね」
「もしも悪魔の怪物と呼ばれるデビルスネークを使役することが出来たなら、それは確かに暴徒を威圧することが出来そうではありますが……」
ベアマーク騎士団の協力者にはデビルスネークを使役するほどの召喚師が存在するのだと一般に知れ渡れば、なるほど悪魔の怪物を恐れる人々は、今後ベアマークでの犯罪計画や組織的な反乱を企てようとは考えなくなるだろう。格が違いすぎるのだ。
いや、あるいは帝国中から犯罪者を駆逐することすら可能になるかもしれない。
しかし……。
そんな希望的観測に近い期待に対する一方では、それほどの怪物を自分の召喚魔法で扱うことが出来るのかという大いなる不安が、やはり臆病なエイクの決断を鈍らせていた。
もしも十年前の祖父と同じように失敗することになれば、今度こそ取り返しのつかない被害が、ここリンドルをはじめとする帝国各地を襲ってしまうのではないか――。
そんなことを考えていつまでたっても煮え切らない消極的なエイクの口ぶりにあせりと苛立ちを感じ始めていたブラハムは、とにかく召喚に踏み込めない彼に自信を持たせようと画策した。
「おそらく君の祖父は、自分の血がつながっている孫である君に期待していたのだ。だからこそ、万が一の場合に備えてこのような記述を残したのだろう。……祖父は君に伝えようとしていた。それを受け継ぎ、実行させてこそ、君は誰にも恥じることのない一流の召喚師となれるはずだ」
――そして召喚師として祖父を超越しよう。
優秀だった祖父を超越する。
エイクにはその言葉が魅力的に聞こえた。
たしかに、祖父にも扱えなかった召喚魔法を習得することが出来たなら、なかなか自信を得られることのなかった自分にも胸を張って誇れる何かが、そして最も愛する人を守るための力が手に入るに違いない……。
自分の存在が肯定されるのだ。
悪魔の怪物を自分の手で召喚する、ただそれだけの挑戦によって――。
「…………」
唇を噛み締めてエイクは言葉を飲み込んだ。考える時間が不可欠だった。
勇名を馳せるほどの召喚師として生きた祖父が、その死を目前にしてたどり着いた究極の答え。
それは、いつまでたっても互いに争い続ける人間を正しく統べるために、新たなる絶対的な秩序を作り上げること。つまり世界の秩序となるであろう神の代理として、神の域にも達する魔獣デビルスネークを召喚して人々の上に君臨させることだったという。
その悪魔の怪物は恐怖の力によって世界を統治し、祖父の死後も世に平穏をもたらし続ける予定だったとでもいうのだろうか。
けれど、どうしてもエイクにはわからなかった。
デビルスネークは人々によって畏怖される存在に他ならず、その悪魔の怪物を逆説的に平和利用しようとする祖父の考えは、どこか突拍子もないものに感じられたのだ。あるいは天才的な素質を持っていた祖父には実際に可能だったのかもしれない。
しかし十年前の事件は記憶に新しい。現実には失敗したのだ。
善か悪か、深みにはまって頭を悩ませたエイクがいつまでも答えられずにいると、さすがに痺れを切らせたのか、先走りつつブラハムが口を開いた。
「私が知っている限り、召喚師の多くは己の召喚魔法を攻撃手段のために用いる。しかしそれは、たとえば騎士が平和のためといって武器を手にするのと同じ理由だ。決して暴虐のためではない。
魔法使いが世界の半数を占めた現在、その魔法によって誰もが簡単に平穏を破壊する狂乱者となれるがゆえ、必然的に不信感が蔓延して殺伐としがちな不安定の時代だ。だからこそ、そんな危険な魔法使いを抑止することのできる能力のある人間は、正しい知性と力を持って上に立ち、平和へと人々を導かねばならないのだ」
息巻いたブラハムは一歩だけ踏み出すと、さらに鼓舞するように言った。
「たとえば君の愛する人が騎士の勤めとして、剣を手に命がけで悪と戦っているとき、それ以上の力を秘めているかもしれない君は、上手く扱う自信がないからといって、その召喚魔法を眠らせているつもりか? このままずっと、召喚師として二流のままでいいと考えているのかい?」
ここまで言われては、さすがに思うところがあったのだろう。
こぶしを握り締めたエイクは答える。
「いいえ、それだけは……!」
どうしても彼は黙っていられなかった。
今までも歯がゆい思いは何度となく味わってきた。自警団リーダーでありながら満足に召喚魔法を使いこなせないことについて、悔しさと劣等感をいやというほど募らせてきた。
周囲の人間から無能だと馬鹿にされても、自分が努力を続けてきたことについて、己の実力で証明することなど一度として達成できなかった。
自分を含めた何もかもを、もしも見返すチャンスがあるのなら――。
ふつふつと湧き上がる高揚感でエイクの唇は小さく震えた。
あと一押しと見たブラハムは、どこまでも優しい表情を浮かべて問う。
「なら、できるね?」
つばを飲み込むと同時にエイクは自分の左腕を確認する。デコルギウスによって負傷したばかりの左腕だ。そこには応急処置の魔道具である包帯が、べっとりと血に染まった状態で巻きつけてある。
もしもデコルギウス以上の強さを誇るデビルスネークの召喚魔法に失敗すれば、これ以上の代償を支払うことになりかねない。おそらく命すら失いかねないのだ。
しかし、それでも彼は決断する。
いつまでも未熟な人間でありたくはなかった。
強くなるためだ。愛する人を守るためなのだ。
「できます。僕はやります」
「その言葉を待っていた」
ブラハムは手記を読みながら、あるいは必要に応じてエイクにもページを覗き込ませながら、デビルスネーク召喚のための準備を指示した。
もう引き返さないという覚悟を定めるためにも、何度もアドバイスを加えてエイクに自分の心構えを整理させ、余計なことを考えないよう召喚魔法のためだけに精神を集中させる。
そして最後には手記に書いてあった召喚の手順に従って、ブラハムはエイクに一つの行為を要請した。それを承諾したエイクは慎重な動作によって、今は使用されていない古代文字による文章を、自分の血をにじませた人差し指で石碑に書き付ける。
血文字で古代語の文章を書くという儀式的な行為の理由は、残された祖父の手記にデビルスネークを召喚するため必要であると書かれていたからであるが、古代文字など一度も勉強したことのないエイクはブラハムの指示に従っただけで、その文章の意味を知らない。
しかし古代文字による一文の意味を知っているらしいブラハムは満足げだ。急がせるように「問題ない。書かれているままを石碑に写したまえ」と言うので、とりあえずエイクは従うことにするしかなかった。
おそらく召喚魔法が術者の血脈を重んじるからであろう、石碑に古代文字を書くために使うのは術を使うエイク自身の血液だ。
赤々とした不気味な一文が、生々しいエイクの血によって石碑に書き上げられた。
「これは、どういう意味の呪文ですか?」
「難しく考えることはない。これは魔法陣の一種みたいなもので、デビルスネークとの契約の証さ。……さぁ、書き終えたなら石碑の前で召喚魔法を発動させるんだ」
「わかりました」
説明されないことに釈然としない心のもやもやが残るものの、エイクは深く考えないことにした。それよりも目の前の課題、つまりデビルスネークの召喚に注力しようとしたのだ。
もちろんそれを見守るブラハムも邪魔をするわけがない。
エイクはいつもそうするように召喚魔法の発動体制に入る。
いつもとは次元の異なる上位の召喚獣を迎えるのだが、そのために必要な魔法の仕組み自体には、特別な違いはないという。
とはいえ当然ながら緊張もあったのか、いつもより慎重に頃合を見計らって、いつもより熱のこもった勇ましい声を意識して、その名を高らかに唱えるエイク。
「我の召喚に応じて顕現せよ、混沌の覇者デビルスネーク!」
そして呼応するようにひらめく一筋の雷鳴。
裂けるほどに激しく震えた時空、一箇所に集まり轟く強大な魔力波動。
徐々に姿を現しつつあるただならぬ気配を察知して、召喚魔法の成功を確かに実感するエイク。
やがてそこにはデビルスネークの巨大な姿が出現するはずだ。
ところが、己の行使した召喚魔法が成功したという喜びを享受することは、術者本人であるエイクには許されなかった。
結局そのまま最後の瞬間までエイクには知らされなかったが、彼自身の血によって記された古代文字の意味は、現代の言葉に直訳するとこうなる。
――召喚のため、われを捧ぐ。
それはデビルスネークを召喚するための代償として、術者本人の自己犠牲を誓う一文である。
簡単に言えば生贄だ。
「う、うわああああ!」
恍惚と愉悦に浸るブラハムの目前で、エイクの全身が黒々とした炎に包まれた。