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6 いざリンドルへ

 思えば農村リンドルというと、実に数週間ぶりの訪問である。

 父さんであるカーターとの一件が決着して以来、ベアマークで新しくギルドを開設することとなった俺はそこそこ仕事に忙しく、かといって依頼がない暇な日は休息のために寝て過ごすことが多く、距離的に近いとはいえ、あえてリンドルまで足を運ぶこともなかった。

 しかしこの村の雰囲気は都会的なベアマークよりずっと落ち着いていて好きだし、なによりギルドの宣伝をすれば困っている村人が依頼をくれる可能性だってある。

 だからこうしてサラさんの巡回に同行することになったのも、気分転換の意味を含めて、ちょうどよかったのかもしれない。

 程よく足の運動にもなるしね。


「アレスタさん、ギルドのほうは大丈夫なのですか?」


「あっちは大丈夫だよ。なにしろイリアスがギルドの受付に残ってくれたからね。ニックはどこにいたって関係ないから気にしないでおこう」


「そ、そうですか」


「それにしてもサラさんとこうして二人きりで遠出するのって、これが初めてだよね? サラさんはしっかりしているのに素直で可愛いところがあってさ、変に気を遣わなくていいから俺は気楽でいいよ。すごく助かる」


「ううむ、私は少し緊張しているのですが……。気にしすぎでしょうか?」


「あはは、確かに俺のほうがサラさんよりも年上だけど、だからって気にする必要はないよ? むしろどーんと頼ってきてくれていいから」


「ふふ、ありがとうございます」


 緊張がほぐれたのかサラさんは安心して笑ってくれたようだが、不思議と頼りにされている感じが全然しない。

 今でこそギルド代表として率先して活動を始めた俺だが、ここデウロピア帝国に来てからというもの、ほとんどずっと周りの世話になりっぱなしだったから頼りないのも仕方ないのかもしれないけれど。

 そもそも俺が唯一扱うことのできる治癒魔法も、現時点では何故か自分にしか効果のない中途半端な魔法である。なのにちゃんと自立しているサラさんから頼りにされたいと思うこと自体が間違いだろう。

 なにしろ彼女は若干十六歳にして、すでに一部隊の隊長を任されている立派な騎士なのだ。今日だって本来なら彼女は自分の部下を引き連れてリンドルへ巡回するはずだったところを、色々と気を回して俺のために時間を作ってくれたのである。

 なんでも、彼女の部下は現在ちょっとした別行動中であり、かつて山賊アジトがあった方面へと見回りに行っているらしい。

 リンドルの周囲には依然として大小さまざまな山賊団が確認されているらしく、その対処に騎士団は忙しくて仕方がないらしいのだ。


「ここ最近はリンドル方面への巡回も強化していますが、まだまだ万全と呼べる状況ではないかもしれませんね。今後のことを考えると、常駐の騎士団支部を村に設置することも考えないといけないでしょう」


「やっぱり騎士も色々と大変なんだね」


「いえいえ、アレスタさんのギルドもこれからもっと忙しくなると思いますよ。評判もいいみたいじゃないですか」


「うーん、どうだかなぁ?」


 幸いなことにギルドの仕事が忙しいといっても、そのほとんどが遭難したペットの捜索や荷物配達といった小さな依頼ばかりである。

 もちろんそれでも困っている町の人々の役に立てているという実感を得られるため満足できるのだが、現実問題として依頼料も安く、収入面では厳しいことも否定できない。

 いつかは帝国全土に名を馳せるほど有名なギルドに成長させたいものだが、その前に取り返しの付かない大失敗をやらかして、顧客からの信用を失ったギルドそのものが廃業してしまいそうで、どうしても俺は不安を隠しきれなかった。

 そんなネガティブな考えが頭を支配して、ふとため息を漏らしそうになったのだが、今はサラさんの前だということを思い出してこらえた。

 折角彼女がお世辞でも俺のために気を遣ってくれたのだ。ここはせめて期待に答えるつもりで笑っておくことにしよう。


「あはは……」


 ところがまぁ、お互いに顔を見合わせて苦笑してしまった。


「――っと」


「あ、大丈夫?」


 足元から目をそらしたせいで何かにつまずいたらしく、突如バランスを崩してしまったサラさん。

 とっさに手を差し出して、彼女の肩を支えるのが間に合ってよかった。


「これは……」


 彼女が何につまずいたのか気になって確認してみると、少し柔らかい土の地面にいくつもの穴が開いていた。

 これは獣の足跡?

 穴の深さなどから推測すると、比較的重量のある四足獣か?

 今度は二人で立ち止まり、相談するように顔を合わせているときだった。


「きゃあああ!」


 それは恐怖に彩られた叫び声だった。

 地面に残る真新しい巨大な獣の足跡、そしてその向かう先から聞こえてきた村人の悲鳴。

 状況から察する限り、ただ事ではないらしい。


「行こう、サラさん!」


「もちろんです!」


 簡単に応答した俺とサラさんは、地面に残された足跡を追って駆け出した。







「あ、あれはっ!」


 たどり着いた場所にいたのは、巨大なイノシシ型の魔物だった。

 先ほど聞こえた叫び声を出した人なのだろう、いかにも危険な魔物の視線の先にはおびえる女性の姿がある。


「アレスタさん、気をつけてください。あれは人を襲う凶暴な魔物、ワイルドボアです」


「あの女性が今にも襲われそうだ、ここは俺たちでなんとかしよう!」


 ひとまず俺はワイルドボアの横へと挑発的に大きな石を投げつけて、こちらへと敵の注意を向けさせる。その隙におびえていた女性へと目線で合図を出して、なんとか魔物に狙われていた彼女を逃げ出させることに成功した。

 しかし、今まで狙っていた女性がいきなり逃げ出したことに反応してしまったのだろう、ワイルドボアは興奮した様子で大きなうなり声を上げた。

 鼻息荒く、体を震わせ、行き場をなくした闘争心が暴走しかかっていた。

 あのままでは俺たちの静止を振りきり、このまま村の中に入り込んで被害が拡大してしまいかねない。なんとしてもここで止めなければ。

 そんなことを考えつつ俺が次の行動に迷ってしまった一方で、ためらいなくサラさんは腰の剣を抜き、魔物に向かって真っ直ぐ歩み出た。


「私が仕留めます。アレスタさんは下がって!」


 そして得意の魔法を発動させるのであろう。右手には低く剣を構えたまま、全身を震わせて威嚇する魔物に向かって左手をまっすぐ水平に掲げたサラさん。

 彼女の鋭く伸ばした指先が、敵の視界を奪うために強力な光を放つ。

 だが――。


「グギャアアアア!」


「……くっ!」


 魔法による強烈な閃光を浴びてもなお、ワイルドボアは真っ直ぐにサラさんへの突進攻撃を繰り出してきた。まるで光に怯んだ様子もない。

 彼女に向かって突き進むスピードにためらいはなく、容赦なく殺しにかかってきているようだった。

 そんな猛突進をかろうじて飛び退けたサラさんは息を弾ませ、すぐ脇を駆け抜けたワイルドボアを目で追って振り返る。

 揺れる大地、舞い上がる風。

 巨体が走り抜けた跡には深いデコボコが残されるほどの重量感。

 魔物の強靭さが、たった一度の突進で否応なく伝わってきた。


「サラさん、大丈夫っ? 光の効果がなかったみたいだけど!」


「そうですね、魔物はその特殊な性質上、強い魔力に反応して集まってくる場合があるのです。目の代わりに全身を使って敏感に魔力を感じ取ることで、周囲の位置情報を獲得できるという話もあります」


「じゃ、じゃあ?」


「光による足止めは期待できないでしょう」


 サラさんは強く剣を握り締める。

 きっと魔法の効果がないと知り、ならば剣のみで戦おうと覚悟を決めたのだろう。

 急にはスピードを落とせなかったらしく俺たちから離れた場所でようやく立ち止まったワイルドボアが、大回りで反転して、こちらに顔を向ける。

 地面を前足でかき上げ、ゆっくりと助走を付け始める。


「……ですが、私の武器は魔法だけではありません!」


 精一杯に宣言したサラさんは両手で剣の柄を握り、切り倒さんとばかり正面に構えてワイルドボアを勇ましく待ち受ける。

 口を固く結び、その目は魔物から決して離さない。

 けれど一方で、彼女のそばにいた俺には見てしまった。彼女が気丈に構えている剣先が、わずかに震えてしまっていたことを。

 額には薄くにじんだ汗、こちらまで聞こえてきそうなほどに胸打つ鼓動、小さく息を呑んだそれは緊張感。

 おそらくサラさんは恐れてもいるのだろう。

 一人の騎士として、その誉れ高き隊長として、村に入り込んだ魔物を退治しなければならないという使命感に縛られているのだろう。

 もしも俺に完璧な治癒魔法が使えたなら、そんな彼女を支えてあげられるのに。魔物に立ち向かうサラさんの力になってあげられるというのに。

 ……いや、そうじゃない。

 しっかり思い出せ、今の俺だって何もできないわけじゃない。

 忸怩たる思いに駆り立てられ、俺は強く歯を食いしばった。


「俺がおとりになるから! サラさんはその隙に攻撃して!」


「い、いけません! 騎士が守るべき民間人をおとりに使うだなんて!」


 確かにサラさんは騎士かもしれないが、そうであったとしても彼女の本質は十六歳の女の子だ。好戦的に暴れ狂う魔物を間近にすれば、恐怖で足がすくんでしまうのだって当たり前の反応だ。


 ――どーんと頼ってきてくれていいって、俺はそう言っただろ?


 気取った感じに親指を立てて俺は大丈夫だとアピールすると、鼻息荒い魔物へと挑むように走り出した。


「あ、アレスタさん! そんな、無茶です!」


「なーに、死にはしないさ!」


 自分でも無茶をやっているという自覚はある。

 しかしそれもやむをえない。俺が唯一使える治癒魔法は自分にしか効果がないのだから、こうやっておとりになるしかないのである。

 突っ走ってワイルドボアの正面へ、奴の標的になるような場所で立ち止まり、俺は次に使うべき治癒魔法のため精神を集中させる。

 対するワイルドボアは近づいてきた俺の姿を見て改めて興奮したのか、上半身を持ち上げて落とし、威嚇するように大地を鳴らした。

 ……来る。

 そう覚悟を決めたときだった。

 ワイルドボアの突進に身構えた俺の前へと青年が飛び出して、勇ましく叫んだ。


「ヴォルフ、奴を仕留めろ!」


「ガウガウッ!」


 突然どこからか現れた青年の掛け声によって飛び出したのは、美しい毛並みをした三匹の狼だった。どうやら彼の指示に従っているようだが、その三匹の狼も、俺の目には魔物にしか見えない。

 しかし堂々と立つ青年の声にためらいはない。


「連携しろ、敵に隙を与えるな!」


 引き続いて出された青年の指示に反応して、三匹は互いに連携をとりながら一頭のワイルドボアに次々と襲い掛かる。

 魔物化した狼とイノシシでは体格は三倍以上も大きかったが、さすがのワイルドボアも同時に三匹を相手にすると劣勢で困惑してしまうらしく、反撃らしい反撃に転じることが出来ずにいた。

 そこにすかさず青年が叫ぶ。


「まずは足をふさげ! 正面への突進を防ぐために左右から交互に挑発しろ!」


 もちろん三匹は彼の命令に従う。

 ワイルドボアは攻撃の対象を一つに絞ることが出来ず、自慢の突進を繰り出せないまま防戦一方、三匹の牙によって足元から崩されていく。

 統率が取れているのか、見とれてしまうほど鮮やかな戦いぶりである。


「とどめは容赦するな、確実に息の根を止めろ!」


 青年の言葉を受けて、三匹も奮い立つ。

 その後も暴れ狂うワイルドボアを翻弄し続けて、優位に戦闘を進める。

 その間、ものの数分。

 やがて力尽きた巨体が地に伏す音、それを合図に勝利した三匹の雄たけびが周囲に響いた。なんとワイルドボアを退治してしまったのである。


「ありがとう、僕のヴォルフたち。助かったよ」


 使役した魔物にねぎらいの笑顔を向けた青年は、両腕を左右に広げながら指を鳴らした。

 すると三匹いた狼の魔物は、霧に包まれたように、たちまちすべて消え去ってしまう。

 それから青年はこちらへ振り返り、ようやく顔を合わせた俺は感謝のつもりで頭を下げる。


「あ、あの、今のは……?」


 お辞儀の後に問いかけてみると、彼は爽やかに肩を揺らして笑った。


「ははは、彼らは僕の使い魔であるヴォルフだよ」


 使い魔?

 ヴォルフ?

 魔法や魔物に関する知識が少ない俺には、さも当然と言わんばかりに説明されたところで、いったいなんのことだかさっぱり理解できない。

 青年の言葉を理解できずに俺が首をひねっていると、今まで俺の背後にいたサラさんが、あわてた様子で青年のそばに駆け寄ってきた。


「お久しぶりです、エイクさん」


「やぁ、こうして顔を合わせるのは二週間ぶりくらいだったかな? いつもいつもこんな村まで巡回ありがとう、サラ」


「いえいえ、これも大事な任務ですから」


 どうやら慣れ親しんだ口ぶりからすると、二人は知り合いらしい。すっかり打ち解けている様子を見る限り、それなりに付き合いも長いようだ。

 なんとなく疎外感を覚えて立ち尽くしていると、そんなことなど露知らずのサラさんがこちらへ嬉しそうに振り向いた。


「アレスタさん、私から紹介します。彼はこの村の自警団でリーダーを務めていらっしゃるエイクさんです」


「……といっても、今のリンドル自警団はもう僕ひとりになってしまったのだけれどね」


 何か深い理由でもあるのか、ぼそりとつぶやいたエイクさんは自嘲するように笑った。

 わずかながら彼の目に深い後悔の色を発見した俺は、微妙に重くなった空気を切り替えるつもりで声を張り上げる。


「自警団のリーダー? なんだかよくわからないですが格好いいですね! 俺はベアマークで開設したばかりのギルドで代表を務めているアレスタです。どうぞ、よろしくおねがいします!」


「アレスタ君か、こちらこそよろしく」


 出会いを記念して握手する。

 この村の自警団リーダーなら、親しくしておいて損はないだろう。


「ところで、サラさんとはどういったご関係で?」


 ぶしつけに俺が尋ねると、少し悩んでからエイクさんは答える。


「リンドルの自警団とベアマークの騎士団は昔から密接な協力関係にあってね、互いにフォローしあうような形でリンドル一帯の治安維持活動に当たっているのさ」


「はい、ですからベアマーク騎士団に入団してリンドル方面を担当することになった私は、リンドル自警団団長のエイクさんには新人のころから世話になっているのです。ええと、初めてお会いしたのは一年くらい前でした」


「なるほど」


 一年ほど前に出会い、それから自警団リーダーと騎士という間柄で今まで協力してきたのだとしたら、なるほど二人は確かな信頼関係を築くことができているのだろう。

 さっきは三匹もの魔物を同時に使役していたからいったい何者かと思って驚いてしまったけれど、サラさんが信頼を置く人物なら警戒する必要もないみたいだ。村を守る自警団のリーダーみたいだし、少なくとも危険な人物ではないだろう。


「そしてですね、アレスタさん――」


 ふふんと可愛らしく鼻を鳴らしたサラさんが、まるで隠していた自慢事を披露するかのように嬉しそうな表情を浮かべる。


「このエイクさんこそ、私が言っていた妖精などに詳しいお方なのですよ。なんと聞いてください、彼は召喚師さんなのです!」


 なぜか得意げなサラさんは軽やかなステップで戸惑うエイクさんの背後に回りこむと、その遠慮がちな背中を押して前に出す。

 どうやら俺のために見やすく紹介しているつもりらしい。

 キラキラとエイクさんの背後からオーラみたいなのが出ていると思ったら、なんとサラさんが光魔法を使ってエイクさんの体を輝かせているじゃないか。なんて芸の細かい演出だろう。

 さすがにエイクさんも照れている。


「それじゃリンドルにいるっていう妖精などに詳しいサラさんの友人って、エイクさんのことだったんだね? 彼に会いに来たってことでオッケー?」


「イエス、正解です!」


 その場でクルリと回って俺にハイタッチ、なにやらわからないけれど、とても喜んでいるみたいで微笑ましい。

 いかにも声が弾んでいるし、俺に対する言葉も砕けているみたいだし、普段が騎士として真面目な印象であるだけに、今の楽しそうな雰囲気のサラさんは年相応に可愛らしい。

 初めて彼女がニックの妹だということを実感した気がする。

 はしゃいで乱れてしまったらしい前髪を気にしながら、少し恥じらっているサラさんはエイクさんに上目遣いを向けた。


「それにしてもエイクさん、先ほど使役していたヴォルフは? 初めて見た使い魔ですけれど……」


「実は最近、本格的に召喚魔法の特訓を始めてね。新しく召喚できるようになったのさ」


「そうなんですか?」


「まあね。まで自慢できるほどではないけど。そうだ、これからちょうど家の裏庭で新しい召喚術に挑戦するところだったんだよ。よかったら君たちも来るかい? なにやら僕に聞きたいことがあるみたいだし、話があるのならそこでゆっくりしようじゃないか」


「本当ですか? ぜひお願いし……あ、アレスタさんはどうされます?」


「あはは、俺もお願いしたいかな」


 というわけで、俺とサラさんはエイクさんの家に向かうことになった。

 まずは彼が挑戦するという召喚術の見学をさせてもらって、それから肩代わり妖精のことを教えてもらおう。

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