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3 ティータイム

 その日の午後、晴天うららかに穏やかな昼下がりのことである。


「いやぁ、遅れてごめぇん」


 などと、軽い調子で言って姿を見せたのはニックだ。

 朝から風邪を引いてしまい数時間ほど寝込んでいた俺よりも、はるかに寝坊したらしいニックがようやく到着したのだ。いつもより数時間も遅れてというか、すっかり正午過ぎになってからギルドに顔を出してきた。

 いちいち時計を確認せずとも明らかな遅刻である。

 これには言葉を失ってしまうほどであり、ギルド一階の談話スペースで麗しい午後のティータイム、まったり二人で休憩を満喫していた俺とイリアスは声を合わせるしかなかった。


「「帰っていいよ」」


 いきなり口を開いて帰れとは、ここまで来たばかりのニックには悪いと思ったけれど隠しきれない本音であり、本当にこのまま帰ってもらっても本日のギルド運営に支障はない。

 そもそもこんな中途半端な時間にお呼びじゃないのだ。

 それにすっかり半日も遅刻しているのだから、少しくらい申し訳なさそうに慌てている素振りを見せてほしいところである。言い訳の言葉とともに頭を下げるわけでもなく、それどころかちっとも悪びれていないところを見ると、どうやらニックには自分が遅刻しているという自覚がないらしい。

 とりあえず俺とイリアスの二人でそっけなく対応すれば、謝るまではいかずとも少しくらい落ち込むかと思われたニック。

 けれど意外なことに満面の笑顔を見せた。


「案ずるなかれ、実は僕もティーカップを用意してきた」


 高らかに右手を掲げ、まるで俺達に向かって乾杯するように、わざわざ自宅から持ってきたらしい愛用のティーカップを見せ付けてくる。

 まさかこいつ、あえて午後のティータイムの時間を狙ってきたのか?

 まるで狙い通りだとでも言いたげに鼻を鳴らしたニックには純粋に驚くばかり、最初は怒る気でいた俺とイリアスも唖然とするしかない。


「まったくさ、本当にニックって憎めないというか、憎むのが馬鹿らしくなるよね。まともに相手にしたら負けちゃうような気がして」


「同感です。……なら仕方ないですね、私がニックに紅茶を淹れてあげましょう」


 自分の遅刻について少しも反省しないどころか、すでに半日以上も遅れていながら胸を張って笑っているニックを目の前にしてしまうと、いくら真面目なイリアスにしても真剣に怒る気力が失せてしまったのだろう。

 説教をするどころか世話を焼き、わざわざ遅れてきたニックのために紅茶を用意するために席を立つのだった。

 しかしまぁ、それも考えようによっては無理のない普通の反応なのかもしれない。いつも失敗ばかりであるニックに対して苛立つのは無意味な行動であり、毎朝地平線から日が昇ることに対して腹を立てるようなものなのだから。

 無駄なストレスをためないよう、適当にあしらうくらいがちょうどいい。

 そう思っていると、イリアスに自分のティーカップを渡したニックがなにやらクスクスと愉快そうに笑い始めた。

 なんとなく彼女のことを馬鹿にしている様子に見える。

 ニックは左手で自分の口を押さえつつ、右手でイリアスの服装を指差しながら笑いをこらえている。どうやら彼女のドレス姿が気になったらしい。


「うぷぷ、ちょっとイリアスどうしたの? 着慣れない服じゃ動きにくいんでしょ、我慢しないで着替えたら? ふふふ、無理して着飾っちゃってさぁ!」


「……そーですか」


「ちょ、ちょっとイリアス! それ紅茶じゃなくて画鋲だよね! 僕になんてものを飲ませようとするつもりなのさ!」


「あなたの血よ」


「確かに色は紅だけど茶じゃないよ! 血だよ! そして誰のだろうと血は飲みたくない、僕のならなおさらだ!」


 物騒な発言に肝を冷やしたニックだが、そもそも女性の服装に対して茶々を入れるなんて非常識だ。男の風上にも置けない言動である。血を飲む羽目になったって同情できるものじゃない。

 だから淑女であるイリアスが無礼な相手に怒るのも無理はないのだが、彼女を怒らせたニックも極度の馬鹿だから、そんな一般常識が通じないのも無理のない話だ。

 なぜイリアスの機嫌が悪くなったのか、ひょっとすると理解していないのではないだろうか。

 しかしこのまま険悪なムードを放置するわけにもいかない。ひとまず今後のギルド運営を円滑にする目的もあり、俺は二人の間に入って仲裁することにした。

 ……というか、二人がいがみ合っていると俺も気まずい。


「怒る気持ちはわかるけどね、イリアス、ニックのことだし大目に見て許してあげて。たぶんイリアスがあんまり綺麗だったから、それを馬鹿にして笑っちゃうのはニックなりの照れ隠しだよ」


 好きな子にはイタズラをしてしまうのが子供心というものであり、これまた残念なことに、ニックは精神年齢が低そうだ。

 だからこそ、いつもより綺麗になったイリアスを前にして素直に褒めることができなかったのだろう。そう思いたい。


「イリアスへの照れ隠しだって? ううん違うよアレスタ、僕が隠したのは照れなんかじゃなくて、こぼれそうになった笑いだけなんだけど……」


 クスクス笑ってたのバレてるから隠せてねぇよ。

 あまりに失礼なニックの発言に、さすがのイリアスも感情的に反応する。


「そんなにおかしいですか、私のドレス姿はそんなに滑稽ですか」


 気が付くとティーカップの中の画鋲が山盛りになっていた。彼女の怒り具合をよく表現しているような気がしてならない。

 こんなものを飲めと言われれば誰だって首を横に振り、まずは涙を呑むだろう。

 ニックもすでに涙目だった。


「ちょっとアレスタ、僕を助けて」


「自業自得だろ? 反省のためにも少しは痛い目を見ようよ」


 悲しいかな、人という生き物はきちんと反省しなければ成長も出来ない。いい機会だと思ってイリアスからきつく絞られればいい。

 さすがに少しは反省したらしく、とっさに真面目な顔を作ったニックは自分の頬を右手でつねり、そこそこの誠意を込めてイリアスに頭を下げる。


「ほら自分で痛い目を見ました。これで許してよイリアス」


 アホか。

 自分で自分のことを痛めつけたところで彼女にとって許せるような話でもない。たまりにたまった日ごろの鬱憤を全部含めて晴らしたいイリアスは、おびえているニックの顔へと指を突きつけた。


「わかりましたニック、あなたにはこの依頼をお願いしましょう」


「え、依頼?」


「そうです、それで今までの失態はすべて帳消しです。……というよりニック、あなたも少しは役に立ちなさい」


「え、いつも役に立っているよね?」


 んなわけないだろ。

 否定するつもりでイリアスは鼻で笑い、ニックのうぬぼれた発言を聞き流した。

 そして彼に任せる依頼についての説明が始まる。


「あなたに任せたいのは先ほど雑貨屋のホリディさんから受けた依頼で、顧客である各家庭への商品配達です。今日一日町を走り回って心身ともに鍛えなさい」


「うへぇ。無理かも」


 ただの配達でそこまで落胆しないでほしい。

 ニックの反応にストレスをためつつもイリアスは舌打ちを飲み込んで、冷静に言葉を続けた。


「詳しい依頼内容は先方でしていただけるそうなので、あなたは四の五の言わず早く行きなさい。仮にも町の治安を守るべき騎士の一人だったのです、ちゃんと場所は把握していますよね?」


「え、でもさ、僕のティータイムは?」


「ふふ、必要だったら淹れていますよ~」


 ――ジャラジャラジャラ。


「ちょっとイリアスさっ! それは明からに画鋲を盛っている音だよね!」


「飲みますか、それとも今すぐ行きますか?」


「もちろん行ってきます!」


 きらりと輝く針の山を見せ付けられてしまえば効果歴然なのか、自分の命を大切にする常識人なら彼女の脅迫的な質問に対して深く考えるまでもない。ピンと背筋を伸ばしたニックは敬礼とともに即答すると、逃げるように外へ飛び出すのだった。

 いつもそれくらいやる気と行動力があればいいのにな。

 するとニックという騒ぎの元凶が消え去ったからであろう、ギルド内にも落ち着いた静けさが戻る。少し室内にふわふわと埃が舞っていたが気にしない。穏やかな時間となれば、優雅な午後のティータイムを再開するにはちょうどいいだろう。

 俺はすっかり冷めてしまった紅茶をすすりつつ、苦笑して言った。


「あんまりニックをいじめるのはかわいそうだよ」


「そんなことよりアレスタさん、正直に教えてください。私の服はそんなにおかしいですか?」


 今さらになって自分が着ているシルクのドレス姿が恥ずかしく思えてきたのか、薄い紅茶のように赤く頬を染めたイリアスは何かから隠れるように身をよじる。


「そんなことないけど、もしかして気にしているの?」


「あんなふうに笑われてしまったんです、私としては当たり前にショックですよ」


 相手が審美眼のなさそうなニックとはいえ、折角のドレス姿を笑われたからには本当にショックなのだろう。うつむいたイリアスは悲しげに肩を落とした。

 そう落胆されると美貌が憂いで翳ってしまい、それを見ていられなかった俺はなんとか彼女を励まそうと思った。


「大丈夫、俺の目にはイリアスって服装を気にする必要もなく、いつだって素敵に映っているからさ。そもそもニックの言葉を真に受けちゃ駄目だよ、あいつ馬鹿だから」


「……それもそうですね」


 いくらなんでも「あいつ馬鹿だから」なんて、この場にいないニックには本当にひどいことを言ってしまったけれど、その甲斐あって渋々ながらイリアスも一応納得してくれたようだ。落ち込んでいた表情を持ち上げると、照れくさそうに微笑んでくれた。

 万全とはいえないけれど、どうやら少しは自信を取り戻してくれたらしい。

 ついでだから念のために友人のプライドも取り戻してあげよう。ここにはいないけど配慮は大事だ。


「まぁ、ニックだって悪い奴じゃないのは確かなんだけど」


 むしろ本音を言えば、ちょっと馬鹿にしつつも俺は心から感謝しているのだ。いつも賑やかなニックのおかげで寂しい思いをせずにいられるのだから助かっている。

 もっとしっかりしてくれと思うのは否定できない事実だが、あまり言いすぎると自分にも返ってきかねない。


「……でね、イリアスは文句なしに良い人だよ。いくら感謝したって足りません」


 俺はイリアスに向かって深々と頭を下げた。

 なにしろ彼女には何度も危ないところを助けてもらっている。そしてギルドなんていう俺一人じゃ絶対に運営できないものも、こうして嫌な顔一つせず親切にも手伝ってくれているのだ。

 もしも彼女と出会えていなければ、今頃ほぼ確実に俺の命はなかったことだろう。仮に自分ひとりの力で生きながらえたとして、今のようにのんきな顔して笑っていられた可能性も低い。

 ところが当のイリアスといえば、俺の感謝を笑顔で受け取ってはくれなかった。

 静かに口を閉ざして申し訳なさそうに唇を噛み締め、こちらから視線をそらすように目を伏せてしまうのだった。

 ただならぬ様子であり、かろうじて伺える表情は何かに苦しんでいるようにも見えた。物憂げな彼女の姿を見ていると心がチクチクと痛み、無視するわけにもいかず俺は心配して尋ねた。


「どうしたの? もしかして俺の風邪が移っちゃった?」


「いえ――」


 それからイリアスが続けて何かを言おうとしたそのとき、遠慮がちではあったが、彼女の言葉を制するように入り口の扉が開いた。

 驚いた俺たちは会話を中断し、そろって扉へと顔を向ける。

 ニックにしては帰りが早すぎる。おそらく別の来客だろう。


「失礼します」


「あ、サラさん」


 ギルドに一歩足を踏み入れるなり丁寧に頭を下げている人物はニックの妹、ベアマーク騎士のサラさんだった。

 事前に連絡はなかったはずだから、ギルド運営に関する重要な話があるとか、そういう用件じゃないのかもしれない。


「いらっしゃい、紅茶を用意するから座って」


 すっかり気を取り直したらしいイリアスが立ち上がり、来客であるサラさんに紅茶を淹れるため席を外した。身にまとったシルクドレスの裾が風にたなびき、舞い上がって覗いた素足は細くつややかに存在感を放つ。

 そのまま部屋の奥へと向かうイリアスの背中を無意識に目で追っていると、いつの間にかサラさんがソファに座る俺の側に立っていた。

 ふと顔を上げ、どこか困ったような顔で笑う彼女に声を掛ける。


「とりあえず座ったら?」


「ありがとうございます」


 ぺこりと小さく一礼して、少し緊張した動作で彼女は向かいの席に腰を下ろした。座るために俺の許可を待っていたらしい。律儀なものである。

 思えばこうしてサラさんと二人きりになるのは初めてのことだ。おしゃべりなタイプでもないらしい彼女も俺と顔を合わせたところで何を話していいかわからず、イリアスに負けず劣らずな真面目さゆえに、すっかり恐縮して固くなっているのだろう。

 確かサラさんは俺よりも二つほど年下だったそうだから、ここは年長者らしく、緊張を隠しきれない彼女のためにも俺が会話の流れをリードしてあげたいものであるし、そもそも女性に気を遣わせるものではない。


「あはは、さっきまでニックがいたんだけどね」


 だが悲しいかな、サラさんと打ち解けるために考えた共通の話題として思い浮かんだのは、あろうことかニックという存在のみだった。


「あの、今はどちらに?」


「ついさっき依頼の件で町に出かけたよ」


「そうですか。うう、不安ですね」


 頼りない兄の身を案じる妹というと聞こえはいいが、この状況で彼女が心配しているのは依頼人のほうである。

 なにしろニックが問題を起こさず無事に依頼を解決するとは思えないからであり、十中八九の確率で大切な依頼人に迷惑をかけるだろうと予想できたからだ。


「……俺も不安になってきた」


 もしもニックが依頼先で失敗でもしようものなら、たちどころにギルドの評判までもが落ちてしまう。それは今後もギルド運営によって生計を立てる予定である俺には死活問題だ。

 祈ったところで祝福を受けそうにないニックには効果がなさそうで、もはや頭を抱えるしかない。


「ふふ、お互い苦労しますね」


「それでもサラさんほどじゃないよ。なにしろニックの妹だもんね、なんか可哀想」


「あはは……」


 返答に困ったように苦笑したサラさんは、ぴたりと合わせた両手を閉じた両足の間に突っ込むと、そのまま丸くなるように小さくなってしまう。ニックの話題になって恥ずかしがっているというか、返す言葉が見つからない様子でちょっと気まずそうだった。

 詳しく兄妹の事情を知りもしないのに可哀想だとか、そんなことを言ってしまったのは無神経だったかもしれない。

 彼女の冴えない反応に己の失態を気がつかされた俺は、慌てて言葉を継ぎ足した。


「ごめん、変な意味で言ったんじゃなくて、その……」


「あ、いえ。わかります」


 うつむくようにあごを下げると少しだけ前傾姿勢になり、垂れた前髪でサラさんの表情が隠れてしまう。


「実を言いますと、私は何をするにも失敗続きで落ち込んでばかりいた兄のことがずっと心配でした。ですが最近はなにやら楽しそうでしたので、とても安心していたのです。皆さんに迷惑をかけてしまっているのが妹としては気がかりですが……」


 ちらりと覗き見るように、いかにも申し訳ないといったように俺の顔を確認してきた彼女。

 そんなことはないと、俺は笑顔で答えようとした。

 ところが横から割り込まれてしまう。


「その点は安心しても大丈夫よ」


「イ、イリアス先輩!」


 突然会話に口を挟んできたイリアスの登場に驚いたのだろう、沈みがちだったサラさんはその場で飛び上がるように姿勢を正した。


「はい、紅茶どうぞ。……ねぇサラ、いくら私が先輩だったからって、そんなに気を張る必要はないんじゃない? 私はもう騎士じゃないのだし」


「あ、ありがとうございます! おいしく頂かせていただきます、イリアス先輩っ!」


「だからほら、もう少し気楽にね……」


 紅茶をテーブルの上に置いたイリアスは一度ソファの後ろに回り、かしこまった姿勢を保つサラさんの肩に手を乗せると、そのまま揉むようにして落ち着かせる。

 おそらく根っからの生真面目な性格であるサラさんにしてみれば、今はギルドメンバーとしてこうしているけれど、ほんの少し前までイリアスは騎士の隊長を務めていたそうだから、やはり自然と緊張してしまうような先輩なのだろう。

 かつての上司から肩を揉まれては落ち着くどころか、逆に緊張してカチコチに固まっているようだった。なんだか見ていられない。


「イリアスも隣に座ったら? そのほうがサラさんも気が休まると思うけど」


「肩が凝っているようだけど、大丈夫?」


「お、お気遣いなく!」


 必要以上に格式ばった返答に小さく肩を揺らすと、イリアスはそれ以上サラさんの肩を揉み続けることを諦め、しおらしく優雅な動作でソファに腰を下ろした。もちろんサラさんの隣である。

 それでも肩を揉まれ続けることがないと少しだけ安心したのか、ホッと息を吐き出したサラさんは年相応に可愛かった。

 とりあえずこのまま彼女には気を落ち着かせてもらおうと、俺はサラさんに紅茶を飲むように右手で促した。大通りで買った安物だけど庶民的な味でおいしいはずだ。心を休ませるためには、これくらいの紅茶がかえってふさわしい。

 イリアスは俺の分まで紅茶を用意してくれていたので、それからしばらく三人でティータイム。

 まったりと穏やかな時間が過ぎた。


「ねぇサラ、最近の調子はどう? 問題はない?」


「あぁ、はい。気になる情報はいくつかありますが、大きな問題は特にありません」


「それはよかった。ふふ、どうやらサラも隊長の責務に慣れてきたみたいね」


「いえいえ、イリアス先輩にはとてもかないません」


 かつては隊長として一部隊を率いていたのだ。自分の古巣として、イリアスも色々と騎士団の状況が気がかりなのだろう。

 しかし兄なんかとは比べ物にならないくらい優秀なサラさんのことだ、わざわざ俺たちが心配する必要もないに違いない。

 などと考えていたところで、俺はある点が気になった。


「隊長? サラさんが隊長なの?」


 確か彼女の年齢は俺よりも二つ下だったはず。

 その若さで隊長だって?


「そうですよ、アレスタさん。サラは辞職した私の後を引き継いだのよね?」


「はい、領主様の命令です」


 十六歳の若さで一部隊の隊長になったという異例の昇進に驚いていると、おずおずと恐縮したサラさんに代わってイリアスが説明してくれた。


「この町の領主様はですね、他人には左右されない独自の考え方を持つ人であって、個人の成績よりも、その性格や信念を評価基準としているらしいのです。だから帝国では一番、騎士の採用基準が不明であるとか言われていて、ベアマークの騎士になるのは成績的には簡単だが人間的に難しいって、騎士の間じゃ有名なんですよ」


「そうなのかぁ……」


 風のうわさに聞いたところによると、ベアマーク騎士団の入団試験は領主の意向により、実技試験や筆記試験の成績ではなく、数字では計りにくい面接試験などの結果を優先しているらしい。

 帝国でも有数の高度魔法化都市であるベアマークを組織的に守っていく騎士団の一員になる以上、騎士個人の魔法適性や身体能力より、それらを決して悪用しない強い精神性を求めているからなのだろう。

 他にも深い考えがありそうなものではあるが、より詳しい事情は今度機会があれば領主に聞いてみよう。まともに答えてくれるかどうかわからないけれど。


「だからこそ失敗ばかりの兄さんも、ここでは騎士になれたのですが」


 サラさんが言うように、失敗ばかりのニックがベアマーク騎士団の一員になれたのも、全ては領主の特殊な採用基準のおかげである。

 なにしろ一般的な入団試験の結果を見れば、力量不足のニックは不合格に決まっている。

 帝都にある騎士学校をなんとか卒業したというニックは、年少のころから目標としていた帝都の騎士団試験に落ち、最後の可能性として受けた故郷ベアマークの騎士団試験に運よく合格したとのことらしい。

 そんなニックも結果として解雇されて正規の騎士職を失い、今ではたった一人の領主私設騎士団なのだけれど。しかもその任務が俺の監視だというのだから泣けてくる。

 俺が目を伏せたのを意味深に受け取ってしまったのか、真面目なものになっていた話題を切り替えるように、イリアスが隣のサラさんに向かって視線を投げかける。


「そうだ、サラなら知っているんじゃない?」


「知っているって、何をですか?」


「肩代わり妖精のこと」


「あぁ、それなら」


 お役に立てるでしょうと、少しだけ得意げにサラさんはうなずいた。


「巡回先のリンドルで聞いたことがあります。ちょうど村には妖精などに詳しい友人もいますので、よかったら私が詳しい話を尋ねてきましょうか?」


 リンドルといえば、ベアマークに近い農村だったはずだ。

 向かう道中では山賊に襲われたりしてあまりいい思い出がないけれど、サツキさんたちと一緒に俺も行ったことがある。

 友人に詳しい話を尋ねてきてくれると申し出てくれた彼女だったが、個人的にも思うところあり、俺はサラさんに頭を下げた。


「いや、出来れば俺も一緒に村まで行かせてくれないかな?」


「アレスタさんもですか?」


「うん。もう一度あの妖精に会ってさ、ちゃんとお礼を伝えたいんだ」


 俺の風邪を治してくれたあの妖精。

 このまま自分の口からお礼も言えないままでいるなんて、やっぱり俺には我慢ならなかったのである。

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