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15 終わりと、これから

 その後あっさりと負けを認めたカーターと話をしてみると、実際に暗示魔法を用いて騎士団のクーデターを企てていたことが判明した。

 しかもあの変態店主……じゃなくて情報屋の言っていた通り、カーターは反魔法連盟の内部で新しく計画を立てられていた、帝国の各地に点在する町や村などを標的とした連続テロ作戦の首謀者であった。

 その実行に関しては巧みに暗示魔法を使用しながら事実を改変し、まるでカーター自身が英雄であるかのように振る舞って人々を騙しながら、無自覚な民衆をも味方につけようと目論んでいたらしい。

 しかしカーターの供述が真実なら、各地に潜伏する反魔法連盟の残党も一斉に検挙できるのだそうだ。

 主義者の中には役人や騎士などが存在して、本来なら人々の生活を守るべき立場の人間にも反魔法連盟の魔の手は忍び込んでおり、この件が想像以上に尾を引く心配がありそうだが、それはイリアスのような騎士を含め、真に民衆のことを思いやる人間が解決してくれることだろう。

 ニックも努力しろ。

 はじめのうちは自ら暗示魔法を解除することに難色を示していたカーターだったが、俺とイリアスの執拗なまでの説得に延々と付き合わされ、ついには呆れつつではあったが全ての暗示を解くのだった。

 その時カーターが見せた苦笑、まるで憑き物がとれたかのように澄んだ目は、彼を育ての親として十年ともに暮らしてきた俺にとっても印象的なものだった。


「いやーん、ごめんねぇ。まさか私が暗示魔法なんかにかかっちゃうなんて思ってもみなかったなぁ。でもイリアスちゃん、私は君を信じていたよー!」


 とは、カーターによる暗示魔法が解けて一通りの説明を受けた領主の、イリアスに向かって発せられた第一声である。

 なんとも軽い。暗示魔法で操られていたとはいえ、命令によって人を投獄しかかった人間の言葉とは思えないほどに軽すぎた。そもそもイリアスに対する賛辞ばかりで、捕らえようとした俺に対しては謝罪が一切なかった。

 しかし気にしないほうがいいだろう。イリアスに対する領主の態度が近くで見ているだけでも引くくらい気持ち悪かったのだ。

 ゆえに悪影響を受けてしまうことを恐れた俺は領主に対して文句も言わず、逃げるようにそっと立ち去らせてもらうことにしたので、それ以上の詳しいことは知らない。

 まぁ領主が元気そうで何よりだ。幸いなことに他の騎士も無事だったらしい。

 ところでカーターによる暗示魔法の一件がベアマークの高度魔法化都市計画に影響を与えかねないかと心配されたのだが、領主は意外にも有能で敏腕な人物だったようで、今回のような魔法攻撃への防衛力を高めるためにも、都市の構造的な魔法化は必要不可欠だと高度魔法化計画への反対派を屈服させてしまったのだった。

 魔法それ自体には物理法則同様に罪がない。善悪を定めるのは、それを使う人間次第だということだろう。

 噂によれば町の人々も領主の決定に好意的だそうで、来年の記念祭は今年以上の賑わいになりそうだ。


「お前らひどいぞ! なんか俺、危うく処刑台に連れてかれるところだったんだぜ!」


 とは、事件の後も牢獄の中に忘れ去られていたサツキさんの悲痛な叫びである。

 慌てた様子のニックに引き連れられてサツキさんを迎えに行ったとき、待ちくたびれていた彼は牢屋の隅ですっかりいじけており、「どうせ俺なんか最後には蚊帳の外だよ……」とぶつぶつ寂しそうに呟いていたので非常に声が掛けづらかった。

 しかしサツキさんは基本的に優しい人なので、すぐにそれも笑い話にしてくれるのでありがたかった。エフランチェ共和国から逃げ延びて、右も左もわからないデウロピア帝国に来た俺が、あのとき最初に出会ったのがサツキさんで本当によかったと思う。

 その点だけは運命に感謝だ。


「あー、俺はしばらくここでいいや。義賊として俺が危険視していたカーターや忍び込んだ家の役人が本当に悪人だったとはいえ、そのためにやってきた行為は山賊となんら変わりないからな。これからも義賊を名乗り続けていく以上、俺はその事に対する罰をきちんと受けることにするぜ。お前にも悪かったな、殺しかけちゃったことは謝るぜ。

 だからさ、俺がしばらくここにいるってこと、俺の可愛い部下たちにはお前から伝えといてくれよ?」


 とは、牢獄の中で謎の決めポーズ(もちろん、そのポーズは魔法の八本腕を駆使している)を披露しながら発せられたデッシュの言葉である。

 サツキさんやニックが言うところによると、なんと彼の正体は義賊らしい。

 ただの空き巣にしか見えなかったデッシュの悪事をとがめた俺に向かって八本の刃を向けてきたのも、自らの正義を信じた結果なのだという。正義や信念のためとはいえ、事情もわからず殺されかけられた俺にしてみれば義賊も山賊も変わりない気がするが、まぁ許した。

 けれどデッシュにしろ、俺の父であるカーターにしろ、己の理念のために過激な手段を用いてしまう行為には共感することが出来ない。

 いかなる思いを胸に秘めているとはいえ、その実現のために誰かを傷つけるような真似は駄目だろう。

 その点に関しては、十年前に帝都を襲撃したというサツキさんにも言いたいことが何もなかったと言えば嘘になるが、今はまだ切り出すタイミングを見つけられない。いつかサツキさんからこのことを話してくれるようになったとき、俺はその話を最後まで聞き届けることにしよう。

 それまでは今までの通り、仲良くさせてもらうつもりでいる。

 さて、話題は義賊デッシュのことに戻らせてもらうが、なにしろ俺とは出会いのタイミングや最初の印象があまりに最悪だったので、ついに彼がいい人間なのか悪い人間なのかわからなかった。

 けれどその一方で、それでもいつか地下牢から釈放されたデッシュと再びどこかで出会うことがあったなら、サツキさんと同じように友情が芽生えそうで怖い。

 その場合には間違いない、絶対にデッシュは俺の悪友になりそうだ。

 ちなみにリンドルへ向かう道中に出現する例の山賊三人組については、手配されたものの未だにつかまっていないそうだ。風の噂に聞いた話によると、よく林道を通りかかった人々を襲撃してはいるものの、あの三人はそもそも仲間内でさえ足並みが揃っておらず襲撃はいつも未遂して、被害らしい被害が報告されていないらしい。

 この調子だと巡回を強化した騎士によって捕縛されることを待つまでもなく、仲間割れを引き起こして解散してしまうほうが早いのかもしれない。

 それから最後にこれだけ、カーターに関する情報を俺に教えてくれた情報屋の変態店主の言葉も記しておこう。


「な? アレスタよ、俺の情報は正しかっただろ? これからも情報が必要になったら俺を頼るがいいさ。それが俺の仕事だからな。もちろん、そのときは金の準備を怠るなよ。

 ……あれ? そういえば今回お前から情報料もらったっけ? まぁいいか。

 それよりさ、サツキ以外には俺の正体が情報屋だってことしゃべるんじゃないぞ。特に騎士の連中にだけは内緒だぞ、取り締まられたらたまったもんじゃないからな。だがまぁ、あのイリアスとかいった女騎士だけは俺の正体に勘付いていたような気もするけどな」


 あのときは無料でいいと言われたが、後になって今回の情報料を請求してくる可能性もあるので、俺はあまり情報屋には長居しないことに決めている。







 数日後のことである。

 とりあえずの懸念事項について一件落着を迎えた俺はサツキさんとともに、イリアスとニックの騎士二人に引き連れられ、城の地下牢に足を運ぶことになった。

 もちろんそれは自分から幽閉されるためではない。カーターとの面会が許されたからである。

 地下牢へ続く階段の途中にて、暇つぶしがてら口を開いてみる。


「そういえば疑問なんだけど、ニックはどうしてカーターの暗示魔法が効かなかったんだろう? そういうのってさ、なんかニックが一番にやられそうなのに」


 こう言っちゃ悪いが、失敗ばかりのニックにしては今回の事件に関して上手いこと切り抜けていた気がする。

 ニックのことだから一番に暗示魔法で操られてカーターの手下となり、監視役として同行しつつ俺やサツキさんを近場から引っ掻き回していそうなのだが、意外にもただの一度たりともカーターの暗示魔法に操られた形跡はなかった。

 もしやニックは見かけによらず、その内面にすごい魔力を秘めていたのか?


「ん? ああ、それはきっと僕が普段から人の目を見て話さないからだよ。カーターの暗示魔法って、相手の目を見ながらじゃないと効果がないんだよね? ふふ、基本的に人の話を真面目に聞こうとしない僕には暗示魔法もかけようがなかったのさ、そもそも相手と目を合わせないからね。どうだいすごいだろう?」


「威張っているところ悪いけど、それはもはや騎士としての訓練以前に常識から叩きなおしたほうがいいよ……。いや本当、こればっかりはカーターもついてなかったなぁ。ニックを相手にしちゃ暗示魔法もおしまいさ」


 そんな俺の言葉に合わせるように、イリアスもニックへ一言。


「人の話を真面目に聞かないどころかニック、あなたはむしろ意識的にカーターから目をそらしていたような気がしましたが……」


「あ、カーターの場合は怖くって、いつも以上に目をそらしてしまったことも否定できないね。それにリンドルの村の人々からは英雄扱いされていて、出来損ないの騎士である僕は嫉妬しちゃって顔を見たくなかったってこともあるかな」


「おいおい……」


 さすがのサツキさんもあきれ果てて言葉がないようだ。

 会話をする相手の顔も見ないなんて非常識だが、ニックはそれでちゃんと騎士の仕事が勤まっているのだろうか?

 いや考えるまでもない、よく思い出してみたらニックは俺たちと出会う前から失敗ばかりだったらしいな。まぁ、そうだろう。


「ええと、もうニックのことは残念ながら諦めることとして……。それより、こうしてサツキさんも一緒にきてくれることになるとは思っていませんでしたよ」


「そうか? ……いや、そうだろうな、お前らは俺を一人だけのけ者にするのが好きみたいだし」


 サツキさんは不服らしく、顔を横にそむけると口をすぼめてしまった。

 ひょっとして牢獄に置き去りにしていたことを根に持っていたりするのだろうか。


「違いますってサツキさん! あの件に関して、俺はサツキさんにすごく感謝しているんです。だって牢獄に入れられそうになった俺の身代わりになって……といいますか、あの状況で俺を助けてくれたことには変わりないんですからね!」


「あーあ、こんなことならお前を助けず、無理をしてでも自分ひとりでカーターを止めに行きゃよかった」


「ごめんなさいサツキさん、落ち込まないで!」


 まさかこんなにサツキさんがメンタル弱いとは知らなかった。ふらふらと壁に寄りかかり、今にも背を向けたまま壁際に座り込んでしまいそうだ。

 どうやって励まそうかと頭を抱えていると、イリアスが毅然と声を張り上げる。


「みなさん静かに! ここは彼とカーターを真剣に向き合わせるべきでは!」


「……それもそうだな。ほらアレスタ、俺のことはいいから行って来い」


「はい」


 にぎやかにしゃべっているうちにたどり着いていたのであろう、俺の目線の先にはカーターが閉じ込められた牢があった。

 現実から逃げてばかりもいられない。俺は足を踏み出す。

 それは柵越しの対面である。最初に口を開いたのはカーターだった。


「アレスタか。……ふふ、真に英雄たるべきは反魔法連盟に属する私ではなく、治癒魔法を使えるお前のほうだったのかもしれないな」


 その投げやりな言葉には同調できない。否定のため俺は首を横に振る。


「治癒魔法なんて使えなくても、それほどの能力や信念があるのなら、やり方さえ違えば父さん、いや、カーターは十分英雄になれただろうに」


 それに対して治癒魔法らしい魔法が使える俺には、カーターとは比べ物にならないくらい英雄の気質がない。自分が一体何を考えて何を目標としているのかさえ、正確に自覚しているわけではない。

 なのに、どうしてカーターは他のやり方を見つけられなかったのか。

 どうして父さんは道を違えてしまったのか。


「なにも私は英雄になりたいわけではなかった。ただ事実として、この身に野望があっただけなのだ」


「野望?」


 息子として尋ねずにはいられない。俺が話すように促すと、カーターは口を開いた。


「そもそも私が反魔法連盟に入ったのは、復讐と世直しのためだった」


「その話、できれば俺にも聞かせてよ」


「構わないさ、この際だから聞いてくれ。私の両親はとある魔法使いによって無残な姿となって殺された。そしてその犯人は逃亡したまま、未だに捕まっていない。政府の連中は言葉ばかりで、魔法使い相手に何一つできなかったんだ」


「そうだったのか……。それは、つらいよね」


「そして私はいつからだろう、次第にすべての魔法使いを憎むようになっていた。そして私はいつのことだろう、次第に何も出来ない無能な政府がいらだたしく思えてきた。そして何より、具体的に何も出来ない自分自身がふがいなく思えてならなかった」


 カーターは歯を食いしばり、悔しそうに眉をひそめながら、続ける。


「だからこそ、私は何か意味ある行動をせずにはいられなかった。我ながら憎々しいとさえ思えるが、暗示魔法を使っている時の私は、もはや自分自身のことをも世界の敵として、否定しながらも客観的に認めることができたんだ。

 だからこそだろう。反魔法連盟に所属してさえいれば、正義を忘れて、苦しむことも悩むこともなかった。ただ物言わぬ機械のように、目的に向かって邁進するだけで救われていたんだ。……アレスタ、お前と過ごしてきた十年間も、そんな無感動な時間の一部に過ぎなかった」


「それでさ、カーター、父さんは本当に救われていたの?」


「そうだな……。お前があの時、この私に向かって、自分の言葉で自分に向かって問いかけてみろと言ったとき、私は不思議と思い止まってしまったんだ。

 もはや誰一人として、何一つとして、私の信念を否定することも止めることもできなかったのに。それなのに自分自身である私だけは、自らの意志で私の行動を止めてしまうことができてしまったんだよ。本当は自分のことが大嫌いな、私だけは。獅子身中の虫とは、このことかもしれないな」


 そう言ったカーターは、自虐的に薄ら笑いを浮かべていた。

 そんな顔を見ると黙っていられない。悪人であれ家族として過ごしてきた男だ。心配になった俺は思わずカーターを励ましたくなってしまう。


「ねぇカーター、父さんには本当の意味での仲間とかいないんじゃない? いろんな知り合いをたくさん作って、もっと他の生き方を知るべきだったんだよ。俺はこうして共和国を出て初めて気が付かされたけど、いろんなことを見聞きするたびに、いかに自分が物事を知らないのか思い知らされるよ。どんなに自分が狭い視野で物事を認識しようとしているのか、まずはそれを認めないと駄目だ」


「本物の仲間か……。私には多くの同士がいたが、それは確かに思い当たらない」


「父さんの同士というと、反魔法連盟だっけ? それってさ、たぶん父さんの暗示魔法が都合よく利用されていただけじゃないの?」


「そうかもしれないな、それは否定しない。むしろ私とて、同士である彼らを存分に利用して生きてきたのだから」


 そう呟いたカーターの目は、どこか寂しげに見えた。

 おそらく何か言葉にできない思うものがあるのだろう。


「……そっか」


「……そうだ」


 そして親子ともども続ける話題が見つからず気まずげに沈黙してしまうと、それを破るかのように背後から足音が響いてくる。

 振り返れば明るくも批判的な声がする。それはサツキさんだった。


「それよりカーター、お前はアレスタに謝ってやれよ。十年前の行動は結果的に帝都からアレスタを助けたことにつながるだろうが、今回のことはさすがに庇いきれないぜ」


 苦々しく目を伏せたカーターは気まずそうに顔を横にそらす。


「私がアレスタに謝るだと? まるで必要性を感じないな」


「必要性を感じないだって?」


「ああ。それは自分の過ちを認める、つまりは自分の信念を否定することにつながってしまうからな」


「間違ってたんだ否定しろ」


 反魔法連盟の元幹部であるカーターを相手にしても容赦しないサツキさん。本当に肝が据わっている。

 そんな堂々たるサツキさんに屈したのか、カーターは答える。


「正直に言えば私は、自分の信念が間違っているとは思わない。……こんな状況になった今だって、私は自分が今までやって来たすべてのことに自信と確信をもっていて、どうしても心の底から自分が悪いとは思い切れない部分がある」


 しかし、と続ける言葉。その目は俺を、真っ直ぐに射抜いていた。


「それでも、私が暗示魔法を用いて自分にとって都合のよいように他者の意志を歪めてきたことも事実だ。治癒魔法を使えないまま英雄の名を利用しようとしたことについては、頭を下げる必要があるだろう。

 ……すまない」


「おお、本当にあのカーターが頭を下げたぞ」


「ちょうどよかった! その流れで僕にも謝っておくれよ! 僕にだって騎士としてのメンツってものがあるからさ、ついでだしいいじゃないか、ね? ね!」


 サツキさんは驚き、ニックは満面の笑みで頭を下げたままのカーターに近寄っていく。カーターの暗示魔法には騎士であったニックも色々と気をもまされたのだろうから、こうして自分の非を認めるカーターの態度が嬉しいのだろう。


「あなたは黙っていなさい、ニック。見苦しいですよ」


「うぐ……。イリアスがそう言うのなら、仕方ないね」


 子供のように喜んでいたニックもイリアスに恐れをなし、しぶしぶ後ろへと下がった。記念祭の日に受けた説教でも思い出しているのだろう。それは好都合だな、思い出すたびにおとなしくなるなら今後も忘れるなニック。

 さて、それでは俺もカーターの謝罪に反応しておこう。


「だけどね、父さん。今のままだったら絶対に本当の意味での反省も、罪の償いもできないと思うよ」


「罪の償いか……。だが私は自身が行ってきたこと全てに誇りを持っている。敗北を喫した今でさえ、後悔の一つもない。もしこれが過ちなら、私は死をもって受け入れよう。それだけの覚悟はこの道を歩むと決めた瞬間から――」


「打ちひしがれているところを悪いけどさ、俺は父さんを死なせたくないんだ。言ったよね? 俺は自分の理想のためだけに誰も犠牲にしないって。それはカーター、父さんも一緒だから勘違いしないでほしい。いつか絶対に父さんすら立ち直らせてみせるから。まともな人間としてやり直させる。……だからね、俺と一緒に考え直そう」


「私が立ち直る? アレスタ、お前と?」


「もちろん反省はしてもらうし、過去の罪が明らかになれば、すぐには許されないこともあるだろうね。……でもさ、もしそうなったときは俺と一緒にでも人々のために何か行動していこう。誰かを犠牲にしたり、自分のやり方を押し付けたりせずにさ」


 その俺の言葉に、カーターは何も答えなかった。

 カーターはイリアスとの斬り合いの中で体に深い傷を負っていたらしく、それが未だに完治していないのか、痛々しそうに顔をしかめたばかりだった。

 その姿を見て、治癒魔法に助けられていた自分の幸せに改めて気がつかされる。


「俺の治癒魔法は未熟で自分以外に対しては使えないんだ。けれど、怪我をしているっていっても父さんには必要ないよね? そのくらいの傷、俺に与えた痛みに比べたら平気だろう?」


「……私の暗示魔法よりも未熟な魔法だな」


「ああ、そうだね。それでも俺はさ、いつか誰かのために役立てて見せるよ」


 今はまだ、自分のことしか救えない未熟な治癒魔法だけど。

 いつかきっと、俺はこの力で多くの人々を救えるようになりたい。

 結果として父を乗り越えた今、俺は心からそう思った。







 そろって地下牢を出た俺たちは、途中でイリアスとニックの二人と別れた。なにやら領主に用事があるとのことだったが、俺とサツキさんは今さら領主に会う用事もない。

 ひとまず変態店主の店にでも顔を出しておこう。

 そう決めた俺とサツキさんは二人で彼のもとへと向かった。


「いやぁサツキ、しかし災難だったなぁ!」


「本当だぜ、その通りだ。興味本位でアレスタを拾ったら厄介なことに巻き込まれまくった。もう人助けなんてこりごりだぞ」


「ははっ、アレスタが記憶喪失の美少女だったらよかったのになぁ。もしアレスタが世界で唯一の治癒魔法を使える記憶喪失の健気なヒロインだったなら、サツキ、彼女を守るお前は物語の主人公になれたぜ?」


「まぁ、俺はもうヒーローやヒロインには興味もないさ……。だが治癒魔法か。やっぱりそれって色々と期待してしまうよな」


 などと、サツキさんと店主は俺を無視して俺についての話題を長々と繰り広げた。

 おそらく冗談だろうが、まるで俺のことを厄介者扱いし始めたサツキさんには悲しくなるばかりだったけれど、俺の落ち込んだ雰囲気が二人に伝わったのか、まるで俺を励ますかのようにサツキさんは優しく語り掛けてきた。


「安心しろってアレスタ。責任までは持てないし持ちたくないのが本音だが、お前が新しい生き方を見つけるくらいまでは一緒にいてやっからよ」


「本当ですか、サツキさん? それはありがたいです、お世話になります」


「くっくっく、なおさらお前らのどっちかが美少女だったら泣ける展開だったのにな!」


「黙れ、この変態!」


 サツキさんはたまらず店主をビシバシと平手打ちした。店主の頬は赤く染まって痛々しいものになり、ちょっとやりすぎではないかと思ったが同情はしない。

 変態らしいし、それくらいでちょうどいい。


「おいサツキちょっと待ってくれって、そんなに悔しがるなって! お前もいつかきっと報われるからさ!」


「余計なお世話だ、この野郎! もう帰る!」


 叩かれつつも店主が相変わらず笑い続けるのが気に食わなかったのか、サツキさんは怒りをむき出しにしてそのまま店を飛び出してしまう。

 反応が遅れた俺は慌ててその姿を追いかけて店の外へ。

 だがサツキさんは店先で俺のことを待っていてくれたらしく、振り返って手招いていて、ひとまず置いていかれる心配のなくなった俺は安心して立ち止まった。


「それにしてもサツキさん、これから俺はどうしたらいいのでしょう? 今のところ帝国には俺が住むような場所もないし、お金がないけれど、生活のために何をしたらいいのかもよくわからないんですが」


「あん? そうだなぁ……。たとえば俺の家だとスペースはあるから泊めてやることくらい大丈夫だけど、この町から遠いから生活には何かと不便だろうな。お前が自分の過去やら、治癒魔法やらについての情報を集めたいのなら、当面の間はこの町に居を構えたほうがいいと思うぜ」


「そうですよね……」


 二人そろって悩ましく首をかしげていた俺たちに、ふと声が掛けられる。


「おや、ちょうどよかったかもしれませんね。お二人とも何かお困りですか?」


「あれ、誰かと思ったらイリアスじゃないか。……ついでにニックも」


「いつまでも僕って誰かのついでなんだね……」


「で、どうしたんだ? 騎士が二人そろってこんなところまで、俺たちに用事か?」


「ああ、そのことですけれど……」


 と、言いにくそうにイリアスは言葉を続ける。


「私はつい先ほど領主に辞表を提出してきましたので、もはや騎士ではありません」


「……え?」


 あっけにとられた俺がポカンとした表情を見せると、イリアスは説明するように語りだした。


「あのカーターでさえ罪を認めけじめをつけているのです。騎士である私が責任逃れをするわけにはいきません。いくら緊急事態であったとはいえ、私一人の独断で命令に逆らってしまったのですからね」


「でもそれは……」


「結果的に今回はカーター主導による騎士のクーデターを阻止することができたとはいえ、もしカーターの言うとおりあなたがたのほうが悪巧みをしていた場合、私はとんでもない過ちをしてしまうところだったのです。だからこそ、今回私はこの騎士の紋章を捨てる覚悟でカーターに立ち向かいました。そこに一切の未練はありませんし、だからこそ辞表は私なりのけじめです」


「……そうか」


 イリアスが自分でそこまで考えているのなら、俺が文句を言うのも筋違いだろう。

 彼女なりに覚悟や決意があるに違いない、それを尊重しよう。


「でさ、ニックは?」


「僕はイリアスと違って辞表を出したわけじゃないんだけどね、騎士をクビになった」


「ニック、それは笑顔で言うべきことじゃないぜ」


「領主様がね、僕みたいな人間を町の税金で騎士として雇うわけにはいかないが、だからといって今さら君を野放しにするのも気が気でないからって、これからは領主様の私費で雇われることになったんだ。要するにね、僕は領主様の私設騎士団団長ってことさ」


「領主の私設騎士団って、まさか……」


「そう、僕一人さ!」


 孤高の騎士団リーダーだった。団長も何もあったものじゃない。


「それでね、どうせ僕に自分の身辺警護を頼んだって失敗するのは目に見えているからって、領主様は特別任務を与えてくれたのさ」


「興味ないけど聞いてやるよ。ニックにもできる特別任務って?」


「あはは、引き続きアレスタの監視役さ! というわけでこれからもよろしく!」


 と言いつつ差し出されたニックの右手を、俺は握り返せなくて苦笑い。


「よかったじゃないか。アレスタ、この際だからニックの家にでも住まわせてもらえよ。ニックも近くで監視できるし、お前も住む場所が見つかるし、一石二鳥じゃないか」


「だったらサツキさんもぜひ一緒に……」


「絶対いやだ」


「ですよね」


 俺だっていやだ。ニックと二人暮らしする日常を想像しただけで背筋がぞっとする。


「最後までひどい言われようだよね、僕。でも安心してくれたまえ。アレスタがこれから住む場所なら提案があるんだ。ね、イリアス?」


「あ、はい。本来はこの話をするためにあなたを探していたのです」


 イリアスはそこで一呼吸つき、それから俺に真剣な目を向けて言った。


「ニックや領主様などからも話を聞いて考えたのですが、アレスタさんを代表者として、この町でギルドを始めてみてはどうかと思いまして」


「ギルドだって? しかも俺が代表者?」


「はい。職業者組合であるギルドにも数々のギルドがありますが、ひとまずは冒険者ギルドなどではどうでしょう。冒険と言っても、人々の依頼を受けて仕事をする何でも屋のことです。それならお金を稼ぐだけではなく、あなたの失っているという記憶に関する情報や、治癒魔法の真実を確かめる機会にも恵まれるでしょうし、なにより人々の役に立てますよ」


「いいんじゃないか? なんだったら俺も協力してやるぜ? 情報屋のあいつにも手伝ってもらえば依頼にも困らないだろ」


「サツキさん……。そうですね、どのみち生活のためには自分で仕事をして稼がないといけませんから、ちょうどいいのかもしれません。なんかよくわからないけれど、とりあえず俺はギルドをやってみます」


「そうですか、よかったです。ではアレスタさん、事務的な手続きとギルドの拠点については私が準備させてもらいましょう」


「え、イリアスが? そこまでしてもらうのは悪いから別にいいよ?」


「何を言っているのですか? そのギルド、まさか一人で運営していくつもりではないですよね? もちろん言い出した責任として、この私が経営を担うに決まっているでしょう」


「えっ? でもイリアスには騎士の仕事が……ないのか、もう」


 そういえば騎士の辞表を出したらしいのだ。イリアスにはもう仕事がない。


「ね、アレスタ、監視の任務がある僕もギルドの一員に迎えてくれて構わないよ」


「うん、それは断る」


「ひどいや! そっけなくしたって、どうせ僕は勝手に手伝っちゃうけどさ!」


「ははは、ニックにまでギルドを手伝わされるとは災難だったな。まぁ気にするなアレスタ、暇なときは俺も手伝ってやるから安心しろ」


「ありがとうございます!」


 そういうわけで、俺はこのベアマークでギルドを始めることとなった。

 正式なギルドメンバーは代表者になった俺と、事務担当のイリアス。それから準メンバーとして監視役のニックと、何かと頼れるサツキさん。

 そして情報面でのサポートはもちろん変態店主の情報屋だ。

 結局、俺の幼少期の記憶は喪失したままだし、何故か使うことの出来るようになった治癒魔法についてもよくわからないままだけれど、不思議と今の俺には不安というものがなく、かえって希望や決意に胸があふれていた。

 それはきっと、これから始める小さなギルドを通して人々のために役立つ何かができるはずだと、そんな気がしたからかもしれない。

 またそれは、カーターをはじめとした色々な人に対する、俺なりのメッセージでもあるだろう。

 世界で唯一の治癒魔法を俺が使えるからというわけじゃなく、そんな魔法に頼らなくても、俺は人々の役に立つ行動をしていきたいのだという意思表示のつもりなのである。

 ――英雄の証とは何か?

 そう誰かに面と向かって問われたなら、俺は自信をもって答えたいと思う。

 英雄となるために証など必要ない。ただ誰かを助けたいと思う気持ち、誰も悲しませたくないという気持ちこそが、英雄を英雄としているんだって。

 だからこそ、誰もが誰かの英雄になれるはずだ。

 そう、きっと誰だって。

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