13 そのころ彼ら
薄暗き城の地下牢にて、低く響き渡る声があった。
「ではニック、あとの監視は頼んだぞ。今度こそしくじるなよ?」
「ま、任せてくれたまえ」
「あのなぁニック、頼むからもっと自信を持ってくれ」
呆れ果てて頭を抱えたのは騎士の一人で、彼は新入りのころからのニックの同僚である。
疲れた様子の彼は「アレスタを捕らえよ」という領主の命令に忠実に従って、何やら浮かない顔をしたニックとともに地下牢まで足を運んだのだった。
実はアレスタはすでに城の外へと逃げ出しているが、領主やイリアスなどを除いて、ほとんどの騎士に顔を知られていなかった。
なのでこうしてアレスタの身代わりにサツキは自分から捕まえられたのだが、その事実をニック以外の騎士には悟られぬよう、なるべく従順な振りをして抵抗をすることもなく従っていた。
ニックとは違って厳格そうな騎士は牢に閉じ込めたばかりのサツキへと生真面目な顔を向けて一呼吸した後、言い聞かせるべく厳しく告げる。
「アレスタよ、お前はここでおとなしくしていろ。おそらく処刑の日取りはすぐに決まるだろう。どれほどの日数が残されているのかは知らないが、そこで自分の人生を振り返っておくことだな」
「そうさせてもらおうか」
アレスタのつもりで牢に閉じ込めたサツキの素直な返事を聞いて、一応の安心を得た彼はニックに向き直る。
「さてニック、お前は本当に大丈夫だよな? 俺は自分の持ち場に帰るが、絶対にこいつを外に出すなよ」
「そこまで馬鹿じゃないよ」
「そこまでの馬鹿だと思われていることを自覚してくれ、頼むから。そしてだからこそ次からは失敗しないように努力してくれ、頼むから。もう俺を含めた他の騎士にお前の尻拭いをさせないでくれ、頼むから。……ニック、今度こそ期待しているぞ、本気で」
いつの間にか軽口が懇願に変わり果てていたが、それを向けられていたニックは話半分に受け流し、地下牢を去っていく彼の背を苦笑を浮かべて見送った。きっとあの騎士の気苦労はこれからも絶えない。
と、ため息をする間もなくニックを襲うのは不気味な笑い声だ。
「くっくっく……」
「なんだろ? このいかにも気持ち悪くって、まるで品のない笑い声は?」
不審に思ったニックが身構えながら視線を周囲へ巡らせると、左右に並んだ牢獄の一つ、その中から鉄柵に手をかけて笑っている男の姿を発見した。
その男はニックを指差して、あざけるように高笑いする。
「お前が新しい看守かぁ? ははっ、パッとしないな」
「いきなり誰だい君は? 本当のことだけど失礼じゃないか」
「俺か? 良くぞ聞いてくれた。俺は孤高の山賊リーダー、デッシュ様だ!」
意味はないであろうが、名乗りとともにデッシュは決めポーズをとった。
「デ、デッシュ? さ、山賊っ?」
しかし予想外に意味はあったらしく、それを聞いたニックは恐怖で顔が引きつるのだった。どこに怖がる要素があったのか不明であるものの、今までの人生で失敗続きのニックにとって、とにかく任務の障害になりそうなものなら必要以上に警戒してしまうのだ。
これに呆れたのは隣の牢獄に入っているサツキである。
「馬鹿の相手を馬鹿がするな。つーか、時と場所を思い出せよ、ニック。今はそんなことやってる場合じゃない。おい、デッシュとかいう貴様もだ」
「はっはっは、お前も捕まったんだろ? だったら俺と同類だぞ、バカとバカとバカ、すなわちバカ三人だ。そうやって偉そうにしゃべるな」
「誰だか知らんが一緒にするな。俺は身代わりになって捕まっただけだ。少なくとも今に限った話で言わせてもらえば、牢に入れられる理由はない」
「身代わりだと? まさかお前、誰かの罪をかばっているわけなのか?」
「そういうことになる。アレスタっていう奴をな。あいつは治癒魔法が使えるって理由だけで、ここの領主から逆賊の疑いをかけられたらしい」
治癒魔法という言葉に若干の引っかかりを覚えつつも、デッシュは一応の納得。
「ふぅん、逆賊ねぇ。まぁいい、実は俺もそんなところだからな。そもそも俺だって、あの時あのガキに邪魔さえされていなければ、こうして無様に騎士につかまることもなかったのだが……」
そこで話を中断して悔しそうに歯軋りを始めたデッシュだったが、顔には出さないものの続きが気になったのだろう、サツキは話を促す。
「ガキに邪魔されたって、お前は何をしたんだよ?」
「普通のやり方じゃ不可能な正義をなそうとしたのさ。人々のために自ら進んで悪事をなす。へへ、格好いいだろ?」
「そうやって自分に酔っている人間は本当の正義なんか貫けないよ。僕が保障する」
そう割り込むように言ったのはニックだ。もちろんすぐに反感を買う。
「うるさい。何もできない騎士が威張るんじゃねぇ」
「へー、よく僕が出来損ないの騎士だと気付いたね。そこは褒めてあげるよ。君とは初めて会うのにびっくりだ」
「ニック、そいつはそういう意味で言ったんじゃないと思うぞ。たぶんお前のことだけを言っているんじゃないだろう」
「……え? ああ、なるほど、つまり騎士そのものに不満があるってことだね。でもどうして?」
「ふん。反魔法連盟の動きのこと、お前ら騎士は知らないんだろ、どうせ」
「反魔法連盟? うん、知らない」
素直すぎるほど正直に答えたニックを前にしては、デッシュも怒りを忘れてしまったのだろう。ため息を漏らした彼に同情して、隣の牢からサツキが励ますように声をかけた。
「その話、俺がニックの代わりに聞いてやろう。ついでだから教えてくれ」
「そうか、聞いてくれるか」
おそらく誰かに喋りたかったのだろう。ちゃんと話を聞いてくれそうな聞き手の存在にデッシュは目を輝かせる。
こほんと喉の調子を整えると、腰に手を当てて一言。
「だが最初に言っておく。俺は山賊として捕まっちまったっが、正確には山賊じゃない。義賊だ」
「義賊?」
水を差すように疑問を挟んだのはニックであり、説明して答えるのはサツキ。
「自分が信じる正義のため、山賊のような強硬手段を取る人間のことさ。目的や情熱は正しいかもしれないが、それを達成するための方法が間違っているような奴のことだな」
「あえて否定しない」
まずはそう答えたデッシュは独白を続ける。
「というのも、実際そうだからな、俺には否定できない。それよりちょっと聞いてくれ。実は記念祭の隙をついて俺が侵入した家があるんだが、それはこの町の役人の家だったんだ。なぜ俺が役人の家に忍び込んだかといえば、そいつは裏で不正を働いてやがったからなのさ。どうだい知らなかっただろう? それで俺はそこから悪事の証拠品を盗み出したってわけだ」
「どんな証拠品だ?」
「ついさっき目が覚めて、気づいたら牢獄の中だったからチャンスがなかったんだけどよ、本当は領主に突きつけてやろうと思っていたものがあるのさ。こうやって捕まった今となってはどうしようもないし、お前に渡しといてやるよ。ほら、手を出せ」
牢に閉じ込められて彼に近寄ることの出来ないサツキに代わって、受け取るのはニック。何が出て来るかと怯えつつも両手を差し出した。
「なんだい、これ? 普通のネックレスみたいだけど」
「そこに紋章があるだろ? それ、反魔法連盟の紋章なんだぜ」
剣と盾の重なり合った紋章、それが反魔法連盟の紋章である。
「この紋章を持っていたって事は考えるまでもない、あの役人が反魔法連盟の一員だっていうことだ。紋章にはメンバーであることを示す魔法の力がこめられているって聞くし、調べれば証拠になるだろ」
「つまり? どういうこと? 僕にもわかるように教えてよ」
「いいか、ベアマークの領主は帝国でも有名な魔法推進派で、魔法を庶民の生活や現代の文明に積極的に取り入れることを公言しているんだ。そんな魔法が大好きな領主の下で、反魔法連盟の人間が仕えていたとしたら、どうなると思う?」
「信じられないけど、まさか反乱?」
「そのまさかさ。俺が高い情報料を払って独自のルートで仕入れた情報によると、近々この町に反魔法連盟の協力者がやってくるらしい。なんでもそいつは暗示魔法が使えるらしいが……」
と、ここでサツキが口を挟む。
「それってカーターだよな?」
「おっと、それだよ、それ。お前もよく知ってたなぁ」
「実際にリンドルで会ったからな。ここの領主にアレスタが反逆者だって報告したのも、そのカーターらしい」
「なるほどね。……ひょっとしてお前ら、カーターにはめられたのか? 俺も詳しい事情は知らないから断言できないが、カーターにとってお前らの存在は邪魔だったのかもしれないな」
「邪魔どころか、憎いくらいの敵だろうさ。かつて結果的に裏切る形となってしまった俺のことも、反魔法連盟の人間にとっては許しがたいに違いない治癒魔法を使えてしまうアレスタのことも。……しかし、だからって領主を操って俺たちを処刑させようとするとは何様のつもりだ」
ふつふつと苛立ちがぶり返してきたサツキは歯を食いしばり、暴れたくなる衝動を我慢した。
そんなサツキの悔しがる姿に感じ入るところがあったのか、なにやら一転して親しみを抱いた様子のデッシュは飄々とした口調で冗談半分に疑問を投げかけた。
「でも、あれだろ? そのアレスタって奴はさ、お前の話が本当なら、処刑されても治癒魔法とか使えるんだろ? わざわざ身代わりになる必要があったのか?」
「あのな、いくらアレスタでも治癒魔法なんて使える暇ないだろ。いいか、処刑されちゃうんだぜ? 死ぬの、わかる?」
「そうか、処刑じゃあ、さすがに治癒魔法が間に合わずに死ぬか。……あ、じゃあさ、こうしたらどうだ? 処刑の前に執行人から『最後に言い残したいことはあるか?』って聞かれたらよ、アレスタがこう答えるんだ。『頼む、せめてゆっくり殺してくれ』って。そうすれば処刑されそうになったって、ゆっくりだから治癒魔法も間に合うんじゃないか?」
「なるほどね、しかしすごい苦行だろうな。もしその作戦が成功しても死ぬまで処刑は続行するし、痛いだけでなく生々しいぜ。体の前に心が死んでしまいそうだな。そもそも体を縛られたら治癒魔法も使えまい」
「ふうん、やっぱり執行される前に何とかして逃げ出さないとなぁ……」
デッシュが腕を組んで悩み始めたところで会話は一旦中断。
サツキの矛先は監視役を命じられたニックに向けられる。
「さて、今がどういう状況か十分わかっただろ? ニック、この鍵を開けてくれ」
「それはちょっと無理かもしれないね」
そう答えたのは浮かない顔のニックだ。
腹立たしげに何事かを叫ぼうとしたサツキよりも先に、穏やかな口調ながらもデッシュはいらいらと聞き返した。
「どうして無理なんだよ?」
その疑問こそ不服とばかり、ニックは答える。
「どうしてって、不思議と騎士の警戒が厳しさを増しているんだ。みんな人が変わったように、領主の命令に疑問も抱かず従っている」
「他の騎士の連中がどうかは知らないが、お前は別にそういうわけでもないんだろ? だったらこいつのことも見逃してやれ」
「だから無理だってば。もしもアレスタが、いや今はサツキ君だけど、とにかく牢の中にいる囚人が脱獄を企てた場合には、その場で打ち首にしろという命令が出ているんだ。残念だけど僕以外の騎士をなめたらいけないよ。たとえ僕ら三人がかりで挑んでも、たった一人の騎士を相手に負けることだってある」
確かに彼が自分で言ったとおり、ニック以外の騎士は強いだろう。
実際にイリアスという騎士に敗北を喫したデッシュは口を閉ざし、古傷をいたわるように苦虫を噛み潰す。
しかし騎士を引き合いに出されたところで動揺しないのは、かつて帝都に反旗を翻した経験を有するサツキである。
すっかり諦め口調のニックを励ますように食いかかる。
「だけど、ニック、このままじゃここにいる俺たちのことは別にしても、領主やベアマークが危険かもしれないんだぞ? カーターを止めないで、お前はいったい何を守るつもりだ」
「だけどね、カーターが何を考えているのか、それがはっきりするまでは何も出来ないよ。だって僕だって上官から脅されたんだ。少しでも逃げ出す素振りを見せたら、囚人は即切り殺せって。こんなに過激な命令、普通の状態じゃまず絶対にありえない。だから状況が沈静化するまで、今はチャンスを待つしかないよ」
「チャンスなんて作るもんだろ、待ったところでいつくるんだ?」
「それはまだわからないけど、でも僕らは騎士なんだよ。どんなに不服な命令であれ、それには従わなくちゃならない。自分勝手な意思で命令に抗うことが許されてしまったら、協力して町の平和を守ることなんてできないからね」
「ニック……」
「わかってほしい。騎士の名にかけて、僕は君もアレスタも、このベアマークも絶対に守る。いつものベアマークをね。だからこそ与えられた命令をないがしろにしたくないし、自分から危険を冒すことはできないんだ。周りのみんながおかしいからこそ、僕がしっかりしなくちゃ駄目だと思う」
身勝手な行動は慎む。命令は疑わず、ひとまず状況を見る。
そう言ってうつむくニックに、サツキもデッシュも、それ以上は何も言えなかった。
……と言いたいところだが、ニックを相手にそれはない。
サツキは今までの流れを無視して口を開いた。
「ほら、ニック。いいから馬鹿みたいなことやってないで出せ、早く牢の鍵を開けろよ」
「うう……。だからぁ、僕はこれでも騎士なんだってば。どんな状況であろうと、自分の判断や感情だけで上からの命令を破ることはできないし、そんなの許されない。もし見回りの騎士が来たとき、牢の中に誰もいなかったら?」
「逃げちまえば関係ない。外に出てしまえば、俺はそのまま逃げる」
「逃げればって、ぼ、僕が大変な目に合うじゃん! それに君たちだって、さすがにこのままじゃ外を出歩けないんじゃないの? ここから逃げるだけじゃ解決にならないよ、きっと!」
「あぁもう、だったらカーターの馬鹿を止めりゃいいだろ。疑いを晴らせば何もかも解決するだろうが」
サツキは面倒くさそうに、ニックをやり過ごそうと挑発した。
「かもしれないけどさ」
「じゃあニック、お前はいつまで俺を閉じ込めておくつもりだ? まさかとは思うが、アレスタの代わりに俺を処刑するつもりじゃないだろうな?」
「そ、そういうわけじゃないけどさ、今はここから脱出するなんて絶対無理だよ。僕の上官である騎士たちが出口に控えていて、とてもじゃないけど君を逃がすことなんてできない。それにね、いいかい? 命令違反は騎士道に反するから」
「はいはい、そんなことより、このままカーターのことを放置していても本当に大丈夫か? アレスタがちゃんと行動してくれてればいいが……」
「カーターのことって言われても、詳しいことなんて僕は何も知らないしさ……。反魔法連盟とか言われても、僕らにはこの紋章以外には確たる証拠もないし、そもそも何をするかわからないなら動きようがないじゃない。でも大丈夫。本当に危機が差し迫っているのなら、他の優秀な騎士が何とかしてくれるよ、きっと」
「そう言っている割にはニック、お前も浮かない顔をしているぜ?」
「し、仕方ないじゃないか……」
ニックは悔しそうに顔を歪めながら俯く。
と、そこに慌しく近づいてくる足音がある。誰かがやってきたようだ。
「ニック! あなたはこんなところで何をしているんですか!」
突然自分の名前を呼ばれたニックは、ハッとして声のしたほうを振り向いた。
「イ、イリアス?」
そこには紅一点、不機嫌そうな顔を見せるイリアスの姿がある。
語気を荒げ、彼女はニックに詰め寄った。
「私もついさきほど町へ戻ってきたばかりですが、なんだか城内の様子がおかしいと思って領主に話を聞いたら、反逆者であるアレスタを牢に入れたというではないですか! 釈放するように言っても何故か頑なに拒まれるし、これは一体どういうことです?」
「そ、それは……」
「言い訳は一切! 必要ありませんから! あなたが知っていることを! すべてこの場で吐き出しなさい!」
「は、はい!」
「俺が言うことでもねえが、なにも恐縮して敬礼まですることはないんじゃないか? ニック……」
「それもそうですね……って、あなたは?」
「俺か? 俺はサツキっていうんだぜ、確か君とは一度会ったよな? アレスタなら安心してくれ、俺が身代わりになって逃がしてやった」
「うん、そうだよ。領主様って本当はアレスタを捕らえようとしたんだけどね、彼が犠牲になって逃がしたんだ。看守に命じられたのは僕だから、今も黙っているんだけど」
「……なおさら説明を求めましょうか、ニック?」
「イ、イリアスさぁ……。顔が笑ってないよ?」
ニックはビクビクと怯えつつも、自分が知っていることをイリアスに語る。
すべてを聞き終えたイリアスは深々と嘆息する。
「ほほう。私がしばらく町を離れている間に、そんなことが……」
「そうなんだよね。あまりにイレギュラーな事態で困惑しちゃって僕にはどうするべきかわからなくなったんだ。いつものように失敗しないようにと一念発起して、せめて騎士らしく自分に与えられた命令を遵守してだねぇ……」
「で、ニック。今のあなたは何をしているのです?」
「何をって、だから騎士らしく命令を守っているんだよ?」
ニックが自信を持って答えると、イリアスは大きくため息をついた。
「ニック、あなたは騎士としての地位や誇りを守るためだけに、この職責や力を手に入れたわけではないのでしょう?」
そして、怒りを発散させるイリアス。
「町の人々を守らなければならないというときに、いつまでばかげた命令に縛られているのですか! 騎士の身分が邪魔をするというのなら、あなたの信念を貫き、その騎士の紋章は捨ててしまいなさい!」
「え、でも」
「この期に及んで“でも”ではありません! あなたが守りたいものはあなた自身か、それとも違うものなのか、それを今ここで決めてみなさい!」
「僕が守りたいものは……もちろん、町の人々に決まっているじゃないか」
「それでこそ騎士です、安心しました。もちろんそのためには命令も大事でしょう。ただしニック、その命令がいかなるものなのか、それは毎回のように自分でも考えなければ騎士として失格です」
「そりゃあ、イリアス、僕だって今回の命令は何かおかしいと思うよ。そもそも領主様の様子もおかしかったしね。でもさ、だからって僕の一存で勝手な行動はできないんじゃないかな? もし間違いだったとき、それじゃ責任が取れないよ」
「だからこそ、騎士としての職をかけるのでしょう! たとえ責任を取る形で騎士でなくなったとしても、誇りを胸に戦うべきときではないのですか!」
「イ、イリアスはいいの? だって、アレスタっていう仲間のためとはいえ、カーターっていう怪しい人物を止めるためとはいえ、一時的にでも領主や他の騎士たち全員を裏切ることになるんだよ? 彼らを敵に回して僕らが無事ですむ保証なんてないし、そもそもカーターがどこにいるのかもわからないのに……」
「ならばあなたは、ニック! 一生ここで! つまらぬ命令のために牢の看守でもやっていなさい!」
「あ、ちょっと待ってよ、イリアス! ぼ、僕もやっぱり行くからさぁ!」
「……おいニック! どっか行く前に俺をここから解放してくれよ!」
呼び止めたサツキの声もむなしく、イリアスを追いかけたニックはサツキのことなど忘却の彼方にあった。
牢の中に取り残されたサツキは不安に胸が覆われてしまう。
「……はぁ、駄目だあいつ。ここに閉じ込めた俺のことはすっかり忘れて出て行きやがった。イリアスはいいにしても、ニックの奴は大丈夫か?」
「任せるしかないだろ、不服でもさ」
答えるデッシュにしても、やはり不安は隠しきれないのだった。