表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨男と紺色の傘

作者: うきは

ポツ…ポツ…


それは会社帰り、私が駅に向かって歩いているときだ。


突然雨が降ってきて、やがてザーザーと強くなってきた。


「傘持ってないよ……」


私は自然と小走りになっていた。

駅までまだ距離がある。このままではずぶ濡れだ。



あぁ、雨はやだなぁ……。




「傘、お貸ししましょうか?」


ふと、気が付くと目の前に傘をさした男の人が立っていた。


「あ……いえそんな……」


突然声を掛けられた私は、挙動不審気味になって答えていた。



「私ならいいんですよ」


そう言うと、その人は半ば押しつけるようにして、私に傘を渡した。


そして雨の中を何処かへと駆けていった。




私はただ唖然としてしばらくそれを見ていた。







あとで私は何度も思い返していた。



彼のどこか悲しげな表情を。






あれから私は頻繁に会社と駅との間を歩くようになっていた。


そうすれば、またあの人に会えると思ったからだ。



あの時借りた傘は紺色の折り畳み傘で、常に持ち運ぶことができた。




早くあの人にお礼をしなくては……。



生真面目な私はそればかりを考えていた。


しかし、なかなか彼に会うことはできなかった。






あれから5日が経った。


いつのものように会社を終え、駅まで歩いていた。

今日含め、ここ数日は春特有の悪い天気が続いていた。



信号待ちをしていると、確かに見覚えのある顔を見つけた。



あの人だった。



私は思い切って声を掛けてみることにした。


「あの……」


「あぁ、あなたは確か」


彼も私を覚えていたようだ。

あの日とは違い、彼はぱっとした笑顔を見せた。




「借りた傘、お返しします」


私がそう言った直後だった。


あの日と同じような雨が、ポツポツと降りだした。


「はは。あそこで雨宿りでもしましょうか」



彼は信号先の一軒の喫茶店を指差した。







彼は西紀陽介と名乗った。


喫茶店で私達はしばらく話した。



西紀さんは明るく面白い人だったので、会話に飽きることはなかった。


それだけに、あのときの悲しい顔の理由が気になった。




彼は自分を『雨男』だと言った。


なんでも、自分に不幸なことが起こると、必ずと言っていいほど雨が降るそうなのだ。



「実は君と初めて会った時ね……僕、失恋してたんだ」



なるほど、あのときの雨はザーザー降りだった。

あの悲しげな顔にも納得がいく。


失恋の内容までは詳しく聞かなかったけど。




雨が止んできたようだ。

どうやらただの通り雨だったらしい。


私達は喫茶店を出ることにした。


「お金は私が払います。お礼ですので」


「え、でも悪いよ」


彼はそういって背広のポケットを探った。


「あ、あれ……?」


「どうしたんですか?」



彼は苦笑いを浮かべた。


「財布、会社に忘れてきちゃったみたい」


「今日雨降りましたからね」


私たちは笑い合った。







それから私達はたびたび会うようになった。


そして会うたびにお互いひかれ合い、やがて付き合うようになった。




あるとき彼が言った。




「君とあの喫茶店で話した時以来、すっかり雨が降らなくなったんだよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 何処でどんな巡り会いが待っているのか解りませんね。  西紀さんの雨男の由来と誠実そうな雰囲気が良かったです。最後の言葉は上手に物語をまとめているなと思いました。  落ち着いた作風好みでした…
[一言] もう少し情景を書き込むと、もっと読み手を惹き込めたんじゃないかなと思います。 最後の一行がとても素敵で、どきっとしました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ