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"落下"

掲載日:2026/10/26

舞台の上から男が誘(いざな)うと、観客は虚ろな瞳で立ち上がりはじめる


燕尾服を着て

顔だけが、煙に包まれた様にぼやけて居る

妙な男だった



ぞろぞろと列を成した夢遊病者達の群れが階段を上がり、舞台中央の巨大な、黒い黒い幕へと消えていく


本来ならば幕の先は壁が在る様に思えたが、まるで彼らは昏い穴に入って行く様に幕の中へ去って消える

余りに当然の様に行われて居る為、僕は最初のうちはそれが演出の内なのかとも思って居た


だが、だとして

彼らは何処に消えて居るのだろう

黒幕の裏には、それ程の大きな空間が在るのだろうか


訝しんで居ると舞台の上から、男が僕に向けて「さあ、貴方も」「素晴らしい場所に行きましょう」と云った


人々の無言の足音と衣擦れ、木製の階段を踏む音


男は明確に頭をこちらに向けて、僕の事を視ながら僕に話して居る

列を成した行進の最後の一人が今、舞台に在る幕の黒さへと溶ける様に消えて居った



劇場にはもう、僕と男しか居ない


誰も居なく成ってみると、とても静かだ


僕は、男が自分を責めるのでは無いかと身構えたが、そうした雰囲気は無い

彼は非常識な人間を視る様な視線で、僕をきょとんと一瞥すると自らも幕の中へ去って行った


虚を突かれて

僕は数分ほど、誰も居なくなった舞台の上を視続けた


当然ながら、何時まで待っても何も起こらない

僕は意を決して立ち上がると、周囲を警戒しながら舞台に上がった


左右の舞台袖を視る

動くものの気配が無い

真っ暗な星空の中に居るみたいに、一切の音が存在しない


舞台奥の闇よりも昏い幕を、指で摘んで捲(めく)る

灰色のコンクリート壁が、何処までも広がって居た

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