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脳心儀  作者: 八島秦
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第八話 砂漠の彼方の幽光、霧に閉ざされた隠れ里への帰路

冒頭導入

砂漠の古祭壇に宿る異界の幽光が、東方の神器と共振し、千年の隔たりを超えて宿命の糸を繋ぐ。徐福の勢力は陸海を制し、暁光会の闇が嶺南の地を覆い尽くす。瀕死の月化娘、絶望的な包囲網、帰還した忠臣兄妹——閉ざされた深山の隠れ里に、活路と絶望が同時に押し寄せ、東西神器戦争の最前線がここに移り変わる。


香港を舞台に、徐福が残した神器「脳心儀」をめぐる千年の陰謀が動き出す。

逆龍印、暁光会、遠古の祭壇——東西を跨ぐ宿命の戦いが、深山の隠れ里で幕を開ける。


遥か万里の彼方、北アフリカの広大な砂漠。突き抜けるような夕陽が、悠久の時を刻む荘厳なピラミッドの輪郭を、重く、どこか鬱屈した暗金色へと染め上げている。


ピラミッドの最深部、人の世の喧騒から完全に隔絶された地底の密室。黒い玄武岩で緻密に組み上げられた古き祭壇が、幾星霜の時を超えて、今なお重々しく鎮座していた。


祭壇の表面には、とっくの昔に失われ、歴史の闇に葬られたはずのヒエログリフが刻まれており、中央のくぼみは空っぽのままだった。だがこの瞬間、理由もなく、そこから凍りつくような蒼白い微光が滲み出していく。


その光は、遠く離れた徐福の脳心儀が放つ禍々しい邪気と同源のものであり、時空と山海の地脈を越え、万里の雲霧を貫いて、広西の深山に隠された何処かと、目には見えない鎖で結ばれたかのように共振していた。


祭壇の周囲を漂う古き亡霊たちが、何かを恐れるように微かに震える。まるで長い眠りについていた太古の存在が、東方の海に浮かぶ秦代の楼船から放たれた、あの鋭く冷酷な殺意に覚醒させられたかのように。


暁光会という組織は、決して徐福一人が敷いた盤上の一手に過ぎない。

二大陸を跨ぎ、数千年にわたって神器を奪い合うこの壮大な戦いは、徐福が現代へと上陸したその瞬間に、世界の命脈を激しく揺るがし始めていた。


万里を越える殺気と、千年の時を隔てた幽光は、連なる大山によって遮られ、交わることはない。夜が冷たく垂れ込み、物語の視線は、広西の深山にひっそりと息づく「隠れ里」へと深く沈んでいく。


石澳の龍隠山荘で繰り広げられた血まみれの死闘を脱出し、この人跡未踏の地に潜伏して、丸三日が過ぎ去った。


この七十二時間は、屋内の三人にとって災厄を逃れた束の間の息吹であると同時に、死の淵をただ彷徨い続ける、終わりなき苦痛の連鎖でもあった。


隠れ里は万山の奥深くに閉ざされ、厚い古の大地が邪気を封じ込めているが、脳心儀がもたらす侵食を完全に食い止めるには至らない。木の寝台の上、月化娘は断続的な昏睡状態にあり、その生命の灯火は風前の灯だ。


当日、飛行場で徐福が神器の力を全霊で込めて放った神識の重撃を一身に受け、経脈は寸断され、体内の邪毒が怒り狂って暴れ回っている。


かつての清らかな銀白の装束は、逃走の汚れにまみれた粗末な普段着に変わったが、それでも布地に滲む淡い血痕を隠せはしない。月のように清らかだった気配は瀕死の状態にあり、一呼吸ごとに刺すような激痛が全身を駆け巡る。秦陌が絶え間なく掌から送り込む龍気と、地の力だけが、辛うじて彼女の命を繋いでいた。


秦陌は寝台の側から一歩も離れず、掌の逆龍印を微かに震わせ、途切れることなく龍気を送り続けている。


彼の瞳には晴れぬ鬱屈が渦巻く——徐福の冷たい視線は依然としてこの山林をしっかり捉えており、香港全域は蒼き傀儡が跋扈する死の都と化し、暁光会の手が嶺南全域に伸び、人々を締め付けていた。


彼らは一時的に生き延びたように見えるが、実態は狭い一隅に追い詰められ、ただ運命の到来を待つことしかできない。


秦正霆は傷一つ負わず、依然として静謐で鋭い威圧感をまとっている。


この三日間、彼は一瞬たりとも気を緩めず、山道の偵察、暗哨の配置、物資の整理、村人の統率と、幾多の修羅場を潜り抜けた鋭い勘で、隠れ里全体を鉄壁のように守り抜いていた。


だが彼の心には、ただ一つ、帰らぬ部下への深い懸念が重くのしかかる。


紀慕雲。彼が最も信頼し、古来の秘めた療法に通じ、脳心儀の邪毒を抑え得る唯一の腹心。妹の紀慕雪を伴い撤退を命じたはずが、未だ帰還していない。


徐福の脅威は日に日に迫り、月化娘の命は風前の灯火。一日引き延びるごとに、死は着実に歩を進めてくる。


三日目の夕暮れ、山に沈む残陽が濃霧を焼き、冷たい靄が山林全体を支配した時——


村外の砂利道から、ついに疲れ果てながらも確固とした二つの足音が響いてきた。


傀儡が襲い来る重苦しい地鳴りではなく、邪気の沁みるような寒気もない。人が茨を踏み、険しい嶺を越える細やかな音が、古里の長き沈黙を静かに突き破る。


木造の家の中で龍気を送っていた秦陌が、微かに目を上げる。

窓辺で警戒していた秦正霆の鋭い眼差しが、一瞬、緩んだ。待ち望んでいた者が、ようやく帰ってきたのだ。


霧がゆっくりと割れ、二つの姿が鮮明になる。


前を行く男は黒い衣装に身を包み、全身埃まみれで、衣は茨に切り裂かれ、顔には泥の跡がこびりついている。三日間、昼夜を問わず険しい山を越え、ろくに休息も取れぬまま、それでもその歩みは安定していた。紀慕雲である。


その後ろから、素衣の少女が続く。紀慕雪だ。髪は乱れ、兄の袖をしっかりと握りしめ、長旅の疲れが色濃く滲むが、それでも唇を噛み締め、一度も遅れをとらなかった。


石澳で別れて以来、紀慕雲は妹を連れ、暁光会の厳しい監視を幾重もかわし、幹線道路を捨てて人跡未踏の危険な山道を進んだ。幾度も死線を越え、秦正霆の張った隠しルートを辿り、七十二時間の期限ギリギリにこの里を見つけ出したのだ。


二人が家の前にたどり着く。紀慕雲は無事な秦正霆を見上げ、長きにわたり張り詰めていた心弦を解くと、静かに頭を垂れて掠れた声で告げた。

「霆帥、部下の紀慕雲、妹の慕雪を伴い、定刻どおり帰還いたしました。」


秦正霆は一歩前に出て、重々しく問う。

「道中、尾行はなかったか。」


「痕跡を完全に断ち、すべての監視所を迂回しました。後ろは綺麗です。尾行は一切ございません。」紀慕雲は目を上げ、神妙な表情で続けた。「ですが、情勢は最悪です。徐福の楼船は華南沖に到達し、暁光会が嶺南の関所を掌握。広西の外縁は完全に封鎖されています。」


簡潔な言葉に、外界の絶望的な状況が凝縮される。


傍らの紀慕雪は遠慮がちに屋内を覗き込む。寝台で瀕死の月化娘を見て目を見開き、側に立つ秦陌に静かに頷いて礼を示した。


秦陌は月化娘の手首から手を離し、帰還した兄妹を見上げる。紀慕雲の到来が、月化娘を救う唯一の希望であることを、彼は心から理解していた。


秦正霆は道を譲り、息絶え絶えの少女に視線を向けた。

「慕雲、彼女を救えるのはお前しかいない。」


紀慕雲は少女の体内で暴れ回る邪毒を察知し、眉を深くひそめる。

千年の神器が放つ陰毒は、彼が想定していた以上に凶悪だった。


夕陽の残光が窓の隙間から差し込み、五人の影を長く伸ばす。

三日の潜伏、故人の帰還。彼らは徐福の追跡を一時的に逃れたが、東西二大陸を巻き込むこの千年の盤局は、この深山の古里で、今まさに動き出そうとしていた。


紀慕雲が月化娘の邪毒に立ち向かうその裏、深山の闇の奥で、傀儡の気配が静かに近づきつつあった——


章末の伏線・懸念

紀慕雲兄妹の帰還は瀕死の月化娘に生の希望をもたらしたが、広西全域が封鎖された絶望的な戦況は覆らない。砂漠の古祭壇と脳心儀の共振は、徐福の勢力が単なる東方の脅威ではなく、世界規模の太古陰謀であることを証明している。隠れ里は最後の安息地と思われたものの、闇の奥から忍び寄る控魂使徒の気配が、新たな襲来を予兆する。紀慕雲の秘術は千年の神器毒を抑えきれるのか、閉ざされた深山で彼らは包囲を突破し、徐福の上陸作戦を阻止できるのか。東西を繋ぐ千年の戦局が、ついに最終局面へと傾き始める。


第八話 了


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