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「役立たず」と捨てられた聖女、かつて救った魔王に拾われる 〜「監視」だと言う割に、その視線が甘すぎて溺愛が隠せていません〜  作者: レオン・クラフト


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第06話:檻の刻印、繋がれる心

月明かりが、城のバルコニーを青白く照らしていた。

 昼間の激昂が嘘のように、ゼノスは静かだった。けれど、その沈黙は決して「安らぎ」ではない。何かに耐えるような、あるいは何かを必死に抑え込んでいるような、重く熱い沈黙だ。


「……陛下」


 エリスが声をかけると、ゼノスは手にした小さな黒檀の箱を弄ぶのをやめ、ゆっくりと振り返った。

 逆光になった彼の顔は陰に沈んでいたが、その双眸だけは、暗闇の中で琥珀色の灯火のように鈍く光っている。


「来い、エリス」


 短く、拒絶を許さない声。

 エリスが歩み寄ると、ゼノスはその大きな手で、彼女の細い首筋に触れた。ひやりとした夜気で冷えたはずの指先が、触れた瞬間、火傷しそうなほどの熱をエリスの肌に伝える。


「人間どもが、お前を『聖女』として連れ戻そうとするなら、私はお前に、それを上書きする資格を与える」


 彼は箱を開いた。中には、漆黒の魔石が埋め込まれた、銀の鎖――チョーカーに近い、重厚な首飾りがあった。

 その中央には、魔王家の紋章が刻まれている。


「これは……」

「魔王の加護だ。……あるいは、一生解けることのない『契約の鎖』とも言う」


 ゼノスはエリスの背後に回り込んだ。

 彼の胸板がエリスの背中に触れ、彼の吐息が彼女の耳朶を掠める。エリスは緊張に身を固くしたが、逃げることはしなかった。


 ゼノスの手が、エリスの長い銀髪を丁寧に、大切そうに掻き上げる。

 無骨な指先が首筋を這うたび、エリスは微かな震えを禁じ得ない。鏡を見ずともわかる。今、二人の視線は空中で交差することさえ叶わないのに、お互いの存在を、肌の隆起や拍動の速さだけで痛いほどに感じ取っていることを。


「……これを着ければ、お前が誰のものか、世界が知ることになる」


 カチリ、と。

 冷たい銀の感触が、エリスの喉元に刻まれた。

 ゼノスはその鎖を留めた後も、手を離さなかった。それどころか、愛おしいものを慈しむように、その首飾りごと、彼女の首を両手で包み込んだ。


 殺そうと思えば、一瞬で握り潰せるほどの力。

 けれど、彼の手から伝わってくるのは、祈りにも似た切実な震えだった。


「陛下……苦しく、ありません」


 エリスが小さく囁くと、ゼノスの指にさらに力がこもる。


「……苦しいのは私の方だ」


 消え入りそうな、けれどあまりに重い独白。

 ゼノスはエリスの肩に額を預け、誰にも見せないような、酷く歪んだ表情で目を閉じた。


 彼はエリスを連れ戻そうとする世界を憎んでいた。

 だがそれ以上に、彼女を「契約」という鎖でしか繋ぎ止めることができない、己の臆病さを呪っていた。


 エリスは、自分の首元で脈打つ魔石の微かな鼓動を感じていた。

 それはゼノスの心音と共鳴しているかのように、どこまでも熱く、深く、彼女の全身へと染み渡っていく。


 政略でも、救済でもない。

 それは、言葉を失った男が、生涯をかけて一人の女性を独占すると誓った、血よりも濃い刻印だった。

「契約」という名の独占。

ゼノスがエリスに贈った首飾りは、守護の証であると同時に、彼の「行かないでくれ」という悲鳴でもあります。

背中合わせの二人が、肌の熱だけでお互いの孤独を埋め合おうとする瞬間……。

そんな「沈黙の重み」を感じていただけたでしょうか。


物語は、この刻印によって決定的な局面を迎えます。

魔王の所有物となったエリスに対し、人間側はどう動くのか。

そして、ゼノスの「仮面」が完全に剥がれ落ちる日はいつになるのか。


二人のじれったくも情熱的な行く末を、ぜひこれからも見守ってください。

【ブックマーク】や【評価】が、彼らの夜を明かす光となります。

レオン・クラフト

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