第22話:魔王の聖女、あるいは断罪の光
魔王城の正門前。夜明けの霧を切り裂いて、白銀の甲冑に身を包んだ聖教国の軍勢が押し寄せていた。
先頭に立つのは、聖騎士長アリステア。彼は掲げた聖剣の先を、城のバルコニーに立つ人影へと向けた。
「エリス様! 魔王の呪縛を解き、今こそ我が国へ戻りましょう! その穢れた首飾りを外し、再び光の導きとなるのです!」
その声には、彼女を「一人の女性」として案じる響きなど微塵もなかった。あるのは、強力な兵器を回収しようとする焦燥と、独りよがりの正義感。
エリスは、静かにバルコニーの縁へと歩み出た。
彼女の銀髪は、夜明けの光を吸い込んで淡い黄金色に輝いている。かつての儚い美しさは影を潜め、今の彼女には、触れる者を拒絶するような神々しいまでの威厳が宿っていた。
「……アリステア様。私は、もうあの日捨てられた私ではありません」
エリスが右手を掲げると、首元の魔石が共鳴し、凄まじい密度の光が溢れ出した。
それはかつての「癒やしの光」ではない。闇を内包し、愛する者を守るために牙を剥く、峻烈な「裁きの光」だ。
「私は魔王ゼノスの所有物であり、彼の命を分かつ唯一の存在。……私の居場所を奪おうとする者は、たとえ神であろうと容赦はいたしません」
瞬間、天から降り注いだのは、無数の光の礫だった。
聖騎士たちの掲げる盾は紙細工のように砕け、彼らの「偽りの光」を飲み込んでいく。
「何という……! 聖女の力が、魔族の力と混ざり合っているというのか……っ!」
驚愕に顔を歪めるアリステアの背後に、影が落ちた。
回復したばかりのゼノスが、エリスの腰を力強く抱き寄せ、その肩に顎を乗せていたのだ。
「――聞こえたか、人間ども」
ゼノスの声は、地響きのように冷たく、けれど確かな愉悦を孕んでいた。
彼はエリスの手に自らの大きな掌を重ね、二人の魔力を一つに束ねる。
「この女は、私がお前たちの泥の中から救い上げ、私だけの聖女として育て上げた。……その魂を再び汚そうとするなら、この国ごと灰に帰してやる」
二人の魔力が渦を巻き、城門の前に巨大な光の障壁を作り出した。それは、人間と魔族の間に引かれた、決して越えられない「決別の境界線」。
アリステアたちは、その圧倒的な力差に戦意を喪失し、敗走を余儀なくされた。
自分たちが捨てた「役立たず」が、今や世界で最も恐ろしく、そして美しい魔王の伴侶となったことを、その身に刻まされて。
静寂が戻ったバルコニー。
エリスは掲げた手を下ろし、自分を支えるゼノスの胸に背を預けた。
「……ゼノス様。私、もう……『聖女』には戻れませんね」
「ああ、戻させない。……お前は私の、ただ一人の番だ」
ゼノスはエリスを自分の方へ向き直らせ、その瞳に宿る黄金の輝きを、愛おしそうに見つめた。
沈黙の中に流れるのは、もはや悲劇の予感ではない。
二人の間に刻まれた「契約」が、本当の意味で「愛」へと書き換わった、確信の熱だった。
捨てられた聖女は、愛する者のためにその牙を剥きました。
自分を縛っていた過去を自ら焼き尽くし、魔王の隣という「修羅道」を笑顔で選ぶエリス。
その気高さに、ゼノスの執着はもはや「独占」を超え、深い「崇拝」へと至っています。
二人の命を分かつ境界線は、今や誰にも侵せない聖域となりました。
物語は次話、ついにゼノスがその沈黙を破り、
長年抱え続けてきた「真実の言葉」を口にする、感動のクライマックスへ。
最後まで、この二人の「じれったい献身」の結末を見守っていただければ幸いです。
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完結に向けて、私の筆にさらなる情緒が宿ります。
レオン・クラフト




