第15話:魔王妃の誕生、独占の残り香
魔王城の謁見の間は、漆黒の大理石と真紅の帳に包まれていた。
居並ぶのは、この地の有力な魔族たち。彼らの視線は鋭く、壇上に立つ「人間の女」――エリスを品定めするように注がれている。
エリスは、ゼノスが用意させた漆黒と銀のドレスを纏っていた。
かつての純白の聖衣とは正反対の、夜の闇を切り取ったような意匠。首元には、あの日ゼノスが刻んだ「契約の鎖」が、持ち主の魔力と共鳴して静かに紫の光を放っている。
(……怖い。けれど、震えてはいけない)
エリスは背筋を伸ばし、正面を見据えた。
彼女がここを選んだのだ。泥濘の中に手を差し伸べてくれた、あの孤独な魔王の隣を。
不意に、背後から圧倒的な圧迫感――いいえ、絶対的な安心感がエリスを包んだ。
ゼノスが玉座から立ち上がり、エリスの腰に腕を回したのだ。
その掌は大きく、熱い。
ドレス越しに伝わる体温が、エリスの不安を一瞬で融かしていく。ゼノスは集まった魔族たちを、凍てつくような黄金の瞳で一掃した。
「――静粛に」
低く、地響きのような声。
ただの一言で、謁見の間は、針が落ちる音さえ聞こえるほどの静寂に支配された。
「周知の通り、この女は聖教国から追放された元聖女だ。……だが、今日この時より、その呼び名は禁ずる」
ゼノスはエリスの腰を強く引き寄せた。
居並ぶ諸侯の中には、彼女が人間であることを理由に不服を唱えようとする者もいた。だが、ゼノスがその者の視線を、文字通り殺意に近い魔圧で射抜いた瞬間、彼らは一様に首を垂れた。
「この女は、私が拾い、私の魔力で満たした。……私の魂の片割れであり、この城の唯一の女主人である。異を唱える者は、私の命に、あるいは私の『執着』に挑む覚悟がある者のみと心得よ」
それは、求婚というよりも、世界に向けた最強の「威圧」だった。
ゼノスはエリスの耳元に顔を寄せ、臣下たちには見えない角度で、そのうなじに熱い唇を寄せた。
「……言ったはずだ。お前はもう、私の瞳の中から逃げ出すことはできないと」
囁かれた吐息に、エリスは小さく身を震わせた。
彼がどれほど傲慢に振る舞おうとも、エリスには分かっていた。腰を抱く彼の手が、ほんの少しだけ……まるで、彼女に拒絶されることを今でも恐れているかのように、微かに震えていることを。
儀式が終わり、人々が去った後。
広大な謁見の間に、二人きりの沈黙が訪れた。
「……陛下。いえ、ゼノス様」
エリスが初めて名を呼ぶと、ゼノスは弾かれたように彼女を見た。
彼はエリスの頬を両手で包み込み、その琥珀色の瞳に、狂おしいほどの独占欲を滲ませた。
「……私の名を、その声で呼ぶなと言いたいところだが。……お前の唇からこぼれる私の名は、毒よりも私を狂わせる」
ゼノスは、誓いを立てるように、エリスの額に深く、長い口づけを落とした。
「役立たず」と捨てられた銀の聖女は、今、孤独な魔王の「たった一つの光」となった。
二人の運命が、夜の静寂の中で、深く、深く、溶け合っていく。
第一章:完。
泥の中から救い上げられた「聖女」が、魔王の「唯一無二」として認められるまで。
二人の間に流れる「監視」という名の愛の物語、その序章をお読みいただきありがとうございました。
「私のものだ」と言わんばかりのゼノスの横暴な振る舞いと、
その裏側に隠された、エリスを失うことへの臆病なまでの怯え。
この「じれったい献身」が、少しでもあなたの心を揺さぶったなら、これ以上の喜びはありません。
物語は第二章「仮面の裏側」へと続きます。
正式な婚約者となった二人の、さらなる濃密な密室生活、
そしてエリスの魔力回復に伴う「真実」への接近……。
もし二人の行く末を見届けたいと思っていただけたなら、
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レオン・クラフトと共に、この甘やかな檻の物語を、これからも歩んでいきましょう。




