第12話:選択の重み、愛の証
「……エリス様、何をためらっておいでですか。さあ、その怪物の背から離れて!」
アリステアの声が、静まり返った寝室に響く。彼の差し出した右手は、白銀の籠手に守られ、一点の曇りもない「正義」を体現していた。
エリスは、自分を覆っていたゼノスの大きな掌を、そっと押し下げた。
「……陛下、見せてください」
遮られていた視界が開ける。目の前には、自分を庇って傷ついたゼノスの背中があった。
漆黒の軍服が血に濡れ、どろりと重く光っている。彼は痛みに顔を顰めることさえせず、ただエリスを背後に隠し、敵を見据え続けていた。
「エリス、下がっていろと言ったはずだ」
ゼノスの声は低い。けれど、その肩は微かに震えていた。
彼は恐れているのだ。エリスが、自分という「檻」を捨て、かつての温かな光のもとへ帰ってしまうことを。
エリスは一歩、前へ踏み出した。
アリステアの顔に安堵の笑みが浮かぶ。だが、エリスが向かったのは彼の方ではなかった。
彼女は、ゼノスの血に濡れた左肩に、自らの細い指先をそっと重ねた。
「……エリス?」
ゼノスが驚愕に目を見開く。
エリスは彼の傷口から溢れる熱を指先に感じながら、真っ直ぐにアリステアを見据えた。
「アリステア様。……私は、帰りません」
その声は、かつて聖女として神託を授けていた時よりもずっと、凛として響いた。
「魔力が枯渇した私を『役立たず』と呼び、泥の中に捨てたのはあの方々です。私にはもう、帰る場所も、守るべき神殿もありません」
「何を……! 正気ですか、エリス様! 魔王に魅了でもかけられているのか!?」
「いいえ。私は、自分の意志でここにいます」
エリスはゼノスの腕をぎゅっと掴み、彼に寄り添った。
ゼノスの体が、岩のように強張る。
「陛下は私を『監視する』とおっしゃいました。……ならば、私はその監視を一生受けることを望みます。この方の城で、この方の瞳の届く場所で……私は私の余生を、この方に捧げたいのです」
それは、実質的な「愛の告白」だった。
アリステアの顔が屈辱と驚愕に歪む。彼は再び聖剣を構えようとしたが、ゼノスから放たれた魔圧が、それを許さなかった。
ゼノスはゆっくりと振り返り、エリスを見つめた。
黄金の瞳が、激しく揺れている。
彼は信じられないというように、血に汚れた手でエリスの頬を包み込んだ。
「……本気か、エリス。私の傍にいれば、お前は一生、日の当たる場所へは戻れないぞ」
「構いません。……あなたが、私を見ていてくださるのなら」
ゼノスは、耐えきれないというようにエリスを抱きしめた。
傷ついた左肩の痛みなど、もう感じていないようだった。ただ、失うことを何よりも恐れていた宝物を、ようやくその腕の中に収めた安堵。
「……傲慢な女だ。……ならば、望み通りにしてやる」
彼はアリステアを冷たく一瞥すると、一振りの闇を放ち、彼らを城の外へと弾き飛ばした。
静寂が戻った部屋で、ゼノスはエリスの首筋に深く顔を埋めた。
「もう二度と、放さない。……お前が望んだことだ、後悔しても遅いぞ」
その言葉とは裏腹に、エリスを抱きしめる彼の腕は、祈るように強く、優しく、震えていた。
「監視を受けることを、自ら望む」
それは、聖女という公的な立場を捨て、一人の女性として魔王と運命を共にするという、最も甘美な契約の更新です。
アリステアという「過去」を切り捨て、ゼノスという「現在」を選んだエリス。
抱きしめ合う二人の影が、月明かりの下で一つに溶け合う瞬間……。
ゼノスの喉の奥から漏れた、安堵と執着の混ざり合った吐息が、読者の皆様の耳にも届いたでしょうか。
物語はこれで終わりではありません。
むしろ、ここからが「魔王妃」としてのエリスの、本当の闘いと、ゼノスとの極上の「じれ甘」な日々の始まりです。
二人の新しい関係に、少しでも心が熱くなったなら、
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皆さまの応援が、私の綴る沈黙に、さらなる命を吹き込みます。
レオン・クラフト




