第11話:牙を剥く光の騎士
平和な静寂を切り裂いたのは、あまりに不浄な「聖なる光」だった。
深夜、魔王城の外壁を轟音が揺らす。エリスが窓外に目をやると、漆黒の空を幾本もの光の矢が走り、城の結界を焼き焦がしていた。
聖教国の精鋭騎士団、その急襲。
「エリス様! お迎えに上がりました!」
バルコニーを蹴って現れたのは、白銀の甲冑を纏った男――エリスがかつて「兄」のように慕っていた、聖騎士長アリステアだった。
かつて彼女に慈愛を向けたはずの彼の瞳は、今や「汚れたものを回収する」ような義務感だけで冷たく光っている。
「……アリステア、様……?」
「さあ、こちらへ。魔王に毒される前に救い出さねばなりません。たとえ貴女が魔力を失っていようとも、教国は慈悲深く貴女を迎え入れましょう」
慈悲?
雨の中、泥濘に這いつくばった自分を見捨てた彼らが?
エリスが恐怖に後ずさったその時――城全体の空気が、絶対零度まで凍りついた。
「――その手で、彼女に触れるな」
背後の闇が質量を持ち、渦を巻く。
現れたのは、漆黒の軍服を翻したゼノスだった。
彼の全身からは、かつて見たこともないほどに昏く、禍々しい魔圧が溢れ出している。黄金の瞳はもはや熱を失い、ただ目の前の敵を「消滅させるべき害虫」として捉えていた。
「魔王ゼノス……! エリス様を返してもらおう。彼女は我が国の聖女だ!」
「聖女だと? 笑わせるな」
ゼノスが静かに一歩を踏み出す。ただそれだけで、大理石の床に亀裂が走った。
「泥の中に捨て、名前すら奪い、死を待たせたのはどこのどいつだ。……この女は、私が拾った。髪の一筋、吐息の一つまで、私が『監視』し、私が生かしている。貴様らのような腐臭を放つ光に、触れさせていい道理などない」
「狂ったか魔王! 彼女は人間だ。魔族の慰み物にするなど許されん!」
アリステアが聖剣を抜く。眩い光が部屋を埋め尽くすが、ゼノスは眉一つ動かさない。
彼はエリスを自分の背中へと引き寄せ、大きな掌で彼女の視界を遮るように顔を覆った。
「見るな、エリス。……穢れる」
その声だけは、信じられないほどに優しかった。
直後、爆音とともに光と闇が衝突する。
アリステアの放った一撃は、ゼノスの左肩を浅く切り裂いた。しかし、彼は避けることさえしなかった。ただ、エリスを盾にする隙を与えないために、その場に立ち塞がり続けたのだ。
「……陛下、お怪我が……!」
「黙っていろ。……お前は、私の背中だけを見ていればいい」
溢れ出した彼の血が、エリスの頬に数滴飛んだ。
それは鉄の匂いがして、驚くほど熱かった。
言葉では冷たく突き放し、監視だ、契約だと嘯いてきた男が、今、自分の命を投げ打ってまで、彼女を「あちら側」へ返さないために戦っている。
エリスの胸の奥で、枯れ果てていたはずの「泉」が、激しく波打ち始めた。
それは信仰によるものではない。自分を「道具」ではなく、一人の「女」として、狂おしいほどに独占しようとするこの男への、初めての衝動だった。
聖なる光よりも、禍々しい闇の抱擁を。
エリスを奪いに来た「過去」に対し、ゼノスが向けた殺意は、彼なりの究極の愛の証明です。
傷を負いながらも、エリスの視線を「穢れ」から守ろうとする彼の不器用な献身。
その背中を見つめるエリスの心境の変化、感じていただけたでしょうか。
物語はここから、エリス自身の「決断」へと移ります。
「聖女」として光へ戻るのか、それとも「監視物」として闇に残るのか。
彼女が選ぶ言葉が、ゼノスの心をどう打ち砕き、あるいは救うのか……。
二人の情熱が最高潮に達する次話も、ぜひ目を離さずにお付き合いください。
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レオン・クラフト




