第五話
エルムハーストが張り込みはじめて四時間‥。沈黙に苛まれ、眠気というより意識の端が削られていくような感覚に耐えていたその時だった。
深夜一時三十一分。
裏扉の蝶番が、ごく控えめに嘆息した。
エルムハーストは反射的に身を起こす。
闇の中から現れた影は二つ。
肩に担がれたその身体は、糸の切れた操り人形のようにだらりと垂れ、月光に頬の白さだけが浮かんでいた。
ジョナサン。
店のオーナーであり、紳士然とした微笑みが売り物の男が、今はまるで死神の従者のように沈黙している。
罪悪感を拒絶した者の落ち着きに満ちていた。
自分はただ自然の流れを手伝っているだけだと、本気で信じている者特有の透明さ。
エルムハーストは庇護灯を点けた。
白い光が湖面に散り、揺らぎながらジョナサンの顔を照らし出す。
その瞳は、恐ろしいほど澄んでいた。
正気と狂気の境界線を液体にしてしまったような、不気味な静謐だった。
「生きていく価値すら感じられない人間を、湖が引き受けてくれる」
ジョナサンは足元の水を見下ろしながら呟いた。
「ただ運んでいるだけだ」
「十六人だ。お前がやったんだろ」
ジョナサンは、かすかに口角を上げた。
ぞっとするほど穏やかな微笑みだった。
「違うよ。十六人目は……まだ沈んでない」
重量のある、確信に満ちた一歩。
エルムハーストは反射的に振り向いた。
そこに立っていたのは、バリスタのミカエル。
普段は繊細なラテアートを描く指が、今は血で黒く濁ったロープを握りしめている。
その姿は、まるで別人だった。
いや、これこそが本来の顔だったのかもしれない。
ジョナサンは、静かに一度だけ頷いた。
二人だけに通じる合図のように。
「彼が殺し、私は運んだ。完璧な分業だろう?」




