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第三話

湖畔にひっそりと佇むカフェ、ナインス・ドックは、遠目にはただの洒落た観光スポットにしか見えない。

店先のウッドデッキには小さなランタンが揺れ、夜風に混じって焙煎豆の深い香りが漂う。

シカゴ川の黒い水面には、店内の灯りが柔らかく映り込み、まるで星の破片が波間に落ちたかのような静謐ささえ感じさせた。

だが、舞台の裏側には、いつだって誰かの秘密が横たわっている。

ナインス・ドックのオーナーは、ジョナサン・ヴェイル。

四十代前半。整った顔立ちに穏やかな笑み。

声は低く柔らかく、聞く者を不思議な安心へ誘う。

だが、かつて何かを失った者特有の、静かな諦念。それを隠す術に慣れきっている男の目している。

従業員は三人。

無口なバリスタ、ミカエル。

身長は高く、精密な時計のように一定の動作でコーヒーを淹れる。

必要最低限しか喋らず、客とも従業員とも距離を置いている。

沈黙自体が語りすぎてしまうタイプの男だ。

陽気なウェイトレス、サラ。

客と目が合えば満面の笑顔、軽やかな声でジョークを飛ばし、店の空気を明るく保っている。

しかし、笑顔を維持しすぎる人間ほど、裏で泣いている可能性も高い。

夜番の清掃員、ベンジャミン。

四十代半ば、がっしりした体躯で無骨な雰囲気だが、話すと妙に丁寧で優しい。

「ここは、夜になると静かで好きなんですよ」

そう言って、モップを滑らせる手つきは異様に慣れていた。

三人とも、いかにも普通に見える。

エルムハーストが店を訪れた夜、柔らかなジャズが響いていた。

ピアノとサックスが絡む旋律は、まるで深夜の湖面に落ちる雨粒のように静かだ。

琥珀色のライトが店内を包み、外の水面へと優しく流れていく。

人を癒すための場所なのか、あるいは人の警戒心を眠らせるための場所なのか。

その判別は、容易ではない。

エルムハーストは三杯目のコーヒーに口をつけながら、何気ない顔で店内を見渡した。

彼女の視線は、客の足取り、従業員の動き、会話のリズム、沈黙の重さ。それぞれを精密に分解し、脳内で組み立て直す。

コーヒーの苦みが舌に残るころ、エルムハーストは一つの違和感に気づく。

客席からは見えない位置に、従業員用の裏扉がある。

店の裏は、湖に面した細いデッキにつながっている。

通常、この扉は閉店後まで開けられることはないはずだった。

ところが、閉店間際、店が静まり返る頃になると、誰かが必ずこの裏扉をそっと使っている。

一度ではない。

観察を重ねるほど、その規則性は明確になっていった。

毎夜、同じ時間帯。

客の目には触れず足跡を残さぬように。

まるで川へ向かう儀式のように。

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