9話 本心
皆さんのおかげで[日間]現実世界〔恋愛〕で3位になりました! 本ッ当にありがとうございます! これからも楽しんでもらえるよう頑張ります!
「……ごめん。また今度にして。今日はもう帰りたい」
白石さんの誘いを断り、再び靴に手を伸ばす。しかし、またもや彼女に阻まれる。
「そんなこと言わないで。ついてきて」
「……」
白石さんは俺の手を掴み、無理やり連れて行く。俺は抵抗しなかった。本当は今すぐ家に帰って部屋に閉じこもりたいのに。彼女の手を振り払おうとは思わなかった。
しばらく歩くと、彼女はとある教室の前で立ち止まった。
「ここは……」
「第二図書室。って言っても、今は傷んだ本や使われない資料が置かれてるだけだからほとんど物置教室なの」
白石さんはポケットから緑のタグが付いた鍵を取り出し、目の前のドアの鍵穴に挿し込んだ。
「ここは一日に当番の図書委員と数名の先生だけが訪れるの。他の人はめったに来ない」
鍵を回しドアを開けながら白石さんは俺に説明してくる。開かれたドアの奥には、白石さんが説明してくれたようにたくさんの本と山積みの資料が置かれていた。俺たちは教室に入った。時間帯のせいもあり、中は薄暗く少し埃っぽかった。
白石さんは慣れた足取りで教室の奥へ進み、そこから椅子を二つ持ってきた。
「ここなら誰の邪魔も入らない」
椅子を横に並べて置きながら白石さんは言う。彼女は片方の椅子に座る。
「さっき話をしようって言ったけど、言い直すね」
白石さんが俺の顔を見る。
「図書室で彼らと何があったのか教えてほしいの」
白石さんの言葉に俺は顔をしかめる。
「探偵の次はカウンセラーのつもり? いろんな本読んでるんだね」
彼女につい嫌味を言ってしまった。彼女に当たった自身に吐き気がする。
「そんなつもりはないけど似たようなことはするね」
白石さんはそんなこと気にせず平然と答える。
「……なんで知りたいの?」
「あなたの力になりたいから」
俺の問いに白石さんは即答する。
「……いらない。……白石さんには関係ない」
俺は踵を返し、ドアを開けて教室を出る。
「『苦しいときは誰かに話したら楽になる』」
俺は足を止め、白石さんを見る。彼女はただ微笑んでいた。
「昔、黒川君に言われた言葉よ。覚えてる?」
それは中学の時俺が白石さんに対して言った言葉。彼女の力になりたくて言った言葉だった。
……あの時と立場が逆だな。
「……うん。覚えてる」
「あの時、私はあなたに助けられた。心から感謝している。今度は私が恩返しする番」
白石さんの言葉に偽りがないとすぐにわかった。
「だからここに座って」
白石さんは隣の椅子をポンポン叩きながら言う。俺は折れて、彼女に従い椅子に座る。
「教えて。彼らと何を話したか」
白石さんは改めて俺に質問した。俺はゆっくりと図書室での出来事を話した。
話すにつれて少しずつ言葉が詰まってきた。目が潤み、握りこぶしに力が入る。そんな俺の話を白石さんはただ黙って聞いていた。俺がすべてを話し終えるまで、隣に座っていた。
「……そう。話してくれてありがとう」
俺がすべてを話し終えると、白石さんはそう呟く。
俺はただ小刻みに震え、唇を噛み締めていた。話を聞いた白石さんが何を思ってたのかわからなかった。これから彼女から発せられる言葉に怯えた。しかし、俺の予想は当たらなかった。
「黒川君はこれからどうしたい?」
「……え?」
白石さんの言葉に俺は戸惑った。そんな俺の目を真っすぐ見ながら彼女は続けて質問する。
「黒川君は彼らとどうなりたい?」
「どうなりたいって……」
「黒川君の本心を教えて」
白石さんが俺の手を両手で包む。暖かい感触を感じる。
……俺の本心。
彼女の質問に俺は黙って考えた。教室が静かになる。白石さんは俺に言葉を静かに待っていた。
「俺は……」
しばらくして俺はようやく口を開いた。
「あいつらをいるのが……」
「うん」
白石さんが俺の言葉に今度は相槌を打つ。
「辛くて……」
「うん」
「苦しくて……」
「うん」
「離れたかった」
「うん」
これは紛れもなく本心。これまであいつらに対して抱いていた想い。
「でも……」
そして……ここからは本当に誰にも言っていない本心。俺自身忘れかけていた想い。
「でも……本当は離れたくなかった」
「……」
白石さんの相槌がなくなる。
「どれだけあいつらとの違いを感じても離れたくなかった」
また涙があふれた。震える手を白石さんが強く握る。
「あいつらと友達でいたい」
「あいつらと一緒にいたい」
「あいつらの……隣にいたい!」
これが俺の本心。嫉妬と自己嫌悪の奥に隠れた俺の心からの想い。
俺は涙を袖で拭いながら立ち上がる。
「……どこに行くの?」
「あいつらのところ。もう一度話してくる」
一度あいつらに本心を伝えた。なら次はもう一つの本心を伝えなければならない。一度目にできなかったあいつらの顔を見て。
俺はドアに手をかける。
「彼らならまだ図書室にいるわ」
「! なんで……」
「鈴宮君もまだ家に帰ってないのよ」
俺が質問する前に白石さんは答えた。それを聞き俺は少し口角を上げる。
「ありがとう」
「どういたしまして」
白石さんにお礼を伝え、俺は走り出した。
「……頑張って」
白石さんが最後にそう言った気がした。