4話 狩人
アイデアノートって大事だね。
「皆さんおはようございます。五月も後半に入ってきてるけどね、日に日に熱くなってきたね~。私の娘も今日の気温に文句言いながら小学校に行ったよ」
ホームルームが開始してすぐ、佐々木先生は笑いながら学校と関係ない話題を話し始めた。この先生はいつも何かしら雑談をする。今朝寄ったスーパーで~とか、昨日夫と喧嘩して~など、自分の身に起きた出来事を語るのだ。その中でも娘についての話題が圧倒的に多い。週四で娘について話す。いわゆる親バカというやつなんだろう。
この前先生がスマホに映る娘の写真を見せてきたとき、前の席の男子が娘をかわいいと言うと……
「お前、私の娘を狙ってるんじゃねえだろうな」
と、彼女は鬼の形相で男子をにらめつけていた。あの以降、クラスでは先生の娘について何も反応してはいけない(男子限定)が暗黙のルールとなった。ちなみに、先生の話を聞いてなかった場合も鬼となるためこの時間がクラスにとって最も緊張する時間だ。
「と、まぁそんな感じで学校に来たんですけど……あれ? もうこんな時間?」
話すことに夢中だった先生は自身が身に着けている腕時計の時間を確認すると、時間が押していることに気づき雑談を中断した。クラスから緊張がとれる。
「特に連絡事項はないんですけど……あっ」
クリップボードに挟んである紙をぺらぺらと確認していた先生は何か思い出したような声を出すと、少しにやけながら言い放った。
「来週から君たちにとってはじめての定期試験があります!」
一瞬教室は静かになった。しかし、その静けさはすぐに消え去った。
「まじかよ! もうテストやんの?」
「俺数学無理なんだけど……」
「先生なんでにやけてるんだよ!」
クラス中から不安と文句の声が出てくる。やっと高校生活に慣れてきた頃にやってくる中間テスト。この単語を聞いて歓喜する人など少数派だ。絶対。俺も何も言ってはいないものの、気分は下がっている。
「うだうだ言ってもテストは無くならないのでしっかり勉強してね~」
そう言い残し先生は教室を出ていった。クラスメイトはそれぞれテストについて話していた。
「めんどくさい行事が来たな」
鈴宮がそう言いながら俺の席に来る。
「そうだな。今日からテスト勉強始めて行かないとな」
「真面目だなぁ。もっと遅くてもいいだろ」
「何のために今日の放課後から部活動が休みになってると思ってんだ」
「もちろん遊ぶためだろ」
そんなわけあるか。
俺がつっこもうとすると隣の白石さんが会話に入ってくる。
「テスト勉強くらいちゃんとしてた方がいいよ」
「白石さんまでそんなこと言うの?」
これが普通の反応じゃい
嫌そうな顔をする鈴宮だったが、突然何かをひらめいたように顔が明るくなった。
「じゃあみんなでテスト勉強しようぜ!」
「みんなで?」
鈴宮の提案に白石さんは聞き返した。
「そう、つまり勉強会! 一緒に勉強すれば、わかないところもすぐに近くのやつに聞けるから勉強が捗る!」
「本音は?」
「俺一人じゃ絶対勉強しないから助けてほしい!」
こいつ言い切ったな。
「お前そんなんで中学の時どうしてたんだよ?」
「前日一夜漬け」
俺こいつと同じ学力なのか……
鈴宮の発言に呆れると同時に、俺は自分の学力の低さに情けなくなった。鈴宮はさらに懇願してくる。
「なぁ、いいだろ?」
「私は別にいいけど……」
「ありがとう白石さん!」
白石さんにお礼を言うと、鈴宮はくるっと首を回し、じ~っと俺の目を見てくる。
「……わかったよ。やろう」
「ぃよっし! じゃあ、勉強する場所は……」
「何の話をしてるの?」
俺の返答を聞き、ガッツポーズをした鈴宮が勉強会をする場所について話し合おうとしたとき、よく知った声の人物が会話に入ってきた。
「……天」
「勉強会するの? 私たちもテストやばいから一緒に勉強していい?」
「うちも物理壊滅的だから教えてほしい~」
天と友人の西野真莉が勉強会への参加を求めてくる。二人と一緒に周りの男子の視線も俺たちに集まる。
「……えっ、いや、」
鈴宮は戸惑いながら俺の方を見てくる。白石さんも心配そうに俺の顔を見る。白石さんはもうすでに俺が天達に対して何を思っているか気づいてるのだろうか。俺は一瞬二人の顔を見てから天に顔を向けた。
もう逃げられないよ
天の目はそう俺に言っている気がした。
「……いいよ。皆でやろう」
「ありがと、はるちゃん」
「黒川ありがと~」
「日程とかはそっちに合わせるからあとで教えてね」
そういうと二人は自分の席に戻っていった。
「……よかったの?」
白石さんは心配そうに聞いてくる。
やっぱり、もう知ってるのか。
俺は目を伏せ、答える。
「ああ言うしかないでしょ」
「月見さんって意外と策士なんだね」
「あいつ、お前が月見さんの提案を断れないようにわざわざお前が俺の誘いに乗った後に来たな。しかも西野を連れて」
天一人だけならまだ二人と口裏を合わせて避けられただろう。俺は完全に逃げられない状況下にいた。
「大丈夫。勉強会なんて集中すればすぐ終わるし、なんとかなるよ」
「「……」」
俺は一限目の授業の準備をする。
大丈夫。なんとかなる。
そう自分に言い聞かせながら。
天がヤンデレみたいになってる。なぜだ