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10話 君たちの隣に

「やっと来たか」


 図書室に着くと入口に鈴宮が立っていた。口ぶりからずっと図書室の外で俺を待っていたんだろう。


「鈴宮……」

「三人ともまだ中にいるよ」


 俺が聞くより先に鈴宮が答える。彼は床に置いていた鞄を持ち上げ歩き出した。


「じゃ、俺は帰るわ」

「鈴宮」

「なんだよ」

「ありがとう」

「今度なんかお返ししろよ。もちろん宿題以外で」


 そういうと鈴宮は笑いながら去っていった。鈴宮の姿が見えなった後、俺はドアに向き直った。心臓の音が大きくなっていく。振り返って帰りたくなっていく。でもーー


 もう逃げない。


「……っし」


 俺はドアに手を伸ばし中に入った。


「はるちゃん……」

「遥君……」


 鈴宮の言ってた通り、図書室に三人は残っていた。天と花は俺を見て、何か言おうと口を開くが言葉が出てこない。そんな中、二人より先にマサが俺に近づく。


「ハル……」


 マサが俺の目を見る。彼の目からマサがこれから言う言葉がわかった。きっと俺と同じことを言うのだろう。ならーー


「ハル……、ごめーー」

「ごめん!」

「!」


 マサがその言葉を言うより先に、俺は頭を下げてその言葉を、謝罪の言葉を言った。顔を上げると俺の言葉を受けて、マサの顔が驚きと困惑で満ちていた。後ろの二人も同じような顔をしていた。


「さっきはごめん! 感情的になってお前らを責めるようなことを言ってしまった!」

「どうしてあなたが謝るの? 悪いのはあなたの気持ちを考えようとしなかった私たちなのに……」 

「違う。悪いのは俺だ。お前らはただ今までのように友達として接してくれたのに、俺は自分勝手にそれを拒絶してた。悪いのは全部……俺だ」


 三人に憧れて嫉妬し、そんな自分が嫌になって彼らを避けた。そして溜まった負の感情を彼らに向けた。どう考えても俺が悪い。彼らが謝罪する理由などない。


「だからお前らが謝ることなんてない。全部俺がーー」

「違うよ」


 涙ぐんだ天が俺の言葉を遮る。全員の視線が天に集まる。


「悪いのは私たちの方だよ。はるちゃんが苦しんでることに気が付かなかった」

「だからそれは俺が勝手にーー」

「違うの!」


 天の声が一段と大きくなる。


「……私たち、三人とも知っていたの。周りの人が……はるちゃんのことをなんて言っているか。でも……私はっ……」

「でも、俺たちは何もしなかった」


 涙ぐみ言葉が詰まる天の代わりにマサが続ける。


「俺たちから見たお前は、俺たち以上にすごいやつなんだ。俺はお前を尊敬してるし憧れてもいる」


 彼の発言に俺は目が点になった。


 マサが俺のことを尊敬?憧れている?


「そんなわけないだろ。だってお前の方が……」

「いや、本当だ。誰がなんて言おうと俺はお前に憧れている」


 俺は否定しようとするが、マサはそれを認めなかった。


「お前はもう覚えてないだろうけど、俺は何度もお前に救われた。そのたびにお前に感謝し、憧れた」


 俺はマサの言葉に全く心当たりがなかった。きっとお前の勘違いだろうと言おうとしたが彼の目がそれをさせなかった。


「私たちも同じよ」

「花……」

「あなたにとっては小さい出来事だったのかもしれないけど、私にとっては返しきれないほどの恩になったの」

「……」

「それなのに……私たちはあなたを苦しめてしまった」

 

 三人の顔が歪んでいく。


「俺たちは勝手に思い込んじまった。ハルはこんなこと気にしないって、負けないって。お前が悩んでいるなんて考えなかった」


 ……そうか。


「悪いのは俺たちだ! 俺たちの自分勝手な思い込みのせいでお前を傷つけた!」


 ……俺と同じだったのか。


「今更こんなことしても何も変わらないけど!」


 ……四人とも自分勝手に思い込んでいたんだ。


「ハル」

「はるちゃん」

「遥君」


「「「本当にごめん(なさい)」」」


 三人とも俺に向かって頭を下げて謝罪をしていた。気が付けばさっきと立場が逆になっていた。


 しかし、こんな状況で俺は嬉しくなっていた。三人は俺とは住む次元が違う人だと思っていた。もう俺と彼らは異なる存在なんだと。


 でも、同じだったんだ。俺たちは別々なんかじゃないんだ。


「……三人とも顔を上げて。これから言うことを聞いてほしい」


 俺の要望で三人は頭を上げて俺を見る。


「……今日俺がこの場所で言ったことは、全部本心だ。俺の心からの言葉だ」


 俺の言葉にまた三人の顔が歪むが、俺は構わず続けた。


「そしてこれから言うことも全部本心だと思ってほしい」


 第二図書室での白石さんとのやり取りを思い出す。そこで現れた俺の本心。ずっと忘れていた想い。


「俺はお前らと一緒にいたい」

「「「!」」」

「たとえ不釣り合いと言われても、自分が醜く思えて仕方がなくなっても、俺はお前らの友達でいたい」

「はる……ちゃん」


 天の目から涙がこぼれる。他の二人の目からも、俺の目からも涙がこぼれる。


「今は! まだ自分に自信なんてないし、お前らと並べるようなものは何も持ってないけど!」


 これは現実。今ある自身の現状。


「必ず! 並んで見せるから! そこに行ってみせるから!」


 これは夢。いつか必ず叶えるという決意。


「だから!」


 そして、これはーー


「お前らの隣にいさせてください」


 ーーこれは願い。今の自分だけでは実現できない一つの望み。


 今日何度目かわからない静けさが漂う。俯きたくなる。しかし、俺は決して顔を逸らさなかった。逸らしたらきっと、隣にはいられないから。


 「私はーー」


 最初に口を開いたのは花だった。


「私は四人がいつか離れ離れになるその時まで、この四人での時間を大切にしたい」


 続けて、天とマサも口を開いた。


「私ははるちゃんに伝えたいことがたくさん残ってる」

「俺はお前に恩を返しきれてない」


「「「だから」」」


 三人の声が重なる。


「「「私たち(俺たち)の隣にいてください」」」


 ……ああ、ダメだ。それは、その言葉は。


 流れる涙が止められなくなった。三人の顔を見たいのにぼやけて見えない。


「泣きすぎだろ」

「お前も人のこと言えないだろ」

「ほんとにね」

「うん!」


 止まらない涙を袖で拭い、俺たちは笑い合った。

 

 あの頃のように、ただの友達だった頃のように。

ここまで読んでくださりありがとうございます。この作品は次回で最終話になります。最後まで頑張りますのでよろしくお願いいたします。

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