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【第二章完結】夢見る伯爵令嬢は、大家族の継母になる。  作者: 五十鈴 美優
第二章:切り離した過去と紡ぐ今

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18.糸①

 セントル公爵領の孤児院の庭には白い花が咲き始めていて、風が吹くたびに花びらがさらさらと小道の上を転がっていく。その先を追うように、ミューズとノアは並んで歩いていた。


「本当に良かったの?みんなは良いと言っていたけれど……ノア自身は」


 今日は、セントル公爵家で新しく引き取る子・アリアドネを迎える日だ。

 子どもたちは、同じ子どもが出て行くことにも入ってくることにも慣れているようだった。出会いも別れも、日常の一部だ。


「ああ。……実は少しだけ楽しみなんだ」

「楽しみ?」

「そう。アリアドネは、俺が父として引き取る初めての子だから」

「あっ」


 今公爵邸にいる子どもたちは皆、前公爵夫妻が引き取ることを決めた。ノアは、兄として彼らを迎えていた。ノアが「父」を名乗るのは初めてだ。


「同じだ。ミューズも俺も」


 ミューズは答えず、視線を落とした。


「さあ、行きましょうか」



「あれ?公爵閣下と夫人ではありませんか。お久しぶりですね」

「シブリヤどの」


 孤児院の建物の前で声を掛けてきたのは、リリアナの夫・エルヴィスだった。リリアナはいないが、変わらず穏やかな笑みを浮かべている。


「先日はご出席くださりありがとうございました。何故、ここに?」

「グレアム先生にご教授願いたいことがありまして」


 エルヴィスは現在専門院の医学生をしている。かつて名医と称され今もその名を馳せているグレアムは、第一線を退いても医学生にとっては伝説的な存在だ。


「お二人は?」

「新しく里子として受け入れる子を迎えに参りました」

「ああ!なるほど」


 エルヴィスは納得したように頷く。


「私は長居してしまいそうですし……どうぞお先になさってください」

「ありがとうございます、シブリヤどの」

「リリアナにもよろしくお伝えくださいませ」

「ええ、必ず」


 エルヴィスは建物の外にあるベンチに腰掛けた。



 開け放たれた玄関のその向こうから、声が聞こえた。


「準備はできましたか?」


 穏やかな声。グレアム院長のものだ。


「完璧!」


 続いて、弾むような少女の声が響く。アリアドネだ。二人の姿は見えない。


「わたしも引き取られるのかぁ。……本当のママ、やっぱり来なかったね」


 ミューズの喉が、かすかに鳴った。

 ノアがそっと隣で息を呑む。彼もアリアドネが「本当のママ」について話しているところを聞くのは初めてだった。


 「本当のママ」は来ない。いや、来られない。その理由も今は伝えることはできない。


「本当のお母さんのこと、気になりますか?」

「まーね。そういえば、グレアム先生は、本当のママに会ったことあるんでしょ?」

「ありますよ」

「誰?どんな人?」


 院長の声は暖炉の火のように静かで、柔らかく響いた。


「どこの誰かというのは、まだ子どものあなたに伝えられません。あの人は……あなたを預ける時、真っ直ぐな目で私に託しました。あの人は、強い人だと思いますよ」


 わずかな間。

 その沈黙に、ミューズは思わず玄関を進む足を止める。胸の奥が、ひどく冷たく静かになった。


「……ふうん?なんか、すごい人みたい」

「ええ、私はそう思いました。ですが、どう思うかはアリアドネの自由ですよ。嫌いでもいいし、好きでもいい。あなたの気持ちで決めて良いのです。親をどう思うかは、子どもの自由です」

「そっかあ」


 短く、けれどどこか納得したような返事が返る。床を踏みしめる小さな音が、すぐ近くで鳴った。


「さあ、もう里親のお二人がいらしているはずですよ」

 


 ほどなくして、玄関から見える一室からアリアドネが出てきた。


「ミューズ!」


 淡い紫の髪をなびかせ、頬を紅潮させながら笑うアリアドネは、両腕をいっぱいに広げて走ってきた。背中のリュックが軽やかに跳ねる。


「アリアドネ」


 思わず名を呼ぶミューズの声は、微かに掠れていた。だがアリアドネは気づいていないようだった。

 彼女は勢いのまま、ミューズのスカートの裾にぶつかるようにして止まり、嬉しそうに見上げてきた。


「やっと来た!本当に今日から一緒に暮らすんだね?」

「ええ、そうよ」


 ミューズは微笑んだ。声を整えようとしても、胸の奥がきゅっと詰まる。長い間、里親としてこの日を迎える準備をしてきたはずなのに。

 少し遅れて、グレアムが姿を現した。小さなトランクを片手に、穏やかな笑みを浮かべながら歩いてくる。


「お待たせしました、公爵閣下、ミューズ様。移動の支度はすべて整っております」

「ありがとうございます、グレアム先生」


 ミューズが一礼する。ノアも静かに頷き、院長に感謝の意を示した。


「ねえねえ、公爵さま!」


 アリアドネはノアの袖を引く。


「お屋敷ってどんなとこ?部屋、広い?」

「広いけど、すぐ慣れると思うよ。仲間も沢山いるから」


 ノアは優しく言って、彼女の髪に軽く手を置いた。その仕草は、まるで幼い娘をあやす父親そのものだった。

 アリアドネは靴の紐をぎゅっと締め直した。グレアムはその様子を見守りながら、ふっと寂しげに微笑んだ。


「アリアドネ、忘れ物はありませんか?」

「だからないって……あっ」


 その時、アリアドネは何かに気づいたように、ぱっと振り返る。グレアムの足元にある小さなトランクに目を留めた。

 駆け寄りながら、アリアドネは両手を差し出す。


「ねえ、これも持っていっていい?」


 唐突な問いに、グレアムがわずかに目を見開く。


「本当に?」

「うん。だって、これもわたしのものでしょ?」


 アリアドネの目はまっすぐだった。ノアが静かに近寄り、トランクに目を落とす。


「これは……?」

「えっとね」


 アリアドネはトランクを取り、慣れた手つきで蓋を開けた。


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