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【第二章完結】夢見る伯爵令嬢は、大家族の継母になる。  作者: 五十鈴 美優
第二章:切り離した過去と紡ぐ今

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17.誰がために夢を見る

 どうしてか、と聞かれると難しいわね。


 ずっと、“あの子”のことを気にしていたのは事実よ。“あの子”のいる孤児院を調べて、それからただの貴族令嬢として何度か通っていくうちに……罪悪感が積もっていったのだと思うわ。

 それこそ、初めはね。


 当然、伯爵家で引き取ることはできない。せっかく隠した妊娠と出産が明るみになってしまうもの。だから……家を出て労働者階級になって、母娘で暮らそうと思ったわ。

 ベビーバスケットの子として登録されているから、養子か里子としてね。賠償金やらでお金だけはあったから。


 でも、そう簡単にはいかないわね。


 知っての通り、労働者階級の人間が子どもを養子にするには、親が定職に就いていることと両親が揃っていることが条件だった。流石は前公爵夫妻ね、孤児を無償の労働力にしないよう抜かりない設計だわ。

 もちろん“あの子”を労働力にするつもりなんてなかったけれど……あの条件は私には厳しいものだったわ。


 定職はまだしも、結婚なんて……ね。絶対無理よ。


 そうやっている内に、養子に関する特例が発布されたのよね。

 役者、芸術家、作家、工芸職人、料理人などの特殊技能が必要な人間は、結婚していなくとも弟子として孤児を養子にすることができる、というものね。


 「これだ」と、思った。この中でできるのは私でもできるのは作家だったわ。本を読むことは好きだったし、書いてみたいと思ったことは何度もあったわ。中等部時代にしていたゴーストライターと似たところもあったからかしら。


 案外、自分に合っていたみたいね。簡単な道ではなかったけれど。

 募集には何度か落ちたけれど、どうにか合格が決まった。戦後4年しか経っていないから、志望者が少ないっていうのもあるのでしょうけど。


 公募に受かったらすぐにでも家を出て行くつもりだったわ。



 ノアと初めて会ったパーティー、あれは……本当は、結婚相手なんて探していなかったわ。貴族の責務なんて投げ出して、“あの子”と暮らしたかった。

 でも、家を出ることを両親に納得してもらうためには一度くらいはパーティーに出ないといけないでしょう?「やっぱり私には無理でした」ってね。


 まさか、求婚されるなんてね。


 本当に驚いたのよ、私。……それに、全ての男性に対して無意識に身体が強張るのに、なぜかノアだけそうならなかったもの。今でも不思議ね。


 それで、セントル公爵家が多くの孤児を引き取っているのなら、“あの子”を引き取っても、うまく隠せると思ったのよ。


 実際のところ貴族の子が、労働者階級との結婚以外で家を出るのもあまり簡単なことじゃないでしょう?

 少し前にもあったじゃない。家を出ると表明した貴族令嬢に対して、「今までの贅沢暮らし分の税を返せ」って反対運動が起こった領が。


 ただでさえ噂が下火になったとはいえ、ニューヤド伯爵領でも同じことが起こる可能性はあったわ。無事に家を出られたとしても、心休まる生活ができるかは……ね。

 いくらドール事件の「ニューヤド伯爵令嬢」はもう一人の娘だ、ということにしていたとしても。


 大戦で亡くなった人たちの多くが労働者階級の志願兵よ。大切な人を亡くした人に論理を説くなんて無神経なことはできないから……一度明らかになったら、もうその土地では暮らせないでしょう?

 市場の果物屋のご主人のような方ばかりじゃないでしょうし。


 だから、あの日ノアに出会えたことは僥倖だと思っているのよ。

 え?ああ、偶然に訪れる幸せのことよ。不幸中の幸い、とはまた違うのよね。



 あの日のパーティーよりもずっと前から考えていたことなの。

 “あの子”と暮らしたいと思う一方で、もう諦めるべきなんじゃないかって。


 この家に来てからも、迷いは消えなかった。ただの公爵夫人として、“あの子”が暮らす孤児院が劣悪な場所にならないよう、楽しい場所になるよう目を光らせているのも一つの選択肢なんじゃないかって。


 でも、この家で、ノアやみんなと家族として暮らしていくうちに……“あの子”のことが気になって仕方がなかった。罪悪感だけじゃないの。


 子どもたちと夕飯を共にしている時、”あの子”はちゃんと食べられているだろうか。

 子どもたちの喧嘩を止めた時、”あの子”は友達とうまくやれているだろうか。

 風邪を引いた子がいると報告を受けた時、”あの子”は元気だろうか。


 みんなが学園から帰って来る時、“あの子”にも、この素敵な場所を知ってほしい、一緒に時間を過ごしたいって。


 え?ええ……そうね。

 ニューヤド家は、お世辞にもそんな場所じゃなかったから。



 私……あの事件があってから、感情らしい感情はなくなったの。


 でも、時間の経過かしらね。段々と色んな感情が私の中で揺れ動くようになったの。

 大抵は自暴自棄と自罰感情の間で揺れて。かと思えば、空元気と自己憐憫の間で揺れたわ。……どれも、どれか一つなら楽なのよ。でも、人は一つの感情だけで生きてはいけないのよね。


 そんな不安定な状態がずっと続いたの。でもそれは全部、私自身に対する感情で、人に対しては変わらず無感情だった。


 人になにかされて嬉しいとか、悲しいとか、怖いとか、何も感じないの。


 珍しくそれらしい感情が出てきたかと思えば、それは……大抵怒りだった。


 パーティーの日の怒りもそうよ。

 貴方は見抜いていたわね。でもそれは、私の罪悪感が余計にそうさせただけの話よ。それで求婚されたなんて、流石に想定外だったけれど。


 親と暮らせず、さらには厄介者のように扱われるなんて。ただ生まれてきただなのに、理不尽じゃない。この世の中に理不尽なことは沢山あるけれど……やっぱり子どもがそんな目に遭うのは心苦しい。


 でも貴族が向ける孤児への見下した視線が冷たいことなんて今始まった話じゃないわ。私は、そんな境遇に置かれる孤児を一人出してしまった私自身が、許せなくて。


 私はずっとそうやって、怒りに任せて行動してばかりいたの。

 イアンを生かしたことも、“あの子”を“殺さなかった”ことも。アリーナを助けたこともね。全部、大人や周りに対する怒りで、さも正義の側に立ったようなことをしてきたわ。


 それが私は……本当に嫌だったわ。


 怒りに任せて暴力でも振るえば、誰もかもが私を見捨てるはずなのに。中途半端に善の側に立って、そんなしぶとい自分が嫌で嫌で。

 単に無礼者を撥ねつけるためだとか、釘を刺すためだけならそれでもいいのかもしれない。ブランディ夫人やムーロン侯爵夫人に対してしたみたいに、どれだけ口汚く罵っても、脅迫してもね。


 でも、ダメなのよ。あれだけは。


 “あの子”のことは、怒りなんかじゃなくて、もっと違う動機で、彼女を育てると決めないといけなかった。


 孤児院出身だと差別や偏見の対象になりがちだからだとか、「あの忌まわしい子なんて忘れなさい」って、“あの子”の行先を頑として教えなかった両親への反抗心じゃなくてね。


 産んで、グレアム先生に託した親としての責任感や覚悟、あとは……こんな私でもかけてあげられる愛情からでないとダメ。大人の、無責任な、一時の感情や負の自分本位で決めていいことじゃないの。

 

 子どもの未来は、そんなもので振り回していいものじゃない。例え、自分の子どもであっても。いえ、自分の子だからこそ。


 それは……ノアを見ていて気付いたの。

 貴方はいつも、子どもたちのことを一番に考えているわ。器用ではないのかもしれないけれど、子どもたちをよく見ているし大切に思っているでしょう?


 ……あら、自覚がなかったのね。

 でも本当よ。


 無心で両親の仕事をただ継ぐだけじゃなくて、そこには親心や家族を大切に思う気持ちがあった。

 ノアは人を色眼鏡で見たりしないし、子どもだとか関係なく人として尊重する姿勢や責任感を持っているでしょう?


 ……それに、私が良くない方へ進もうとしたら流されずに止めてくれた。

 そう。あの夜のことよ。本当に申し訳ないことをしたわ。


 え?まあ……なんでしょうね。時々ああなるのよ。自分で自分のことをボロ布のように扱いたくなることが。


 それで……そう。

 貴方は私が向ける子どもへの愛情は本物だって、言ったわよね。もしそれが本当に本物だとするなら、それはノアを倣っているからこそよ。


 私はまだ、愛というものを本当に理解してはいないのかもしれない。でも、この家でなら見つけることができるって思えたわ。


 

 これが、今までの話。ここからは、これからの話をしましょう。


 ……本当は、両親ともこういう話をするべきだったのよね。

 そうしたら、「娘が赤ちゃんという存在を憎んでいる」なんて誤解はされなかったかもしれない。でも、過去を忘れるべきだと思っている二人には、どうしても言えなかった。


 ありがとう。ノア。聞くだけでも辛い話なのに、聞いてくれて。


 ……そうね。でも大丈夫よ。時間の経過は痛みを和らげるみたいだから。時間を経るだけでも、きっと簡単なことじゃないのよね。私は、まだ恵まれている方よ。


 私の過去のことはね、今までもこれからもずっと、私一人の問題なのよ。結局は自分との戦いで、私自身に収束する問題だから、貴方にどうにかしてほしいなんて思わないの。

 過去は消えないし、忘れることもできない。傷は残り続ける。古傷が痛む日もあるかもしれないわ。


 でも、この過去や傷を抱えたままでも、納得できる方向へ歩んでいくことはできるんじゃないかって。そう、思うの。


 それに……良い未来へ進む時に、一緒にいる人を選ぶことだってできるのよね。


 私は、ノアを選びたい。


 貴方って、月みたいなのよね。

 ……え?たとえ話よ。初めて会った時から、夜がよく似合うって思っていたの。

 

 夜に当たり前にあるのに、目印になるというか……指標になるのよね。

 私が、納得できる方向へ歩んでいくための指標。

 

 だから私は、ノアやみんなと、この家でなら、どんな暗い夜も乗り越えていけるって思ったの。

 だから、傍で見ていてほしい。それだけでいいの。


 だから、私は……“あの子”、アリアドネを引き取りたい。


 これが貴方の知りたかった、私の『何を思って生きていて、これからどうしていきたいのか』よ。



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