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【第二章完結】夢見る伯爵令嬢は、大家族の継母になる。  作者: 五十鈴 美優
第二章:切り離した過去と紡ぐ今

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16.記憶の欠片⑤

【注意】


本作には、暴力・犯罪・虐待・死・差別など、読者の方によっては強い不快感やトラウマを想起させる描写が含まれます。


これらの表現は、いかなる暴力・犯罪・差別行為を助長・肯定するものではありません。


フラッシュバックの心配がある方は、無理をなさらず、ご自身の心の安全を最優先にお読みください。

 『あれ』を見つけたのは、偶然だった。……いいえ、本当は誰かの嫌がらせかもしれないわね。とにかく、『あれ』が図書館と学舎を繋ぐ廊下の……忘れもしないわ、中庭の茂みに置いてあった。

 ノアも一度くらいは目にしたんじゃないかしら?


 あの……忌まわしい本を。秘密出版のものでしょうね。薄くて、装丁もきちんとしていなかったから。


 あの時、中身を見ずに立ち去れば良かった。でも、秘密出版の本を初めて見た好奇心かしらね。見てしまった。


 よくもあんな、あんなことができるものよね。


 なんなのよ、「レディドールの魅力的な提案」って。誰が提案したのよ。どこが魅力的なの。どうしてそんなことになるの。


 私がされたことを話したのは、裁判の中でも非公開の時だけなのにね。……それだけでも死ぬくらい辛かったのに。

 どこからか話が漏れていて、それをあんな、あんな……歪めて本にして、それで……あんな風に消費するなんて。一体、どれだけ……どれだけ私を、苦しめれば気が済むの……!


 ……もう、本当に、分からなくなったわ。

 世界の全てが理解できなくなって。


 その本は修復できないくらいに破いて、川に流した。でもようやく、私とすれ違う男子生徒の奇妙な視線の意味が分かった。女子生徒の軽蔑するような視線や怒りの視線とは違う、男子生徒だけの舐め回すような視線の意味が。


 それまでも分かっていたつもりだったけれど、本当に分かったのはその時ね。もうやっていけないって。


 私には一生、幸せな未来なんて訪れないって。


 ……。

 それで……何だったかしら。そう、当然そんな本があるなんてお父様にもお母様にも言えなかったわ。見せられるはずないでしょう。あんなもの。


 だから、何でもない顔をして学園には通うしかなかった。

 でも。いくら何でもない顔をしていたとしても、心は日を追うごとにすり減っていくものよね。



 高等部一年の時のデビュタントなんて、もう、地獄だったわ。


 無理よ。欠席なんて。議論が起こって、正式に貴族と認められたのだから出席しないと、恩知らずだもの。

 各貴族をまわって、「認めてくださってありがとうございました」と頭を下げて回らなければ、また悪い噂が尾ひれをついて回っていくもの。ま、噂を気にした所で、もう意味なんてなかったのでしょうけど。


 お父様もお母様も、その頃には「全て忘れなさい」と言っていたわ。二人はもう怒鳴ったり情緒不安定になることはなくなっていたから、私に貴族女性としての幸せを掴んでほしいと思っていたのね。

 忘れることなんて、できないのに。


 ……本当に、最悪なパーティーだったわ。貴族子女の一年生と、貴族が参加する小さな催しとはいえ……ね。


 男性の好奇の目線もそうだけど、「お前のせいで志願兵の恋人が死んだ」なんて詰め寄られて。リリアナまでふしだらな女だと言われて、もう限界だったわ。


 死ぬつもりで会場を飛び出したけれど、何故だが家に帰っていた。

 え?そうよ。とてつもない雷雨でね。打たれて死ぬか、まあなんでも良かったの。死ねれば。


 でも、死ねなかった。


 それで……そう、分かったのよ。人って、そう簡単に死ねないのよね。



 それから……高等部二年生の時に戦争が終わったのよね。


 本当に、勝ってくれて良かったわ。負けていたら、ダイハンの言うがまま私は……私は、「隣国の人間を殺し開戦させた悪女」として、し、処刑されて……いたわ。


 あの皇帝陛下ならそうしたでしょうね。国民を守るためだもの。


 元より講和派の流したダイハンに有利な虚偽の噂を否定しなかったのだってそう。あの時はまだ、ダイハンとの膠着状態は続いている途中で、いつ戦争になってもおかしくなかった。


 戦争になって、万が一……敗戦した時のために、私一人を差し出して、多くの貴族と国民を守るためだって。分かっているのよ。

 噂を公に否定していたら、そこをダイハンに突かれて皇家もろとも貴族皆殺しになっていたでしょうから。労働者階級の国民も、奴隷になっていたかもしれない。


 交渉材料にするため、多くの人間のため、国のためにと言われれば進んで犠牲になるのが、本来の貴族だってことは分かっているわ。貴族に生まれた子が、一番に叩きこまれることよ。


 それでもね、あの子たちを見て、やっぱり思うのよ。


 12歳は……子どもよ。子どもなのよ。戦争が終わった時、私は17だったけれど、今17歳のアリーナだって私から見れば子どもよ。


 そんな子どもに、何もかも押し付けるなんて理不尽なこと、貴族だとか国だとかの前に大人として……許されていいことじゃない。


 ……これも今だから思えることよね。


 あの時の大人は、誰一人として代わりに犠牲になろうとしなかったわ。怯えた顔をしながら、憎悪に塗れた顔をしながら、その実、誰もが知らん顔をしていたのよ。



 降伏宣言をもって私に非はなかったと公式に声明は出たけれど、戦勝のお祝いムードでかき消されてしまった。戦争に勝って、国が大きくなったら、戦争の始まりなんてどうでも良いのよ。

 声明は一日で忘れられたわ。


 あとは……ブランディ家と繋がっていたダイハンの宰相は戦争犯罪で処刑されて、ダイハンから私個人に慰謝料が払われて、サンパング国からも傷痍軍人と同額の恩賞をもらって……。


 それで、終わり。……おしまいよ。

 めでたしめでたし……なんて、現実はそうはいかないわね。


 実行犯も、ブランディ家の人間も、全てを指揮したダイハンの宰相もみんな処刑されて、もういない。復讐したい奴らは誰もいなくて、苦しむ姿も見られないし文句の一つも言えない。


 嘲笑うことすら叶わないの。


 根拠のない噂を流した貴族たちや、それを否定しなかった皇帝陛下も、全て「戦争のために致し方なかった」で片づけられてしまった。今、何かしようものなら即刻牢獄行きね。


 でも戦争って、そういうものよね。


 ダイハンの兵士を何人も殺したサンパング国の騎士は、殺人の罪に問われるどころか勲章が与えられているんだもの。

 それに……「致し方なかった」で人を殺した罪を清算したのは私も同じだから、強いことは言えないわ。


 でも、彼らが私に押し付けていった傷はあまりにも深かった。不名誉な噂は、いくら否定しようが今も付きまとってくる。事件当時5歳だったケイト宰相の息子も噂を知っていた。

 あの本だって……今もどこかで流通しているのでしょう。


 大きな悪意を持つ人なんて、そう多くはいないのよ。大抵の人は、むしろ善の心を持っているんだと思う。

 でも……大きな悪意や衝撃的なことが起こると、それに吞まれてしまう。吞まれまいと足掻こうとした人は、人を憎悪する。面白いと茶化す。見ないフリをする。関わらないようにする。自己憐憫に浸る。


 そうして、自分を守る。人の犠牲の上で守っていることにすら、見ないフリをしてね。



 戦争に勝って、両親は「これで娘は幸せになれる」と完全に喜んでいたけれど、そうもいかなかったわ。

 汚名返上ができたとて、恋人を作るなんて無理。そもそも男性の近くに行くことすらも簡単にはできなかった。


 それで……学園を卒業はできたけれど、在学中に両親の望むような相手を紹介することはなくて。お母様の落胆ぶりは……何と言ったらいいか。


 私も、期待に応えられないことが申し訳なかった。でも、できないものはできない。そもそも、人生自体に希望を持つことすらできなかったの。


 でもね。


 学園を卒業した後は、“あの子”を引き取りたい気持ちはあったのよ。

 

 ええそう。私が産んだ子よ。

 セントル公爵領の、グレアム先生が院長を務めている孤児院にいる子。



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