表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二章完結】夢見る伯爵令嬢は、大家族の継母になる。  作者: 五十鈴 美優
第二章:切り離した過去と紡ぐ今

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/60

16.記憶の欠片④

【注意】

本作には、暴力・犯罪・虐待・死・差別など、読者の方によっては強い不快感やトラウマを想起させる描写が含まれます。

これらの表現は、いかなる暴力・犯罪・差別行為を助長・肯定するものではありません。

フラッシュバックの心配がある方は、無理をなさらず、ご自身の心の安全を最優先にお読みください。

 地獄なんて、そんな言い方は良くないわね。でも、当時の私には地獄以外の何物でもなかったわ。


 気付いたのは……裁判が終わってから、そんなに時間は経っていなかったと思うわ。


 思い返せば入院中、グレアム先生ではない人……闇医者って言うのかしらね。その人が出した薬を飲んだことがあるの。後で分かったことだけれど、正規のルートでは出ていない、妊娠を避ける薬だったみたい。


 その時は言われるがままに、効果も知らずに飲んだわ。ただの痛み止めと一緒にね。


 ……でも、無理だった。元々、大人の女性が飲むもので、その上正規の研究開発で作られたものじゃないんだもの。効かなかったみたい。


 気が付いた時には月のものが来なくて、吐き気が続くようになった。

 以前読んだ本の内容通りに自分の身体が変わっていくのに気付いて、率直に言えば……ゾッとしたわ。


 え?……どうかしらね。

 月のものが来ないのも吐き気も心のショックが大きかったからと考えられたのかもしれないわね。考えないように、みんなが無意識にそうしていたのかもしれないわ。

 

 私もそう。何度も考えては、誰にも言わずにいたの。

 ただでさえ……12歳だもの。月のものが不順なのはよくあることよ。だからきっと大丈夫だって思うようにしていたわ。


 それで……そう、ちょうどその頃に捕らえられたイアンの母親……ブランディ夫人と面会したのよ。


 事件の関係者を罵れたのは、あれが最初で最後だったわ。

 それでも夫人の処刑を彼女の出産後にしたのは、ただ自分のせいで死ぬ人をもう見たくなかったから。あとはまあ……決定の責任を押し付けた大人たちへの反抗心かしら。


 その頃には私の妊娠も確信に変わっていたから、他人事とは思えなかった……というのもあるのかもしれなけれど。実際、あの女……夫人は気づいていたみたいだったわ。


 ……また話が逸れたわね。


 いくら現実逃避しようとも、日に日にお腹は大きくなっていったわ。当時の傍仕えのメイドから報告がいって……また伯爵邸は絶望に包まれたわ。

 お父様の怒鳴り声と、お母様の叫び声が毎日のように聞こえてきて。それでも連日押しかけてくる貴族は止まらなかった。


 それから……私の出産までは長いような短いような、時間の概念がよくわからない状態になっていたわ。


 段々……無感覚になっていったわね。ただでさえ無感情なのにね。



 妊娠も出産も極秘事項だから、私は家族と離れて、ニューヤド領の田舎にある小さな病院で隠れて過ごすことになったわ。グレアム先生がそのまま私を担当してくれてね。彼以外には何人かの看護師の方がいるだけの、静かな場所だったわ。


 え?そうね……良い生活ではなかったわね。

 食べたくないのに食べろと言われて、なりたくもない女性らしい身体に変わっていって。ただその時を待つだけ。もう、限界なんてとっくに超えていたわ。


 何度も恐怖に吞まれそうになったわ。お腹が動くたびにね。


 家族は一度も会いに来なかったわ。妊娠を隠しているというのもあるけれど、私のことを見たくなかったのでしょうね。

 ……そうね。手紙は偶に届いたわ。

 でも……あまり読む気にはなれなかったの。


 時を経るごとにね。段々……元の伯爵家に戻っているみたいだったの。「マーティンが剣術大会で優勝した」「家族で劇を観に行った」「お父様の功績が認められた」「お母様が皇后陛下のお茶会に出席した」とか、そういうのよ。


 私が伯爵邸にいないから、貴族たちが押しかけることもなくなったそうなの。


 分かっているのよ。家族が堂々としていることで、私の無実を証明しようとしていたんだって。でも、日に日に大きくなっていくお腹と恐怖の前では、とても読めたものじゃなかったわ。


 前セントル公爵夫妻には本当にお世話になったわね。たまに様子を見に来てくれて。


 ああ、知っているのね。よく考えたらそうよね。

 私のために、構想段階だったベビーバスケットの実用を早めてくれたのだもの。それ以外にも、本当にお世話になったわ。


 ……ノアと面識がなかったのが不思議ね。

 え?……まあ、そういうこともあるわよね。



 そう、それで……“あの子”を産んで、グレアム先生に渡した後は……。

 ノアも知っての通り、学園に戻ったわ。嘘のように体調が戻って……そう、中等部二年生の春にね。区切りも良かったから。


 あの頃は……そう、「穢れたビスクドール」と呼ばれ始めた頃ね。

 名付け親は知らないけれど……結構的を射た異名よね。


 「穢れた」って言葉はね、犯罪を犯したり、血を流したり、あとは女性が純潔でなくなったりすること、あとは妊娠出産でも言われるのだけど……。私、全て制覇しているんだもの。まあ、私の妊娠出産は一部の人間しか知らない話なのだけど。


 「ビスクドール」の方もね。一連の出来事で、感情をそもそも感じにくくしたり、表に出さないように取り繕っていたのが、ずっと抜けなくなったのよ。醜いと呼ばれるよりは幾分かマシかもしれないけれど。


 ……また話が逸れたわね。

 今まで人に話したことがなかったから、加減が分からなくて。


 え?そうね……どうして学園に行こうとしたのかしらね。でも、一刻も早く元に戻りたかったのかもしれないわ。もうお腹に子はいないのだから、何もなかったように学園生活を送れるって、そう思いたかったの。


 お父様たちのように取り戻したかったのよ。それに、あれごときに負けてたまるかって。でも今にして思えば、ちょっと躍起になっていたというか、意地になっていたのよね。

 

 でも、やっぱり現実は甘くないのよね。



 私が田舎にいる間に講和派の貴族たちが、私の悪い噂をばら撒いていたんだもの。

 私がどんな目に遭ったかなんて、裁判によって全て明らかになっていたけれど、それに要らぬ尾ひれやらが加わっていたわ。

 

 噂は、私が学園に戻ってから日を追うごとに悪くなって……。

 ……わ、私は……。


 「貴族令嬢としての価値がないのに学園に通っている娼婦もどき」「男を誑かしておいて人を殺した極悪人」なんて言われたりもして。


 ……。

 ほ、本当に、もう酷いものよね。皇帝陛下も噂を否定されることはなかったから、余計に流言飛語は悪質になっていったわ。

 向けられる目は憎悪や好奇の目ばかりで。表立って非難する人は少なかったけれど、嫌がらせは多かったわね。上級生になるほど酷かったわ。


 でも、分かっているの。


 あの事件で苦しんだのは私だけじゃないのよね。家族もそうだけど……終戦まで、国民全体が恐怖でおびえる病になったのよ。


 ダイハンの宰相も中々の策略家ね。計画の初期段階では貴族の家に放火して回るだとか、城下町の店で一斉に爆薬に火をつけるだとか、色々な計画があったみたいだけど結局あの形になったって。

 正直、どれになっても国民の不安は高まったでしょうね。


 事件の内容が知れ渡った後、サンパング国の戦力は確実に下がっていたわ。


 事件のあった城下町から人は消えて、まず不況になった。労働者階級の人たちだけじゃない。

 次はいつ自分の身に降りかかるかと怯え、貴族は邸宅にこもりがちになって、貴族間の連携も取りづらくなった。女性騎士は前線に出るのを控えるようにもなった。


 私への攻撃が苛烈になったのも、それが原因ね。


 あんなひどい事件が国内の城下町で起きたなんて信じたくない、そんな国に住んでいることも、またいつ自分や家族、友人が同じ目に遭うかも分からない。


 そんな現実を直視したくない時、人は「自分は大丈夫だ」って強く思い込みたくなるらしいわ。……だから、私に原因があったから起こったことだって、信じたくなるのよ。


 ……そう。だから。


 私は、彼らにとって「暴力を受けても致し方ない、受けるに値する醜悪な人間」になったのよ。


 不安を憎悪に変えて、同じ国民を攻撃させる。そこまで含めて、ダイハンの宰相の思惑でしょうね。

それを知っていたら……いや、知っていても何も変わらなかったでしょうね。

 あの頃、私は悲惨そうな顔ひとつ見せなかったから、余計に噂は真実のようになっていったのね。


 もし私が、いつも俯いていて泣きそうな顔をしていたら、噂はすぐになくなったのかしら。……なんて、考えても仕方ないわね。



 それで……そう、学園ね。

 中等部の間は授業に出ずに、図書館に籠るようになったわ。


 え?……そうね、学園に行かずに家庭教師をつけることもできたけれど……家にいても気が詰まるだけなのよね。


 田舎から伯爵邸に戻ったはいいけれど、お父様は怒りっぽくなって、お母様は情緒不安定で。いつも泣いていて。

 私が“あの子”を産んで、戻って来た時、家族は「おかえり」「もう大丈夫」なんて声を掛けてくれたけれど……残念そうな、良い夢から覚めた、みたいな顔をしていたのを覚えているわ。


 手紙にあったような、以前の伯爵家は私が戻ったら消えてしまったのよね。


 ……そう。セシルもいないしね。

 ええ、そう。でもね、中等部の間に友達もできて、三年生の時にはセシルも戻って来てくれた。そこまでは良かったのよ。


 本当に、それだけが良かったことよ。どうにか掴んだ、未来の道を照らす光だった。

 

 それでも結局、戦争は始まってしまった。それに……「貴族階級誓約書」の議論もあったわね。


 15歳になって、みんなが当たり前にサインできるものに、私だけができなかった。第一子でもない、純潔でもない、それから……ダイハンの主張通りなら、戦争の原因になった人殺しが貴族として認められるのかって、ね。


 それが両国間の関係を左右することも頭では分かっていたし、結果的に認められたけれど……そんな議論が起こること自体、苦痛だったわ。


 それでもね、高等部からはちゃんと授業に出ようと思っていたのよ。

 中等部の授業は独学でも試験には合格できたけど、本当は、学生らしく授業に出たかったもの。


 高等部は自主性が重んじられていて、授業数も少ないでしょう?少人数の、女性の多い授業を選ぼうと思っていたの。

 早く事業に関わるために、中等部で辞める労働者階級の生徒は毎年一定数いるものだし。少しはマシになると思っていたの。


 でも……できなかった。


 無理だと、ようやく分かった。授業に戻るどころか、この先の人生全部、無理なんだって。

 

 今まで最悪だと思っていた、さらにもっと酷いことが、この世界には想像もつかないような攻撃性があるって、知ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ